復活の新潟 [生活]
2018.9.30
こんにちは。台風が来るので一昨日の金曜日に人間ドック(10月1日~2日)をキャンセルした。
10月1日午前中に病院に行かなければならない。きっと台風は通り過ぎていると思うけど、海風に弱い千葉の路線は確実に遅れて動くだろうし、検査ごときで遅刻するのも嫌だし、月曜日は介護ヘルパーは来ないことを全く忘れていた私は、「キャンセルしよう」と思い至った次第。
もちろん、大腸と胃カメラは誰もが同じで気持ちのいいものではないから、これ幸いと市の人間ドック補助申請の日付も変更してもらった。こういうことは早い。いつにも増して早く行動に移す。家人に「机の上を整理して」と言われても1週間は放っておく質なのに、こういうことは早い。自分に危害が及びそうなことは、頼まれなくても早い。
家人曰く「台風は来たって大したことないし、きっと早く行っちゃうわよ。何でキャンセルするのか訳がわからない」と捲くし立てられてしまった。
しかし、コンサートで帰ってきた次の日が大腸検査というのも味気ない。そんな無粋もあるものかと思ってキャンセルと相成った。そんなスケジュールは組んだのは、誰あろう、私だ。
昨日、新潟のコンサートに朱鷺メッセに行ってまいりました。
「多少の期待と大いなる不安」を抱えて。
今回がもし前回と同様上手でなかったら、次回、当選している名古屋はキャンセルしようと固く心に誓って、この戦いに参戦した次第。
寄る年波にはK・Oも太刀打ちできないのです。そんなK・Oを私としては見たくもないわけで、こっちを見たからドギマギするとか、手を振るとか、ステージの彼の姿を追いかけて見るということもなく、ただ、ただじっと彼の歌声を聞き入るファンでありまして、親衛隊的ファンとしては「なんだこいつ」と思われそうなファンクラブ会員なのであります。
安室ちゃんはステージの端から端まで走っていたけど、彼のステージは歌舞伎の花道のような道が、会場を八の字状態にめぐらしてあり、そこを歩いて行ったり来たり、走ったり行ったり来たりするわけで、八の字の中にいる観客は、それを追い続け360度ぐるっと立ち回りながら聞くということが毎回あるわけです。
そんな中においても、私は大体モニターを見て彼の歌を聞くわけですが、みんなは西を向いて彼の歌を聞き、私は東側にあるモニターを見ているわけで、顔と顔が向き合うことも多々あるわけですが、そんなことは一考にお構いなく、今回も私は彼の歌を聞いてまいりました。
結果発表。
今回は〇です。ハナマルです。
非常にうまく歌っていて、歌の溜めもよく、声もメロディによく乗り切っており、レコードのように非常にうまく聞こえたコンサートでありました。
私たちは大変満足でありましたが、それ以上にご本人は安堵を浮かべたと思います。
本当によかった。
K・O復活です。
演歌の乱? [新聞記事]
2018.9.29
おはようございます。
今日から明日にかけて台風が来るけど、私たちは出かけなければいけないという不運。
相変わらず、最近は出かけるときは地震がその前後にあったり、台風が来たり・・・・。
しかし、K・Oのコンサートだから仕方がない。今日は新潟です。
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先日テレビで「演歌の乱」(タイトルは合っている?)という番組を見た。
それはK・Oの歌を誰かが歌うと書いてあったから、ファンの端くれとしてはついついつい・・・・・・・。
皆皆、それぞれうまく、なるほどと思わせるものが多かった。特に若い歌手はすばらしかった。
小節も封印し、原曲に沿って一生懸命歌っていた。
彼女の番は最後から二番目。
明治安田生命でも使われているかなり有名な歌(とファンとしては思いたいのです・・・)であった。彼女は自分の歌であっても、いつも練習はしない。聞いているだけでやっているようなことが放映されていた。
彼女の番になった。
(こちらも若干の期待をしつつ・・・)
音程は外れていないし、声も出ていた。
しかし、それは彼の歌い方ではなく、ただただ音に合わせ、歌っているだけの歌であった。
こうもひどいものになるのか。原曲を完全コピーせず、伸ばさなくていいところで伸ばしてみたり、曲自体、全然いいものではなくなっていた。
彼女には申し訳ないが、もう少し練習をして、謙虚に原曲に向き合ってほしいとつくづく思った。
「たしかなこと」は練習あるのみ。
猿の惑星 [生活]
2018.9.28
こんにちは。
台風が近づいている。22号は運良く他国に行ってしまって事なきを得たが、今回は駄目だろう。
950ヘストパスカル以下は、かなり強烈だ。これからはこれが当たり前になるのだろうか。
海水温が高いということが、どういうことなのか、愚鈍な私でもよく理解できるようになった。
採れる魚の種類も変わってくるはずだ。
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昨日取りためてあったビデオ、デッキが満杯になってしまったので急いで「猿の惑星」を観た。大分前の映画だが最終話だと思う----しかも時間切れで、まだ半分しか観ていない。
若かりしころ、こういう映画を観ると、こんなこと起こるわけはないとせせら笑っていた自分がいたが、最近は、人類の最終話もきっとこれに近いんだろうなと思うようになった。
作者も作り話をつくっているつもりが、ちっとも作り話にはなっていないことに恐ろしさを感じるようになったに違いない。
「憎しみのスパイラル」と「豊かさの探求」は切っても切れない人間の性なだろうか。
進化していた?裁量労働制 [新聞記事]
2018.9.27
こんにちは。
寒いですね。台風は大陸にと行く思っていたら近づいてくるようだし、ディ・アフター・ツモローだ。猛暑、猛寒は当たり前になりつつあるね。今年も強烈に寒いんだろう。心して防寒対策をしなければ。
そういう我が家はストーブに点火をしてしまった。
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朝まだ暗い部屋の電気を付けたら、朝日新聞のトップに「三菱電機裁量労働制で労災3人」とあった。
高プロ対象とばかり思っていたが、現実はそうではなかった。
簡単に言うと、システム開発の20代の社員に対し裁量労働制が適用され、過重労働による心身疾患等々、またそれによる自殺とあった。それも2014年から昨年までやっていた。
今はやっていなきゃいいじゃない--------そうじゃない。問題視されたからやめてだけのこと。
詳細は新聞をご覧になればわかるが、現実はもっと過酷だったようだし、人数は正確には5人ほどか。発症の内容は自殺-脳梗塞-精神障害-自殺-くも膜下出血。5人のうち裁量労働制が3人。すべて40代の働き盛り。そして、社内には周知していない。
三菱電機は3万人の社員のうち約1万人に裁量労働制を適用していた--これってとんでもない数字ではないか。
上司「山田君、君は能力的なことも考えて裁量労働制を適用すべきじゃないかな」
山田「それって、どういうことですか」
上司「自分の裁量で自由に時間を制限できるということだ」
山田「じゃ、出勤時間を自由に選択できる?」
上司「それもできるよ。仕事が終われば、早退だってできる」
山田「幼稚園の送迎もできるな。でも、給料は?」
上司「もちろん、給料は上がるよ。自由になった時間は、君が今言ったように家族サービスにだって使えるしね」
山田「残業は・・・・」
上司「残業代は出ないよ。それが裁量制ということなんだ。自分の裁量でできるということだからね」
山田「現実問題、昨日も22時まで会社にいましたけど」
上司「うまく役割分担して、効率よく仕事をすれば何ら問題はないよ」
山田「・・・・」
上司「全社員の3分の1は、その対象者なんだ。君は優秀だから、当然、裁量制のトップをいかなきゃね」
こんな会話がされたいたかどうかは知るよしもないが、きっとおだてられて皆裁量制を適用させられた・・・・・・・・かもしれない。
現実問題、そういうことを上司と差しで話し合いをすれば、断る勇気はない。それが組織人としての振る舞いだろう。
多くの方々が、今、その狭間にいるのだと思う。今後、働き方改革と称する法律が拡大解釈され、施行されていく。20日には、対象拡大の「再挑戦」の第一歩と位置づける厚労省の有識者会議があったらしい。
経団連の中西会長(就活時期の撤廃をすべきと言った人)も「裁量労働制の拡大の法案早期提出を期待」とあった。
原発でも人の命の大切さを後回しにしたように、ここでも経済を最優先する国の間違った体質を垣間見てしまった。やはり、人間は行き着くところまで行かないとわからない生き物なのだろうか。
自分は、そうは思いたくはないが、現実を見ると絶望に近い思いが浮かんできてしまう。
よくよく政治に関心を向け続ける必要がありそうだ。
皆さん、忘れちゃいけないよ。 [新聞記事]
2018.9.26
こんにちは。
今日は寒いね。秋が確実に近づいている。
昨日、打っている途中にページを間違って変えてしまったら(添付で地図を載せようとして)、すべてが消えてしまった。
いつも注意しているんだけど、昨日は「夕食ができました」という声にちょっと操作を誤ってしまったと家人のせいにする。いかん、いかん。
新聞にも出ていたように、伊方原発の再稼働が決まった。控訴はしないから、今月27日にも再稼働となるんだろう。
伊方原発は阿蘇山の大噴火の可能性はないから、反対派が言っていることは当たらないと裁判官は判断をした。科学的根拠より、社会通念を優先させたとあった。
おかしい、言っている意味がわからない。
片や今日の新聞では、南海トラフの発生予告時に、どういう避難方法があるか検討しているとあった。緊急時には、その地域一帯すべての住民に避難してもらおうという趣旨だ。より具体化、現実化している地震。
ちなみに伊方原発の場所を提示しよう。
↑↑この細長い岬の中程にある。
↑↑もう少し引いて見てみた。
岬のど真ん中、左側は豊後水道を挟んで九州だ。
この岬の道幅(横幅)は4キロしかない。
南海トラフ地震は巨大な地震だと聞く。横幅4キロしかない岬では、どう欲目に見てもひとたまりもないだろう。
大峰と金比羅山という低い山があるが10~15メートルの津波に耐えられるはずもなく、原発などはひとたまりもない。東日本大震災では、津波が30メートルも川を登っていったことなどを考えると、どう見ても、ここは譲るべきことではない。
それでも再稼働する。これはもう狂気としかいいようがない。
豊後水道に飲み込まれてしまうかもしれない原発施設。自然災害はいつも想定外、津波の去った後、原発のあの丸いドーム状のものが根こそぎなくなっていたなんてことはないと思うが、「それは想定外でした」という決まり文句の笑い話では、今度は済まされない。
心地よい風、真っ白な雲、どこまでも青い空、緑の山々、愛媛のいいところ、日本のいいものがすべてなくなってしまう。
人間の命より経済優先。エコノミックアニマルは依然生きていた。
そんな危惧をするのは私だけか。
あれから12年 [生活]
2018.9.25
こんにちは・・・・・・・というには暗過ぎるほど雨が激しく降っている。予報どおり今日は一日雨・・雨・・・そして・・・・・・雨。
そんな日ではあるけれど、今月は父親の祥月命日(亡くなった月日)だ。正確に言うと9月28日だから3日早い。
9月28日、天気はいいと言っていたが、用事がありそうなので、急遽、今日お墓参りとなった。午前中は雨は小降りでほとんど降った感じはなくラッキーであった。
あれから早12年が経ってしまった。当時は少しだけの悲しみと割り切る暇もなく日々暮らしてきた。子どもは転職浪人社会人と大学生4年生(しかも1年ダブり)。力んで生活の糧を蓄えるも、雲散霧消に教育費に消えていく毎日であった。
時は流れ流れてジジイ、ババアとなり、子どもは皆、自分だけの力で生きていっているような錯覚に陥り、いずれ、彼らと時が入れ代われば、その苦労もわかるときがくるが、わかったときは、もう遅い。それが人間の浅はかなところ。百万遍言ったところでわかるはずもなく、それは親である私とて同じこと。それが人間、それが人生。
9月23日はお彼岸。前後3日が彼岸入りと彼岸明け。
こんなことも現役時代はトントわからず、興味もなかったが、これも年相応ということか。
彼岸が開ける前にお墓参りはやはり正解だったかもしれない。
今日は「おはぎ」をつくってもらった。
こうして写真にするとグロテスクだけど、こしあん嫌いな私にとっては、小豆の味が奥深く出て、美味美味。
3つほど平らげた残り1つ。
売っているものは甘過ぎるので、ほとんど買わずにつくってもらう。家人も豆煮にマメな人間なので、造作無くつくってくれるのでありがたく頂戴できる。
買い食い好き・中食好きな家人でなくてよかったと心から思う。
ヨーカドーのおはぎは甘過ぎるからね。
お墓参りの帰り道、いつも立ち寄る蕎麦屋がある。今日もそこによって一口食べてきた。家人はかけそば、私はせいろそば。結構お腹はいっぱいのはずだが、せいろは2皿いただいた。
一月前、そこのそば屋で帽子を忘れた。確証はないが「多分」であった。
近くをご主人がテーブルを拭いていたので・・・・・。
私「ご主人、帽子の忘れ物はなかったですか? 8月の一月ぐらい前の話なんですが・・・」
ご主人「そういえば・・・、帽子の忘れ物あったな。ちょっと見て、レジの下」
女性従業員「これですか?」
私「そうそう、すみません。助かりました。」
いつもの蕎麦がよりうまく感じた。
何事も真っ正直が一番。商売は特に正直が一番うまい味になる。
3つの難題 [生活]
2018.9.24
今、自分に3つの難題がある。いや、「あった」と言ったほうが当たっているかも。
1つは片づいた。あと2つ。
1つずつ、懇切丁寧に説明し、説明を求め、こちらの気持ちを理解してもらい、譲り、譲られ、事をきっちりと進めていく。
しかし、断念さぜるを得なくなることもあるだろうが、後悔のないように話を進めていく。ここにあきらめの気持ちを入れてはいけない。
すべて相手が悪いわけではない、自分が根気なく、注意力が足りなかったこともあるだろうし、それはケース・バイ・ケース。
残る2つのうちの1つは交渉事で相手は立派な企業。こちらは完全にユーザーであるからして、そんなに弱気になる必要はないが、相手を8割方理解させる必要も怠ってはいけない。
だから、根気が要る。
最後の1つ。これは自分の内の問題。やり続けることで後悔は生まれないか。やり続けないことで未練はないのか。
人生は一つ。時間は足りず、それは遍く平等にある。
今日は祭日なんだね-ブレを感じて生きていく [生活]
2018.9.24
こんばんは。
月曜日はいつも忙しい。看護師さんは来るけど、介護さんは来ないため、朝と昼と夜の介護は自分がやることになっている。
早朝、母のおむつ替え、朝食。
1時間後、看護師さんが来て、排便のほか体調を診てくれる。
私はその間、大工さんへのお茶出し、看護師さんが帰ってから母の昼食。
我々の昼食をハナマルで済ませ夕食の買い物をし、拙宅のバラ枝を詰め、再び母の家に行き、おむつ交換と夕食介助をし、拙宅に帰り、我々の夕食を済ませて一服。
気がつけば、満天の空には丸いお月さま。晴天だ。
明日は雨らしいから、今日、ゆっくり拝むしかなさそうだ。
写真だとあんまりきれいじゃないけど、実際はもっときれいです。
今日は、どうも平日のような気がしてならない。隣の人も働きに行ったようだし・・・・・・。
しかし、東名は何十キロと渋滞が続いているとニュースが流れていた。
世の中は流れているけど、自分は止まっているね。確実にそのスピードはスローダウン。
生きていくということは何かしら問題を抱える。それは人間に向上、改革、野望、欲望、渇望、羨望、そして勤勉があるからだろうか。
いいにつけ悪いにつけ、こういう気持ちがなければ、人間の進歩はない。考えられる間は考え続けることは重要だ。これは人間に与えられた唯一の能力だと思う。猿にもイノシシにも、ライオンにもパンダにもあるのは欲望のみ。人間の考える力は誰にも遮ることはできない。
もう少し考えよう。世のため、人のため、何かできることはないのか。どこかの社長のように、自分のためだけに使うことも一法かもしれないが、もう少し社会の力持ちになることも必要ではないのか。
考えるだけで終わってしまう人生もあるが、そうじゃない人生もきっとある。若い人なら、その可能性は無限大だ。日々の事柄に左右されることなく、ブレを感じて生きていこう。
満月を見ていたら、ふとそんなことを考えてしまった。
やっぱり外食はいかん! [生活]
2018.9.23
こんにちは。
一昨日、東京に行ったときの話の続き。
展示会が神楽坂であったのだが、そこのご主人の勧めでイタリアンの昼食を食べることにした。
そこは言われて見ない限り、絶対見逃してしまうような間口1間で3階建てのレストラン。
これはうまいかもしれない。地元の方が勧めるわけだしと思って入店。
13時を過ぎ、ランチの喧騒もなく、店内は落ち着いていた。1フロアー10人も座れるだろうか。それが3フロアーある。階段は酔っぱらっていたら絶対転び落ちるような狭い階段。2階に行くには、一旦店の外に出て、ドアの前の雨傘スタンドを横に移し、そのドアを開けて階段を上がるという狭さ。雨傘スタンドを客に避けさせてまで入店させる店だから、きっとうまいに違いない、気持ちは否応もなく高揚。
展示会のご主人の家賃が20万円と聞いていたが、きっとここはそれ以上はするんだろうか。
家賃1か月20万、ランチセットが1000円と1500円。
客数100人/日として売上10万円。28日オープンとして280万円。3割が経費(家賃、人件費、原材料費)として180万円が懐に入る計算。
だか、それは無理だろうと思った。
・サラダ・・・・ドレッシングが酸っぱいだけで深みがない。ニンジンが乗っていたが、生のままで塩揉みとか、サラダオイルで和える一手間がない。
・スパデケィ・・・・申し訳ないがママポーラ(チェーン店、生パスタが売り)のほうが格段にうまいし、私もスパゲティは得意なほうで、家人も「あなたのほうがうまいわ」とのたまっていた。
1日50人・・・・・・来るだろうか。コンスタントに30人、平均でも20人は来ないと自分の人生を潰す。
店主はまだ若く30代前半?
そんなことを考えながら店を出た。
サラダとスパゲティとコーヒーで一人当たり1400?円也。多分、コーヒーは別+消費税なんだろうか。
金持ちでもないが、元来請求されると、よほどのことがない限り、そのまま払ういいお客さんの私です。家人は「えっ?間違いじゃないの!!」言っていたが、そのまま帰ってきた。
そう言えば、以前、スーパーで買い物をしたら4580円ですと言われたことがあった。さすがに私も「えっ?」と思った。籠の中身はナス1袋、ニンジン1袋、食パン1袋、鰯の和え物1パックだったものだから、どんな鈍でも、「そりゃ、違うだろう」と瞬時に分かり、レジ打ちの叔母さんに言った。
私「金額おかしくない?」
叔母さん「あっ」
と言ったきりレシートを見、レジを打ち直していた。よく見るとニンジンを40袋買ったことになっていた。すみませんの一言もないことも見事であったが、うかうかしていたら、大変なことになっていた。そういえば、野菜は手打ちで数量を打っていた。バーコードと手打ちの混在は気をつけなければいけない。
またまた後味の悪い外食となった。
変わらないのは自分だけ? [生活]
2018.9.22
こんにちは。
曇りで洗濯物がよくは乾かない。我が家の服のローテーションを少し。
我が家では、前々日着たものを大体着ることにしている。下着も上着もだ。つまり、2通りの服を交互に着ているわけだ。年寄りは、おしゃれをすることに余り気を使わないという最悪なパターン。
しかし、長雨の時期は、これが有効になる。つまり、9割方乾いているものを体温で乾かすわけだ。当然ながら同じものは段々と着古していくので、買い換える時期も早く、その判断もしやすい。
最終的には着るものを少なくできるし、段捨離も容易になる。最終目標は、オールシーズン2メートルの棒に1本で済ましたい。そうは言っても、まだまだ、クローゼットには洋服は残っているけどね。
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昨日、大工さんは胃カメラを飲みに行き、仕事はお休み。私たちは雨の中を東京まで行ってきた。器の展示即売会があり、それを買いに行ってきた。帰りしな高島屋の前を通ったところ「プレオープン」という文字が目に飛び込んできた。高島屋の新館ができたらしい。
そういえば、隣にあった鰻屋がなくなっていたことを思い出した。地下道を通っていたので全く気がつかなかったが、外に出ると低層ではあるが隣に立派なビルが建っていた。
学生時代、渋谷センター街が私たちの溜まり場となっていたが、その渋谷も様変わり。日本橋も刻々と変わっていき、昔の面影は少なくなっている。
家を単元ごとに分けてみる必要性を考える [我が家]
201.9.20
こんばんは。今、急にスマートフォンが動作しなくなった。電源も切れず、画面も動かず、充電状態のコードを抜くと画面は点灯するも反応なし、試しにコールするもコール音はするけれど出ることはできず。1年もしないうちに壊れたかと思ったが、長押しをし続けたら、やっとのことオンになり、作動できた。携帯ショップに持っていくべきか悩むところだ。時間の無駄になりそうだが、このまま放っておいて、再度動かなくなるも保証期間は過ぎることになる、なんてことは日常茶飯事だし、ここは思案橋ブルースだ(こんな言葉のお遊びも気がつかれない日も近くなりつつあるね・・・)
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坪単価という言葉がある。そのことについて少しだけ語ってみたい。
何千万もの大金を出して家をつくるわけだが、坪単価45万・・50万・・60万・・・80万・・・100万とよく言われる。あるとき、坪単価は間違いだと建築家に言われたことがある。
玄関と台所はかかりが違うから坪単価幾らという表現は間違いです、とその方は言っていた。なるほどと思ったけど、だから、どうすりゃいいの???という思いのまま、それはそれで終わってしまった。
私は賢くはないから、その方の言っている真意は推し量れなかったが、自分が家をつくる段になり、何となくそれは理解することができたような気がする。
今回打合せをやりながら思ったことだが、【リビングの色合わせ、材料合わせをしつつ、リビングトータルの概算】を出し、次の【ダイニングの色合わせ、材料合わせ、そしてダイニングトータルの概算】を出すことをすれば・・・・・リビングとダイニングでトータル650万になったから、(総額予算2000万として)予算残は1350万になり、残る寝室、客間、子供部屋、トイレ、風呂場で予算内で可能か不可能かは一目瞭然となる。リビングはもう少しお金をかけられるとか、寝室にお金をかけ過ぎたとかの凸凹は直ぐに修正できるというもの。
営業マンの往々にしてありがちな、顧客に対し、より多くお金を使わそう、儲けをとろうとする姿勢があるのは否めないから、顧客の希望を積むだけ積ませておき、トータルでこれだけになりますと予算額をはるかにオーバーしていても、それをやり続けるやり方は、やはり、家を買おうと前のめりとなっている消費者に対し不遜という以外の何者でもないと思う。家を建てようと思っている者に対し、その姿勢を正すことは、決して、失礼ではないし、最終的には、その営業マンへの信頼度を上げることとなることは間違いない。
財布に100円しか入っていない客に対し、1000円のメロンを買わせ、お金が足りないなら家に帰って持ってこいと言っているようなもので、それは信頼関係を築くことはできず、客は皆一見さんだとはなから思っているのだと思い知らされる。これでは信頼関係は築かれまい。
どだい営業マンは一見さんだと思っているわけだし、家は一生の買い物、売り逃げに限ると考えている営業マンは五万といることも確か。この商談でも、そのことが多く見られたのは残念な限りだ。
しかし、実際はそうではない。消費者はより信頼のおける営業マンを欲している。
前にも書いたと思うが、より高いものを売ろうとする営業マンは五万といるし、自然淘汰されていくのだと思う。しかし、客の希望を第一優先に考え、それよりも高いもの、それよりも安いもの、それぞれを提案し、それぞれの長短所を示し、客の判断に任せるやり方をする営業マンに会ったことがある。その方はリフォーム専門であったため、今回はお願いしなかったが、損して得を取る彼のやり方は、どこか清々しく思えたことを思い出した。
部屋ごとに積算するやり方は、営業マン(建築士)に対し、頗る優位に事を進める上でのアイテムだと思った。
クレーム産業-あたふたと時は流れていく [我が家]
2018.9.20
先程、雨の隙間をぬってランニングをしてきた。とはいえ小糠雨なものだから少しずつは濡れながら、普段の3分の2ぐらいの距離を走ってきた。明日も雨は確実。昨日はしっかりとカツ丼を食べてしまい、かなりカロリーオーバーと思い急遽ランニングをした。
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他人に思いを伝えるのは難しい。それが多岐にわたると、それはお互いかなりレベルの高い技が要ることになる-----何のことか、家づくりのことだ。
今回、拙宅をつくるに当たって、今年だけを数えて30回近くの打ち合わせ、去年の分も入れるとプラス20回、合計50回近くは打合せをしたことになる。
打合せの打診はすべて先方からで、私たちは途中何回か「今日は何の話をするんだろう?」と思ったこともあったくらい、打合せの回数は濃密であった。
多分、いろんな事情があったのだろうと思う。住宅産業は別名クレーム産業と言われることがままある。それを見越しての打合せだと理解はしていた。
家をつくると簡単に言っても、それは何十章、何十節、何十項目と細分化された項目があり、それをすべて施主がチョイスしなければならない作業があり、それを真剣に悩めば悩むほど迷路にはまり、時のみが流れていくことになり、割くことができる時間も次第になくなり、皆皆根負けして適当な裁断をせざるを得なくなることが普通であろう。
色を決める作業においては、色見本を見ながら決めていくわけだが、天井のクロスから壁、床、サッシ、外壁、羽風、雨樋、軒裏等々(これ以上思い浮かばないが、もっとたくさんあった・・・)丸々1日をかけて別のデザイナーさんと膝を突き合わせて話し合いをした。
注文住宅を建てる施主が現役バリバリなら、それに割ける時間は余りにも少なく、住宅メーカーサイドにお任せ状態と同様の裁断をすることと相成る。しかし、それは決して悪いことではないが、時として、「えっ、こんなはずじゃなかった」と言うことが度々あることも事実だ。営業マン(建築士)が施主の生活習慣に思いを馳せることは絶対必要なのだが、それを成し得る人間が多くいるかというと、それは「絶対にいない」と言い切っても過言ではあるまい。
誤解なきように言っておくが、営業マン(建築士)にその能力がないと言っているのではない。施主の生活習慣に思いを馳せる必要は感じてはいるのだろうが、そのインスピレーションを醸成する時間が足りないと言ったほうがいいかもしれない。
決めなければならない単元が多いため、順序立てて、わかりやすく、部屋ごとに話を整理していけばよかったと今になっては理解するものの、それは営業マンの方が初めから考えておやりになることであって、私たち素人は、そんなことすらわからず、言われたままの方向の話に耳を傾けるだけとなってしまった。
今回、私が家をつくるに当たり、設計からすべてを真剣に考え抜いたことは初めてだったため、その点、反省の域を出ないが、その辺は一考を要すると思った。
頑張ろう・・・かい [新聞記事]
2018.9.20
おはようございます。
今日は肌寒く、半袖だと少し寒い気もするが、もう少し半袖で過ごしてみよう。
ケアマネが西日本の被災地ボランティアに先週の金曜日に行って、昨日帰ってきたとメールにあった。
50は過ぎている人だが偉いと思う。私は体調も不安定なこともあり、現地で倒れてはご迷惑となりそうなので、もうできそうもない。
こんなコメント、若いころは考えてもみなかったが「寄る年波」ということだ。
これから大工さんにお茶出し、母の介助と時間は過ぎていく。我が近辺に起こっている問題は、まだまだ解決しそうもないが、穏やかに冷静に、まさに粛々と処理していくしかない。
皆さん、若者は頑張っているだろうから、私ももう少し頑張ろう。
総裁選 [新聞記事]
2018.9.19
こんにちは。
今日は一日いい天気です。千葉の空は依然として雲一つなく・・・・。
こういう天気の気分でいつもいたいが、最近は面倒なことが多くて、ちょっと停滞気分。
一つ一つ解決をしていかなければ、先には進めない。
私は半分以上現役を引退気味だが、現役真っ只中の方々は、日々、こんな思いをして、朝起き、仕事をし、何一つ解決されないまま、何日かを陰鬱な気持ちで過ごすのだろう。
そんなに悩んだって何も解決はしない。当たって砕けろだ。
若いころの天真爛漫な顔はいつの間にか忘れてしまう。至極当然のことかも。
安室奈美恵(書いたことのない文字だから、探すのに一苦労)さんは引退し、樹木希林さんはお亡くなりになり、世の中的にもいいことは余りない。
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そんな中、総裁選が始まる。結果は誰もが知っているとおり、これで国民の信託がとれたと彼は言う。いいも悪いもあと3年も続く。
対抗勢力がほしいとつくづく思う。進次郎君も残念ながら風見鶏。
無駄遣い三昧のゾゾタウン社長に社会変革の出資でも募ろうかと本気で思ってしまう。
しかし、彼はすごいシステムを思いついたもんだと感心する。
もう一人の愚息がネット関係の仕事をしているが、彼は3~4年前に「キーワードはマッチングだ」と言っていたのを思い出した。
まだ、マッチングは生きている。
敬老の日だったんだね [生活]
2018.9.18
こんにちは。
昨日は敬老の日だったそうで、そんなことは与り知らないと思っている我々は
愚息の電話で叩き起こされた。
息子「今日、行ってもいい?」
私「休みなんだ」
息子「そうなんだ。何か用があった?」
私「別にないけど、君、昨日は仕事だったんでろう?」
息子「そう、でも日勤だったから問題なし」
私「いいよ、何時ごろ来る?」
息子「昼御飯を食べるっていう感じかな」
私「オッケイ」
私たちはもう目は覚めていたけど、覚めていただけで、体はまだ起きてはいなかった。
やれやれ、今日も一仕事が始まる。
家人は昼御飯と夜ご飯の心配をし、私は車が2台止められるよう、駐車場を整理し、母の介護をし、大工さんにお茶出しをした。
昼に愚息一家は来た。
えらくいろいろお土産を持ってきてくれた。さつまいもと手作りcake、ほかに何やらお菓子の箱。
私たちはまだ気がつかず、久々に歓談・・・・とはいって1週間ぶりぐらいか。
昼食はざるそばにし、午後は公園で孫と戯れ、夕食はサンマ、キッシュ、ぬか漬け、生春巻き、冷や奴、それとご飯と味噌汁と相成った。
孫たちは、それでも遊び足りず、トランプをやろうとか、鬼ごっこをしようとか、大変な騒ぎとなったが、入浴をし、やっとのこと22時には帰宅していった。
孫の手紙がそっとキーボードに置かれてあった。
「じいじとばあば、いつまでもげんきでいてね。」
そうか、今日は私たちの日か。やっとのこと気がついた。
私たちは睡魔に襲われそうになるも、その後片付けに追われ、終了時間は0時近くとなった。いつものこととはいえ、人をもてなすことは大変なことだとつくづく思う。
元来、人をもてなすことを厭わない家人は、今回も精一杯もてなしていた。
しかしながら、緑内障、リュウマチを患い始めた人間にとっては徐々にきつい仕事となってきた。
彼女もこの手の内は明かさない主義なので、誰にも言っていないようだし、私にも弱音ははかない。
少しは手を抜くこともやってはいいのではないかと思うが、なかなかそれを許さない。
いつの日か、その日が来るのを恐れながら、今日も孫の笑顔と成長が見られるのはうれしい限りだと、彼女は言う。
そういう彼女にもう少し付き合おう。
怒りが込み上げてくるね [母のこと]
2018.9.14
こんにちは。
昨日は一日愚息家族のお手伝いとなった。孫の病院に付き添い。そのまま幼稚園に送り、家人と嫁ともう一人の孫(4か月)とレストランで食事。いつも大変な思いをしているのだろうからと嫁にはゆったりとしてもらいたいという気持ちが我々にはある。そこのランチはコースしかなかったのでコースを注文。しかしながら4か月の孫がじっと待っていてくれるわけもなく。嫁は前おんぶ状態で食事。これではせっかくのゆったり感も台無しなので、私はボンゴレを急ぎ引っかき込み、孫を抱いて外に出たり入ったり、食事が終わったころを見計らってデザートを食べに戻り、孫を抱きながらcakeとコーヒーをすすってきた。
老夫婦としては、こんなことでもしないと3人の孫を育てる愚息家庭が崩壊するのではないかという老婆心。当人たちはラッキ~~的な思いの域を出ないのだろうが、そんな気持ちはお構いなしで、我々老夫婦は無駄な気配りをしなければ気が済まない質。
仕方がないと言えば仕方がないし、お節介と言えばお節介だろう。
そして、夕食は餃子を50個用意し、22時に帰宅と相成った。
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愚息宅にいたときに、その電話がかかってきた。
介護事業所からだった。
女性「あの、お母様の口が開いたままでして、食卓に移動したら、口は閉まりました。水分は100㏄ほどとられました。体が熱く・・・・。」
私「いつも口を開いたままの状態は多いですよ。体が熱いとは、どういうことですか。室温は何度になっていましたか?」
女性「体温が・・・。室温は見ていないそうです」
ここの事業所はいつも本人からは電話が来ない。事務職員経由だ。このときも事務職員経由。
私「冷房はかけてくれたんですか」
女性「・・・・」
私「タオルケットだけですよね」
女性「少々お待ちください」
私「もういいです。担当の方に代わってください」
担当女性「冷房はかけておりません。口が開いているのは初めてだったので・・・・」
意味がよくわからない。額呼吸でもしているというのか?
私「あなたは初めてですか」
担当女性「もう5~6回は入っています」
私は、ここの事業所とはいつもこんなやり取りをしている。カチンコチンと頭に来ているので、
私「今日の介護時間は16時からですよね」
担当女性「はい、そうです」
私「今、何時だと思います?」
既に19時を回っていた。
私「今日は日中行けなくて、まだ家には戻れないんですが、もっと早く電話をいただけなかったんですか」
担当女性「次の介護がありまして・・・・」
私「いやいや、母のところにいるときに電話をいただければ、もう少し何とかなったんですが、もう2時間も経っているわけで、事が事なら大変なことですよ」
担当「すみません」
私「物を扱っているわけではないんですから、もっと何とかしなければいけないんじゃないですか」
担当「申し訳ありません」
私「もういいです。わかりました」
と言って電話を切った。
その後、母のところに行ったが汗をびっしょりかいて寝ていた。
体が熱くなっていたと言っていたが、ご丁寧にタオルケットと夏掛けをかけ、冷房はオフだった。
自分でタオルケットすら剥ぐことはできない母は枕までびっしょりで、大変なことになる寸前であった。
確かに最近の天候は難しいとはいうものの、今少し気持ちを母よりに傾けてもらえれば、そうことにはならなっかのではないかと思った次第。
怒り火の玉状態になっていたが、ぐっとこえら、溜飲を下ろす努力をした。
私・・・・・少しは大人になったかもね。
生きていくことは根性が要る。 [生活]
2018.9.12
こんばんは。
明日は愚息の子どもが健診のため、子守にいかなければいけないし、孫(長男)のいじめ点検確認もしなければいけない。雑多なことが日々我が人生の目標を忘れさせようと邪魔しにかかる。
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最近、思いもかけないことが降りかかってきていて、少々難渋している。
世の中、自分の思いどおりに行くわけはないとわかってはいるが、書類を右から左に送るだけでは済まないような場合、相手に意見する、自分の意見を言う、異議をとなえる。つまり、自分の意見とは相違ってしまう場合は頗る憂鬱となる。
このようなときは、相手にどのようにこちらの思いを伝えよう、伝わるだろうと考えるわけだが、そこそこストレスが溜まる。
私が抱えている問題など、皆さんの抱えている問題から比べると大したことではない。
しかし、小心者の我が身にとって、他人との交渉事は難儀なこと。
こちらが間違っている場合は、精一杯誠意を尽くし、理解、信頼を得ることに邁進するが、明らかに相手に間違いがある場合、それをスムーズに軌道修正してもらうわけだが、より理解・納得してもらわなければ、それは後味が悪いものになるので、そこも心配りが大切なこととなる。
こうやって他人とのネゴシエーションをやり、自分を育てていくわけだが、それそれで思いやり、根気が要ることで、自分が社長なら、「断」という采配ですべて終了するので、そういう気遣いは必要ではない。つまり、その必要がない分、社長は少しも成長しないこととなる。
他人と生きていく、他人と活動していくことは、それなりに努力と工夫と根性が要る。
人間関係-どこの世界で皆同じだ [生活]
2018.9.12
おはようございます。
今日は大工さんの研修会だそうで、拙宅の工事はお休みだ。久々に朝はゆっくりと過ごせる。
昼に母のところに行き食事介助をし、少し家の片づけをする。
朝夕はめっきり涼しくなって、流石に冷房はオフにしているが、日中、日が当たると暑く感じる。
温度管理に関しては、いつも気を抜けない。
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我が家は今、建替工事をお願いしているが、1年以上やり取りのお付き合いをしていると何かと齟齬が生じてくる。それは致命的なものなら黙ってはいないが、担当が女性で、子育て中ということもあり、家人の肩入れも並々ならぬものもあって、普段の私であったら、「ちょっと、この件は違うんじゃないの」とクレームを言うところだが、ぐっと我慢をしていることが多々ある。
つまり、現場と営業とではいろいろとあるようで、今回は、それを垣間見ることが多い。
今回も説明書待ちで検討中のつもりだったが、現場に行ってみると既に取り付けてあったとか、AさんはBさん経由で私にメールをしたと聞いて、そのメールを待っているのだが、3日経ってもまだメールが来ないだとか・・・・・。
その方のキャパがどのぐらいで、どの程度の仕事を抱えているかはわからないが、メール一つ右から左に出せないこと自体、その方にとってのキャパオーバーなんだろうと思う・・・・・ことにしている。
多分、私一人での対応なら、とっくに「担当を代わってくれない」と言ってしまったと思う。
仕事は仕事、個人的な事情は個人的な事情である。
しかし、このご時世女性には頑張っていただきたいという思いは我々には強い。特に家人には強い。その方には何の義理張りはないが、「我が家」が一つの成長の証となればいいなと思う反面、現実、仲間内では、かなり信用も落としていることも確かだと思う。
ガンバレ、担当女子!
不審メールは相変わらず [生活]
2018.9.11
おはようございます。
不審メールは相変わらずだ。来ないときは全く来ない日が続くが、来るとなると連続して来る。
この1週間で来たのは、かなり馬鹿にしたような内容だ。
ここを「クリックすれば、あなたに1000万円が届きます」という馬鹿げたものが3日続いて届いた。こんなメールをクリックする方はいないと思うが、余りにも小馬鹿にしたメールで少々頭にも来る。
年をとるととんでもない詐欺メール、オレオレ詐欺に引っかかるらしい。お互い気をつけなくちゃね。
明日は我が身 [新聞記事]
2018.9.10
おはようございます。
今日も暑い。北海道は12~3度だと言っている。もう確実に北国は秋になっている。
災害があちらこちらで起こっていると、発電機が必要だ、ランタンは買ったはず、手回しのラジオと携帯発電機があったはず、携帯トイレはどうする? シュラフも買った。水も買った・・・・・・・はず。
でも、どこにしまったんだろう??????
こんな状態だからひとたび事が起こったら、我が家も大変なことになる。
11月に引っ越す予定だから、それ以降に一覧表を揃えようと心密かに思ってはいるが、3.11から二桁も経過しているのに、ひどい話だ。
喉元過ぎれば・・・・・・状態だ。
これではいけない。これではいけない。避難者の方がくしくもおっしゃっていた。
「災害なんて自分のところにふりかかるわけがない。他人事だとばっかり思っていたのに、この有り様だ」
肝に銘じます!
すごいね--大坂なおみ [新聞記事]
2018.9.9
おはようございます。
早朝からビックニュースが飛び込んできた。
「大坂なおみ 全米優勝」とヤフーニュースが流してきた。
試合内容的にもいろいろあったようだけど、やはりそのインタビューの表情が印象的。
彼女は勝者なのに、ちっとも勝者の顔をしていなかった。むしろ、敗者のような顔をしていて、何かにおびえているような、そんな顔をしていて、なかなかそれが理解できなかった。
セリーナ・ウィリアムズの地元での試合。しかも出産後、お祝いの意味も込めての試合だったようで彼女が勝って祝福という道筋があったのだろう。大ブーイングだった。
しかし、試合は試合。全くウィリアムズは歯が立たず完敗。
ウィリアムズの抗議は見るに耐えなく、見苦しいと米国紙も伝えていたが、それにも増して大坂なおみのコメントが印象的だった。
それはWOWOWでの出来事。
同席したのはWOWOWのアナウンサーと伊達さんと外国人の〇×さん(名前はわからなかった)との最後の会話。
女子アナ「なおみさん、あちらのカメラに向かって、日本の皆様に一言お願いします」
なおみ「日本で起こっているいろいろな災害を、アメリカにいるけど、私はよく知っている。それにお悔やみを言いたい」と言葉少なに言ったことだ。
「快挙! 20歳、全米オープン、日本人初優勝」、このフレーズはアメリカのアナウンサーもはっきりと言っていて、日本人の日本びいきの私たちだけが言っているフレーズではない。確かに快挙だ。
4億円以上の優勝賞金も手に入る。
有頂天になるはずの彼女の口からは、そんな喜びの言葉は一切なく、意外にも日本の現状、惨状を見舞う言葉だ。
ウィリアムズに勝ったこともすごかったけど、私は、そのコメントに彼女の尊きすごさを感じた。
北海道の停電 [新聞記事]
2018.9.8
こんにちは。
今日も暑い。とはいえ9月に入ったから残暑というらしいが、8月のあの暑さとさほど変わらない。
いろんな意味で、ここ二、三日は平穏であってほしいと思う。
6日、北海道全域停電というニュースが流れた。1週間ぐらいかかると大見得を切った世耕さん。記者会見は頼もしいと思ったが、意外にも今日99パーセントが復旧したとあった。昨日の今日だ。まあ、いい意味で予言が外れたわけで、それはそれでオッケイかもしれない。所詮、政治家は伝達されたことを言っているだけであって、その正確性は甚だ疑わしいという一つの例となった。
私は、この予想が外れたことに別の意味で安堵している。もし、北海道で1週間以上停電しようものなら、それに託つけて、原発再稼働の理由付けに使うんではないかと思ったからだ。
いろいろと理由付けはあるものの、やはり、利権が全く絡まないわけではないから、天災が引き金になったことを理由に再稼働の方向に舵を切っていることは確かだ。今回も泊原発が停止していたからよかったが、主電源は停止状態に陥り、緊急用の電源でやり繰りしていた。その電源も1週間分の備蓄しかなかったはず。やはり停電という「想定外」事態に、他人事的会見を北海道電力は言っている。
天災はいつも想定外。そう心に刻んだほうが懸命だ。今回もこの先も、どこでどれだけの地震が発生するかは誰もわからない。安倍さんの心の中は私と同じ気持ち--「原発は停止したほうがいいに決まっている」-なのだろうが、立場上、そうは言えないという彼の弱さがある。
忖度という言葉が一時期流行ったが、今度の彼の政治は斟酌する政治になっているわけで、斟酌する政治は大した政治ではない。
その斟酌する政治が9月からむこう3年間始まってしまう。
ご報告(2) [生活]
2018.9.7
先程の続きです。
これを嫁と家人とに話をしたとき、家人がこう言った。
家人「なぜ、そのとき注意しなかったの?」
私「・・・」
家人「こういうのって、その場で言わないとわからないものよ。子どもは無邪気だからこそ、その場その場で言うべきなの。私はそうしてきたんだ。今だって下校中の子どもたちが変なことをしていたら、『どうしたの、変なことしちゃだめよ、この子何か悪いことしたの?』と言うことにしている」
私「そうか。いいチャンスを逃したわけだ」
家人「また行かないとね。芽は小さいうちに摘むもんよ」
私「すごいね。冴えているね」
家人「一応、主婦だからね」
完敗です。
ご報告 [生活]
2018.9.7
おはようございます。
昨日、大工はお休みをしていた。お茶出しの時間が余ったので30分ほど実家の整理をし、母の昼食の介護をし、愚息家に出発した。
実家の以前住んでいた家の整理は昨年終了したものの、現在住んでいる(20年居住)母の荷物整理、大した量ではないが、昔の人間だから、それなりにはある。例えば、布団は5組、和裁用の切れ端とか、毛糸とか・・・。昔はなんでもかんでもよくとっているから「切れ端」と簡単に言ってしまえば、それまでだが、ごみ袋にすれば2~3個は出てくるし、毛糸もごみ袋1つは十分にある。6畳いっぱいの荷物の整理は、それなりにやりがいがある。
クリーンセンターに運び込めば事足りるが、諸般の事情で家庭ごみとして出しているから、手間はそれなりにかかる。お恥ずかしい話だが布団は切り刻んで可燃ごみで出している次第だ。
お金か欲しいぜ。
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昨日はまたいろいろとあって、生きていくことは大変だし、目標を見失い、大きくブレてしまいそうな自分を見ていると再び焦りを感じるのみ。
諸事発生
1)孫がいじめられている現場を目撃。
これはちょっとセンセーショナルだった。昔もいじめはあったが、今の子どもは残酷だ。頭をたたきながら、それが段々と激しくなっていく。詳細はこうだ。
毎週木曜日、愚息の家の手伝いにいく。そのときは必ず孫の下校を見守ることにしている。学校から愚息家まで2キロ弱。道路一つ隔てて見守っていたり、反対側から見ていたり、孫も嫌がるのではないかと思い、極力、私の存在がわからないよう見守っている。昨日は植え込みに隠れ、彼らをやり過ごして見ていた。運悪くというか、運良くというか、通り過ぎたその先で連れの同級生が孫の黄色帽を上からげんこつで叩き始めた。
小学生の下校時は、みんなふざけながら歩いていることはよくあるのは承知しているし、逃げ回ったり、走り回ったり、ランドセルを放り投げたり、いろいろある。それは遊びのうちだ。
昨日はちょっと違っていた。
私は5メートルぐらい先で起こっていることをじっと見ていた。同級生は孫の頭をたたいていた。10回ほど叩いただろうか。孫は少しさがりながら、右側のフェンスにつかまった。
彼は叩くのをやめなかった。孫はじっと下を向いたまま叩かれていた。
タイムアップ!
私「お帰り!」
大きな声で孫に声をかけた。二人は離れた。二人の間に入り、私は孫の手をしっかりと握った。
私「さあ、帰ろう」
孫「今日、来るの忘れていたよ」
私「そうかい。さっき来たんだよ」
孫は何事もなかったように振る舞っていたが、いつも私に向けてくれる、はち切れんばかりの笑顔はなかった。
私は彼の目の前にしゃがみ込んだ。
私「嫌なことがあったら、嫌だとはっきり言うんだよ。黙っていちゃだめだ」
孫「・・・・」
私は気の毒に感じ、それ以上言うのはやめた。
すべてを了解した。
理由もなく嫌なことをされる。これが「いじめの発端」だと、このとき感じた。
私は自分がいじめられそうになったこともあり、学校帰りの子どもの様子を見るのが習慣となっている。ジャンケンでランドセルを持たされている子どもと出会っても、その子の顔を見ることにしている。それが楽しそうに持たされているのか、嫌そうな顔をして持たされているのか。
子どもは素直だ。高校生までは、どんな大人染みていても、いじめをされる側の顔は素直だ。
顔を見れば、すべてがわかる・・・・・・・とまでは言い切ってしまうのも不遜だが、かなり、その子どもたちの力関係はわかる。別にこれは特殊能力でもなく、大人はすべからくわかることだ。ただ、それを見ないだけだ。
行為を見るのではなく、顔を見続けることだ。
2)愚息の腰痛(これは、どうでもいい話だが・・・・)
鈍い痛みがあるらしい。ぎっくり腰的な痛みではない気がするという。うつ病が終わったと思ったら、今度は腰痛だ。「またか」という思いとともに会社にも申し訳ない気がする。まだ、結果が判明したわけではないが、同僚に迷惑がかからないようにと思うばかりだ。
しかし、嫁が手回しよく言ってきたから、それなりに重傷かもしれない。
そんな中でも自分は、どう生きるか。ブレずに生きていかなければならない。人生はいろいろな意味で過酷だ。
今日も忙しい [新聞記事]
2018.9.6
おはようございます。
年をとるとタンが絡むようになる。タバコは30年も前にやめたけど、絡むものは絡む。
どうせ絡まれるなら、ほかのものに絡まれたいものだ。
今回の台風もすごかった・・・・・・・・・・・・
・・・・らしい。
と言っては不謹慎だが、千葉県はまたも外れてしまった。少しは分散してほしいと心から思う。
そしてまた、今朝は北海道で地震があったと報道されていて、ここ3週間ほどの間に根室沖、茨城沖、四国沖と続く。まっこと近日中には来るだろう。それは心していなければいけない。
「心して」と言っても6年前に買った水ぐらいしか備蓄習慣のない我が家。口幅ったいことを言う資格は全くない。せめて家が完成した時が、地震への備えをするチャンスかもしれないので、それまで地震が来ないことを願っている。
今日は孫のお守りで一日が終わりそうだが、ぼんやりとでも、「自分の生きてきた意味」を考え続けることは忘れないようにしたい。考える習慣--これが大事だと遅まきながら最近気がついた次第。
南アは下がり続けている。今、7.2円近辺だ。
心に残った言葉 [生活]
2018.9.5
こんばんは。
今日はもうこんな時間になってしまった。
水曜日は唯一いいテレビ番組がある。
皆さんもご存じの「あいつ今何してる」と「家についていっていいですか?」
今日もこんな思いをして生きているんだと思う方の話があった。
その人の言葉が妙に心に引っかかって仕方がない。
別に名文でないし、取り立てていいと思えるものでもない。外に出た途端に忘れてしまうような些細な言葉だ。
「生きた証を次につないだこと」ですと、そのご主人は言った。
彼は奥さんに先立たれて、たしか小学校低学年と幼稚園児の女の子を二人抱えている。
仕事を抱え、一生懸命お弁当をつくる。それはお母さんがいないことで惨めな思いをさせたくない一心なんだと思う。一生懸命キャラ弁をつくる。ちょうど、ちびまるこの漫画のよう。
家は彼の手作りで、中古の家をあちこち亡き奥さんと相談しながらつくっている途中に彼女は帰らぬ人となった。台所も、子ども部屋もかなりうまくつくってあった。大工でもないのに、ご主人はかなり腕はいいと見た。楽しく、時にぶつかり合いながらつくったと言っていた。
でも、決して楽々やっているわけではなく、毎日毎日を淡々にこなしていくだけだと言っていた。実家にも頼らず、人に預けることもせず、ご主人一人だけで子どもを育てていく生活だ。料理も得意ではないと言っていた。
聞き手がこう言った
聞き手「今までやられてきて、一番いいと思ったことはなんですか?」
ご主人「生きた証を次ぎにつなげていけたことでしょうか」
と彼はポツリと言った。
生きていく証、それが自分たちの与えられた一つの使命なのではないか。
世の中に名を残せれば、それに越したことはないだろうが、皆がみんな、そうなれるわけではない。
せめて、自分が生きた証を次につなげられれば、それでいいのではないか。
ふと、彼の言葉を聞き、そんなことを思った。
花マル定期券 [生活]
2018.9.4
こんにちは。台風が石川あたりを通過中らしい。今回も幸いにして千葉県はかすってしまった。
別に千葉県は災害に強いわけではない。偶然的まぐれで台風、低気圧が来ないだけだ。中小河川もあるし、雨水対策は皆無だ。U字溝だけで雨水が納まるわけはなく、市民会館、中学校の駐車場や校庭を掘り起こして雨水プールをつくったものの、どれだけ効果があるのかは、まだまだ未知数だ。
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私たちはできるだけ安くてうまいものを食べる主義だ。だから、高いものはうまくて当然。だから高いものは極力食べない。もちろん、お金のないせいもあるが、極力安くてうまい、お値打ち感のある外食をするようにしている。
その点、安くてうまい我が家の定番は「はなまるうどん」だ。ほかにうどん屋は数多くあれど、ここより安いところない。
我々の定番は「かけ小3つと稲荷2つ」が定番だ。これでなんと590円。
二人で590円です。
かけうどんの小サイズ、これはメニューには堂々と載っているわけはなく、メニューの隅に目立たぬようひっそりと載っている。これがたしか130円。稲荷は1つ100円。
かけ3つを二人で食べ、稲荷を1つずつ食べる。
普通、ほかの店で食べると1人分の値段だ。
これで結構満足する。それにまずくない。時としてうまく感じるときもあるから、そこはもうハナマルだ。
昨日、そのハナマルうどんに行ったときのこと。
いつものようにかけ小3つと稲荷2つを頼んだ。
するとレジの方が・・・・
レジ「定期券がありますよ。来週からです。これだと300円で何回食べても天ぷらが無料で付いてくるんです」
私「そう言えば、テレビでやっていたやつだ。でも、天ぷらあんまり好きじゃないからな」
レジ「そうですか・・・・、でも、おでんでもいいんです。」
私「そうなんだ。そりゃいいね」
家人「そりゃ、ラッキー」
私「じゃ、二人だから2枚ください」
レジ「1枚で、何人分でもいいんです」
私「?」
レジ「全部で、890円です」
と言って890円を払い、手元にレシートと定期券が残った。
それを財布に入れ、早速うどんを食べる。今日もうまい。
でも、ぼんやりとレジ方との会話を復唱。1枚で何人分でもオッケイです。お客さんの場合は、かけ小3つだから、おでんも3つ付けられます。
それで定期券だけでオッケイなわけないよな????
家人「どうしたの?」
私「定期券だけで、おでんが3つただで食べられるって言っていた」
家人「そんなわけないよ。うどん1つだけ、ただなんだと思うよ」
と言いながら食事が終了。車に乗って、またその話になった。
家人「定期券2枚あるでしょう?」
私「いや、1枚だ」
家人「それじゃ、うどんは1杯だけただ、おでん1個だけただ、あとは払うんだと思うよ。定期券なくなり次第とあるから、もう1枚買ったほうがいいよ」
私も半信半疑。家人の言うことが合っていたと思い、またお店にカンバック!
私「あの~、もう1枚定期券買いたいんですが・・・」
さっきのレジ「300円です」
とトレーに300円を置いた。
さっきのレジ「でも、1枚でお二人大丈夫ですよ。1枚でお二人カバーできますよ」
私「えっ、やっぱりそうなの?」
さっきのレジ「いつも来ていただいているから、大丈夫です。1か月しか有効じゃないけど、お二人分カバーできますから」
私、すごすご300円を引っ込める。
いや~~、参ったまいった。300円を引っ込めたことも格好悪かったけど、いつも来ていることもわかっていたんだ。こっちはいつも初めて来たような顔をして、ほとんどの方が頼まない、自分でも一人ではちょっぴり恥ずかしくて頼まないであろう「かけ小」を堂々と3つも頼んでいたものだから、従業員間では皆皆お見通し状態であったようだ。
そういえば、私たちにだけ定期券の声かけがあったことを思い出した。
冷や汗もんだね。
定期券の開始は来週から、果たして、かけ小3つとおでん3つで幾らなんじゃ。
期待と不安を胸に、またハナマルに行くぞ。
過ぎて見れば、皆笑い話・・・だよ [新聞記事]
2018.9.2
こんばんは。台風が接近しているが、まだ影響はない。今日、少し曇りがちで涼しい。とは言っても30度は下らない。7月の猛暑に体が慣れてしまっているんだろう。
確かに蚊は少ない。刺された回数は2回ぐらい。ゴキブリは拙宅にはいないと豪語しているが、1度見て即殺。愚息の家の外でも1匹見た。母親の家はゴキブリの巣窟であったが、今年はお目にかからない。
猛暑でいいことは、ゴキブリがいなくなったことぐらいか。
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新学期が始まる。小中高生を持っている親御さんは気が気でない。
安息の夏休み期間であっても子どもたちの通信手段は断絶されているわけではない。SNS--メール、line、ショートメール、もちろん電話での会話。ずっとずっとつながっているわけだから、当事者としてはたまったものではない。
しかし、内容は大したことではない。ウザイ(私はこんな汚い言葉は使ったことはない)、汚い、消えろ、臭い、死ね・・・・・・・。思いつく言葉はそのぐらいか。
私に該当するのは「臭い」「ウザイ」「汚い」・・・・・・か。
クラスメートにこんな言葉を浴びさせられたらたまったものではない・・・・・・・・かもしれないが、その世界にしがみついていようとするからたまったものではないわけで、無駄な力みが出てしまう。
いっそのこと別の世界に出れば、問題は解決される。彼らと住処を一緒にしなければいいわけで、そういう術を探ればいい。
同じ土俵で相撲をしなければいいだけだ。
12~18は多くを感じ、多くを想い、多くを傷つき、多くに感動する。
何でもポジティブにいこう、なんて言うつもりはさらさらないが、過ぎてしまえば「馬鹿」に二重丸が付くぐらい大したことではない。
我々が外野でどうの、こうのと言っても何も解決するわけではない。やはり、現場の担任等の一発奮起しかなく、「いじめの定義」に該当している、していないの言葉遊びをする前に、子どもの顔をじっくりと見てほしい。該当児はきっとこちらにシグナルを送っているはずだ。
南アの下がり方が急だ。 [マネー]
2018.9.1
こんばんは。一日のノルマを終え、先週見落とした「西郷どん」を見た。
さあ、ランニングをと思ったら珍しく雷鳴が轟いた。千葉県は今期豪雨も雷雨もなく土はカラカラに乾いている。天候を言い訳にする老人にはまだなりたくないが、そうこうしているいるうちに雨が激しく叩き始めた。仕方なし、今日はランニングはあきらめよう・・・・・・。
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新興国通貨の下落がとまらない。トルコショックもまだ進行中、アルゼンチン通貨はペソ、こちらも下落進行中。ブラジルも同調気味。新興国はどこも経済的には厳しく、インフレ率も高い。通貨の下落率は50%を超えるというから、国内経済は大混乱なんだろう。
南ア通貨は7.5まで下がり始めた。
ペソ通貨なんて全く眼中にはなかったが、一応最低値を見てみると5.00近辺。南アは6.4あたりだ。
スワップ狙いは、ここらあたりで指値をしておくと安全圏内かもしれない。(絶対はないけど・・・)
あっという間の夏休み [生活]
2018.9.1
おはようございます。
寝坊をしてしまった。ランニングのチャンスがなくなった。こう暑いと朝方にしかなかなか走る気にはならない。残念だが仕方なし。台風が来る。明日は天気、まだもつだろうか?
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たくさんあると思ってた夏休み。
ずっとあると思ってた夏休み
宿題なんか後でいいと思ってた夏休み。
田舎にも行ける うれしい夏休み。
小遣いも多くもらえる夏休み。
学校に行かなくていい夏休み。
親戚のユウクンと遊べる夏休み。
セミ取り できる夏休み。
プールに行ける夏休み。
スイカが食べれる夏休み
トウモロコシだって食べれる夏休み
花火が見れる夏休み
少しだけ夜更かしできる夏休み。
母さんとずっといられる夏休み。
そんな夏休みが あっという間に終わった。
あんなにあったはずなのに、あっという間に逃げていった夏休み。
友達よりも、家のみんなと過ごしていたい夏休み。
そんな夏休み、僕の手から逃げてった。
そんな悲しい夏休み 年甲斐もなく、ふっと思い出した。
もう60年以上も前の話だ。
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