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命懸け [生活]

2020.3.27

こんにちは。

昨日は孫の病院に検査のお伴をした。愚息は仕事のため、私たちの出番となった。初めは嫁一人でやろうとしたのか、前日まで何の連絡もない。しかし、昨今のコロナのことを考えると電車で長い距離を病院に行かせるのは少し忍びない---というわけで少しも頼まれてはいないのだけど、出しゃばりなロートルがスゴスゴと車でお出迎えをした。検査はそもそも長丁場で今日明日に何とかというものではないのだが、3カ月都度の検査は必須ということらしい。まあ、つつがない人生を送らせたいというジジババの余計なお世話かもしれない。気持ちの中では、我々がコロナの楯になればと思わぬ節もなきにしもあらず。

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何に付けても今は命懸けにならざるを得ない。第一、特効薬ができていないからね。インフルエンザみたいに効く薬ができればいいのだけれど、果たしていつになるのか。

特効薬ができるまではオリンピックも経済もすべてを停止しなければならなくなりそうだ。所詮、多剤耐性菌であって、原因はすべて人間にあるわけだから、パソコンのウイルスも怖いけど、コロナのウイルスも怖い。どちらも人間由来ということを忘れてはいけない・・・・・と素人ながら考えている。

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恥ずかしながら、少しうれしい [生活]

2020.3.25

こんにちは。

朝も寒く、日中も風も適度に吹いていて寒い一日。オリンピックは延長か中止の二者択一。

もはや延長で日本の中心部の方々は安堵しているようだけれど、今回ばかりは思い通りに事が進むかどうかはわからない。赤字国債を連発し、低金利をし尽くしている感のある日本としては、日本国がそれに耐えられるのかどうかは予断を許さない。コロナもわからない。日本経済もわからない。そんなとんでもない状況になりつつあることをしっかりと見ていかなければいけない。とは言え、日本経済がガタガタになるとは誰も言っていない。そんなジジイ臭いこと--だから老婆心と言うんだろうけど--を言っているのは愚鈍な私だけだ。素人の私がどんなことを言ったって問題はないだろうから言いたいこと書いておこう。

アメリカは国民全部にど~んとお金を支給する。10万円とかと聞こえてくる。じゃ日本も・・・というわけにはいかない・・・・と僕は思う。今まで日銀が国債を買い続け、株式を買い続け、どれだけ市中に出回っているのか。それをもっとばらまけば、1万円は1万円の価値を失う。

誰も見向きもしなかったマスク。値段は200~500円台で売っていたものが(私は安いものしか買わないから257円/50枚)平気で1枚100円とか・・・今は1箱幾らだろう?買っていないからわからないけど、多分、257円/箱以上はするだろう。つまり、価値はそういうものだ。市中に多く出回れば安く(価値がなく)なり、少なくなれば高く(価値が出る)なる。これは必然。自然界のことではないけど自然現象だ。

今回は予想がつかないことばかりだから「当たらずといえども遠からず」。ハイパーインフレが起こってしまうことも大いにありではないか。大根1本買うのに10倍、20倍は当たり前、100倍だって出てくるかもしれない。つまり1万円札を出して大根1本なんていう世界にはなってほしくないな。

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そんな詰まらない話はどうでもいいんだけど、倉本聡さんのドラマを今見ている。

たしか3カ月?半年?1年?ぐらいは続いているはず。今月で終わりなんだけど、私らより少しだけ前の同世代の話。若者は多分、いや絶対見ていないだろう。だって見れる時間帯ではないし、老人の気持ちに同感するわけないからね。

普通、ドラマはハッピーエンドで終わる。でも、ドラマの流れからして、どうみてもハッピーエンドで終わるわけがない。だから現実味を帯びてくる。「これって俺の何年か後のことだぜ」と思うことがしばしば。それに少しだけ世評もしている。私たちのやってきたことは間違っているよと彼は世の中の人に問いかけている。私の問いかけは何の力もないが、倉本さんの物言いは説得力がそれなりにある。

彼の言いたいことと私の言いたいことが同じです、な~んていうような不遜なことは言わないけど、「それでいいの?少しだけ戻らない?」という問いかけは同じではないかと思い、少しうれしい。

さあ、確定申告をやらなきゃね。

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お墓参り [生活]

2020.3.21

こんにちは。

いい天気です。汗ばんでしまいましたが・・・・・・・やはり夏が怖い。

お彼岸です。2月に一周忌を済ませたばかりですが、既にもう遠い過去のよう。感覚的には去年一周忌をやり、1年ぶりに墓参りをしたという感覚。でも、昨月の2月上旬に行ったばかり。惚けているわけではないんですが、1カ月しか経っていないのに変な感覚です。

いいように解釈すれば、とにかく忙しいということに尽きるということかも。

家人も私も同様に思っていた手合いを見ると、やはり惚けではなさそうでちょっと安心。


前々から人混みが嫌いな性分も手伝い、お彼岸のど真ん中に墓参りに行く馬鹿はいないと豪語していのだが、それも今は昔の物語となってしまった。現役のころは、年度末にあたり忙殺されていたので、桜を見ながら墓参りなど夢のまた夢。綾小路ではないが「あれから三十年」経ったことになる。とにかく時は速く、容赦ないね。

DSC_2263.JPG



こんな感じで梅、桜、スオウ、沈丁花、スズランなどいろいろな花を添えてきた。








お盆ということもあり、結構多くの人が来ていた。




DSC_2264.JPG



霊園内の桜もちらほらと咲いていた。



















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もう少し後なら、菩薩さんの頭上の桜

が満開になっていたはず。



咲いていたら結構きれいかもね。















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忙しいな [生活]

2020.3.7

おはようございます。

高齢者でも忙しい。昨日はシャッターの不良により全交換の立会い。

本業の仕事、元住んでいた家の粗大ゴミの搬出、この10時から不動産会社に賃貸契約。同時に別の不動産会社に売買契約、その後の撮影のための最終整理などなど惚けている暇はない。

たった一ついいことは、コロナの影響で今月末の会議中止の通知を受けたことぐらい。

ブログ更新、2日もさぼってしまった。帰ってきたら記録しておかなければ。

 

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近道が直ぐに見つかる人生は人生にあらず [生活]

2020.3.2

こんばんは。

コロナの猛威は留まるところを知らない。今日も国会中継では、コロナ関連でマスクの発注の責任者の主語は「それぞれの自治体」か「国」かで議論が中断、休憩となり、隔世の感ありと強烈に私に思わせた。ぐうの音もでないとき、政治家はいつも開き直る。堂々と開き直る。少しも悪びれることなく開き直る。今このブログを見ているみんなは、危機が迫っていると思っているわけはなく、とうにその渦中に投げ込まれて、波の揺り返しのごとく、その渦中で揺さぶられていると感じている。それなのに、総理大臣は「この危機が迫っていることに対処するために、国民の皆様に協力を・・・・」と、これから危機は来るものだという答弁に終始する。別に揚げ足をとるつもりではないが、お役人の国会議員の先生方は、その一言一句が大切なようなので、私たちも彼のその一言一句にしがみつきものを言うことになるのは当然のスタンスになる。

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そんな話を書くと怒りが沸いてきてしまうのて、この辺にし、近道について考えてみたい。

みんな生きてきた以上、大なり小なりの人生が存在し、栄華を究める人もいれば、脱落して生きて行かざるを得ない人もいることは事実だ。近年、ますます情報化社会となり、いろんな情報が耳に簡単に、しかも自分が探さなくても入ってくる現実は、本当にいいことなのかどうか考えてしまうことが多い。

心地よい?「えっ、そうなの」「そんな簡単にできるわけ?」というキャッチコピーが多い。もちろん、フェイクもそうだし、偽メールもそうだろう。インターネットで買い物や調べ物をすることは、その情報も彼らに売っているわけで、決してそれはよいことではない。

それの派生として、私が何にに興味を持っているかとか、何が買いたいんだろうなとかは当然ながら知られるところとなり、もっとその上の不審メールに接する機会が多くなっしまうことは、やはり、健全ではないのではないかと思うことがしばしばある。今日は「近道」についてなので、このぐらいにするが、不審メールの多さにはホトホト手を焼いている。それに費やす時間は最低でも一日に30分は費やすかもしれない。

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そのような不審メールの中には、結構甘いお誘いが多い。よくよく見れば、馬鹿らしくて開封もせずに削除するのだが、気持ちが不安定ならば、ひょっとするとその添付のクリックを開いてしまうことだってあるかもしれない。確かに心に余裕がないと詰まらぬことに引っかかることが多い。人生はそんな甘いものではないことはきっと誰だってわかっているはず。

努力は必ず報われる。一つの仕事をどんな困難があろうとも、その奥義を究めれば、それは他人を寄せつけない力を生む。それはどんな職業でも同じだろう。新聞配達だってそうだろうし、飲食店だってそうだろう。金型絞りだってそうだろうし、螺子切りでも、漆職人だってそうだろう。それぞれの道には、それぞれの道の奥深さがあり、それを楽しんで前に進んでいくことが、大きな立派な花を育て上げることになる。それは決して一朝一夕にできることではない。長い年月、その中に埋もれそうになり、人に忘れ去られようとも、必ずや復活してこれることなのだと信じ、匠と言われるような技術に向け精進をしてほしいと若者には言っておきたい。

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お荷物にならない生き方と死に方 [生活]

2020.2.18

こんばんは。今、運悪く以前住んでいた家と母親が住んでいる家の鍵が壊れた。

ほぼ同時に壊れるというのも変な気がするけど壊れた。何か意味がありそうだけれど壊れたことは確かだ。両方とも突然ではなく、徐々に徐々に不具合があったがKURE555とか、そんな類の油を使ったり、分解掃除をしたりしてお茶を濁していたがとうとう壊れた。1つは鍵を差し込み回すタイプ。もう一つはキーレスドアだ。最終的にはシリンダーそのものを取り替えることになるのだと思うが、素人にはやはり専門外でわからない。もう少し勉強すればいいのだろうが、そんな時間もなかなかとれないし、それでより壊すのがいつもパターンであることはわかっているので、それ以上は追求しないことにした。やはり玄関だからね。事の始まりはいつも玄関から。運も不運もすべて玄関から始まるというわけで、ここでヘマをやったら、お後はよろしくないことになるから専門家にお任せすることにした。

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年をとると人生を考える時間が多くなる・・・・・ような気がする。吉田卓郎の「人生を語らず~」という歌があったが、人生を語りたくなったということは、やはり年をとったということか。

「生き方」と「死に方」という言葉。今初めて気がついたが「生き方」は字のバランスもいいし、前向きでいい。それに比べて「死に方」という言葉は見た目、字のバランスがよろしくないね。「死」と「に」と「方」が言葉であって言葉でない気がする。「生」と「き」と「方」は立派な言葉だ。馬鹿でアリンス。こんなことを言って(打って)いること自体異常だね。

年をとると自分でやれることが少なくなる。車の運転もしかり、自転車もしかり、歩くこともしかり、話すこともしかり、笑うこともしかり、食べることもしかり、泣くこともしかり、そして排泄もだ。そこで他人の力を借りる。借りたくない力を借りることになる。当然、何でできないかなどと理解できない自分よりも肉体的に若い若者に介護される。不自由な動作が理解を生めばいいが、不自由な動作は理解を生まないときが多い。そこは辛い葛藤が続く。そんな自分が自分でなくなるような段階に入ることは、多分100人中100人が望んでいることではない。しかし現実問題、その望んでいない状況に置かれている高齢者は多い。果たして、自分はどちらになるのか。これはあなたも、あなたも、そうして一番若いあなたも決して逃れられない道なのだ・・・・と言っても若い皆さんには誰一人として他人事なのだけれど、決してそれは悪いことではない。だからこそ、今を生きていける。傍若無人に生きていける。


その最期の一歩手前で一人冬山登山がしたい。一歩手前で誰も知らない家で過ごしていたい。それがお荷物にならない生き方の術。安楽死が認められていない社会においては、そういう選択肢もあっても一向に罪はない。


人生を語らずにね。

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力なき者の力 [生活]

2020.2.10

こんばんは。

昨日も今日も冷え冷えする。いい傾向だけど、あと1~2日で春が来るらしい。やはり暖冬で今春も終わる。この夏、家の雨戸は必携。順当に梅雨が来ればいいが、カラ梅雨だったらどうする? 完全にお手上げになる。災害はいつも予想を覆す。恐ろしいほど覆す。

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歴史上の事件は、いつも極端な行動によって始まり、極端な行動によって終結するのが常だ。人間は結果を急ぐ余り、いつも奥の一手を使う。それは果たしていいことなのだろうかと考えてみると、それは決してよくないと誰もが思っている。しかし、歴史上の出来事は、その「奥の一手」で勝敗を決める場合もあれば、それを端緒として、次の行動を組み立てる場合もある。その「奥の一手」だけで最終的な目標を達成するときは大体瓦解することが多い。当然と言えば当然だけど、その次の行動があるときは大体成功裏に物事は進む。その次の行動は国民(民衆)の声が多く上がったときだ。それは上っ面の民衆運動でもなく、権力者の大衆向け迎合主義でもなく、一瞬であっても、それは真実の民主主義の神髄を垣間見る思いがする。

表題の「力なき者の力」は、その真骨頂を表す言葉だ。日本の民主主義はヨーロッパのそれと比べてみると、赤ん坊のような歴史しかない。西洋の物真似をし、追いつき追い越せと励み、アメリカの模倣の数々をしてきた。(いや、させられてきたとも言えるかもしれない)

そんな幼稚な民主主義であるがゆえに、権力者に頼るのではなく、自分たちで考え、力を集め、少しずつ行動をする習慣を付ける必要があるのだと思う。人間は誰しも光が見えないと諦めてしまうことがある。それは二十代であっても、三十代であっても、四十代であっても、五十代であっても同じだ。しかし、その光を見るようにしようと努力することが大切で、それは一朝一夕でできるわけはなく、それは習慣化されてこそ芽吹き、育つものだと思う。その力は誰あろう、若い人々であり、力なき者たちであるのだ。

政治は確かにうさん臭いし、面倒臭い、それに今の俺、明日の俺の営業にどう関係があるの?ナイデショウと言われてしまうと、確かにそうなのだけれど、より俯瞰してこの国の先を見ていくと、今の君、明日の君の営業より先に、関係する事々があることに気がつくはず。政は力なき者たちがやることで、初めてその国を豊かにしていくのだと思っている。

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ぐったりだね [生活]

2020.2.9

こんばんは。

サッカーの丸山選手が東京電力福島第一原発の出身者だったというのを昨日の「サワコの朝」で知った。1年前ぐらいにほかの局で、その放送はあったらしいがボクネンジンの私は全く知らなかった。ついつい彼女の破天荒にも思える言動、お馬鹿な言動に目が向いてしまっていた国民は、一応に驚いたことだろう。幾ばくかの人生を歩いていくと、人は皆多くの悲しみや多くの別れに遭遇する。それは奇跡に近く、偶然としては余りにも悲しく、過酷だ。しかし、そんな人生を歩めることが人として生まれてきた価値を確信するときかもしれない。

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昨日、母の一周忌を行った。二人の愚息ファミリーが来て、我が家は2人から11人に一挙に増えた。たった2日間の滞在だったが、お墓までの移動、布団の用意から食事の支度と相変わらず、家人は一生懸命に働く。そんな懸命さを知ってか知らずか、2家族の動きはこちらの期待に応える水準ではない。そんなことはとっくの昔に忘れてしまおうと思ってはいるが、煩悩を捨て切れない我々には、なかなか悩ましいところだ。ただ、家族としてお付き合うする以上、あうんの呼吸がなければうまくはいかないわけで、せめて、あうんの呼吸の入り口ぐらいは学んでほしいと期待してしまう気持ちはなかなか捨てられない。まあ、こういう気持ちを持ち続けて終わるんだろうと思うが、自分で自ら、自分の立ち位置を確認しようとしなければ、私たちとその差は広がっていくばかりだろう。

私は人間ができていないので、もし私が残されたりしたら、家人のように全身全霊で彼らをwelcomeはできないだろうし、彼らも早々たやすく近寄っては来なくなるだろう。

文句を言えば帰省ブルーと言われて、何も言わずに気がつくまで待つスタンスだと、いつまで経っても改善はなく、こちらの身体が壊れて、その関係がなくなっていくという道筋が最も現実的な路線となるのだろう。

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相変わらず時は早く流れていくネ [生活]

2020.2.6

こんばんは。

今週はようやく冬らしくなるらしい。これが1~2カ月続かないと大変なことになるが、これから2カ月も寒波が続くわけもなく、きっと去年以上に悲惨な夏になるんだろうと想像をしている。毎回同じ内容で、字面、コメントこそ違うが言っている内容は同じこと。モンスター台風はきっと来る。

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人間、幾つになっても悩みは尽きない。この老いぼれも一応というか、辛うじてというか、健康体は続いている。でも、流石にこの年になると、今日でその健康体も終わりになるんじゃないかと思うことが予想されて、ちょっと焦ってしまう。若いころは、悩みをたくさん持って、一つ一つ解決していけばいいんだけど、年をとるとそうもいかない、それは明日朝からとりかかろうと思っても、身体が拒否したりするから、1日で終わるところを3日かかってしまうなんてことはザラだ。国民の半分はガンになる時代。依然としてガン宣告をされないことを良しとすることしかないと慰められても、それは聞く耳を持てない。

私の身体が不自由になるまでにやるべきことは、家の問題を初めてとして多くが未解決。それは相手があることだから、そう簡単に解決するものではないし、一朝一夕に解決するわけもないことはわかっているが、そこそこ形づけられるところまでは解決をしておきたいと思う。まあ、焦りばかりがつのっていくのは、ちょっと辛いね。

そんな時の流れの速さを直感的に感じさせられる時期となった。それは母が亡くなって、あっという間の1年が過ぎようとしているからだ。自宅で最期を迎えられたことは、多分よかったんだと自己満足を勝手にしているが、本当はどうだったんだろうかと思うこともある。自分がネットで買った酸素飽和度計を指先に付け、「上がった」、「下がった」と一喜一憂し、痰の吸引をし、点滴も受け付けなくなり、心臓が止まるまで、じっと最期を迎えることしかできなかった自宅介護の実態は、私の心の中に多くの想いを残していることも確かだ。でも、後悔をしているわけではない。涙が出てくるわけでもない。それは自分の中にある人生観、死生観がそうさせるんだと思うけど、変に割り切って生きていられる自分がいることに不思議な思いがあることも確かだ。

自分でも何を言いたいのかわからないけど、時の経つのは早く、容赦なくそんな感情も吹き飛ばしてしまう。だから、今を、時を大事にすべきだと・・・・あなたと自分自身に言いたいんだと思う。

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マスク販売の終了? [生活]

2020.2.5

こんばんは。

需要と供給ではなく、私利私欲で値段が上がっていることに憤りを感じるね。

全く自分のことしか考えない国民がいることに腹立たしい。確かにお隣の国が今回元凶となったことは確かだし、わが国より、考え方において後進国である方もいるかもしれないが、それにも劣る行為だと思うと恥ずかしさは倍増するばかりだ。

何のことかって、マスクのこと。皆さんお気に入りの「Amazon」はマスク一箱が7000円もするのを置いてあることに驚く。その点、ヨドバシは良心的だね。ほとんど今までどおりの価格帯が多かった。だから当然のこと。すべて「販売は終了」と書かれてあった。34もページがあったがすべて販売は終了だ。ヨドバシは当然規制をかけていたんだと思うけど。ヤフーはほぼ倍に値段が上がり、Amazonは最悪だね。当然、サイト運営側にも手数料が入ればいいというスタンスなんだろうけど、Amazonの経営体質はビック企業らしからぬモラルだね。規制は幾らでもかけられるのにかけないことに愕然とする。やはり外資系だから?なんですかね。

消費者もそんな企業には不買運動などをかけるべきだと思うよ。それこそSNSなんかを使って、「ノー」と言うべきだと思う。そういうことをしないと、それで通ると思われたんでは、我々国民が次の災害があったときに「えっ、またやられた」ということになる。日本国内、そんなことを許してはいけないと思うよ。そんな国であってほしくはない。困っているときは、お互いさまの精神を持ち続けるべきだと思うけど、そんな気持ちを許してしまうのは、トランプ大統領であり、安倍首相のやり方を無意識で模倣してしまっているということなのではないのか。国民は、その善し悪しにかかわらず、権力のやり方を模すやり方をしているのが常であるからこそ、トップは絶えず襟を正し、それを許してはいけないと思うのだが・・・・。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・(6) [生活]

2020.1.29

こんにちは。昨夜の嵐がうそのように、あっという間に快晴となった。国会は相変わらずの逃げ口上を続ける国のトップとそれを許してしまっている野党、まあ、そういう野党にしてしまったのは、私たちの責任でもある・・・・というのが今の民主主義の考え方。そんなことは言っている暇は、もうそんなにないと思う。やはり人間は愚かだね。

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・・・・続きです。

そんなわけで九死に一生を得た我々は、残りの学生生活を遅滞なく送ったが、なんのしこりもなく(正直、若干、私の中にはあったが大したシコリではない)卒業となったが、この件に関し、4人の中では一回も話題に登ることはなかった。それは無理にそれを避けているわけでもなく、ただ、何となく触れることはなかった。

今回の教訓として、私は下りの車は怖く、制御不能になるということを学んだ。それ以降、私は大きな事故をやったことはないが、そのときの教訓は今も生きていると思う。

しかし、彼には申し訳ないことをしたと思っている。彼とは、ミニカを運転していた彼のことだ。それ以降、彼はほとんど運転はしていない様子。車も持っていないようだった。それは彼の心の中に、多分大きな影を落としてしまったんだと思う。あのとき、冷たく断っていれば、そんな辛い経験をすることもなく過ごせていたのにと今も思っている。

あと警察官と車屋さんに言われたことがあった。我々は運転手を除き3人全員が外に弾き出されたわけだが、ほとんどの場合、弾き出された人間の上を車が追いかけ、ほとんどの場合、負傷または圧死する例が多いんだということだった。

本当にラッキーだったとしか言いようがない。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・・(5) [生活]

2020.1.28

こんばんは。今日はこれから千葉は集中豪雨が降るかもしれない。願わくは、排水の関係でまだまだ大雨は降ってほしくはないが、自然相手では無理は通らない。

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・・・・・続きです。

東京に戻ってきてからやることは事故の後処理だ。未成年である我々は何の力を示すことはできず、ただ、親の後をついて回ることしかできなかった。

事故の報告を親にしたが、親は一括も私にはしなかった。ただ、その後の処理をしていくだけと考えていたようだった。当時、私の父親はかなりの激務だったようで、朝7時過ぎには家を出て、帰ってくるのは深夜であった。それは私が幼稚園のころからだった。だから、私は父親と一緒に夕食を食べたことがないし、私が起きる時間には既に家を出ていた。また、週末はご近所さんとの付き合いとか冠婚葬祭があり、家を留守にすることが多かった。そんな父と私との交わりは、幼少期から青年期まで、今の父親と子供のような濃密さでは全くなかった。その結果、私は父親とは全く馴染めず、運悪く夕食を一緒にする機会があろうものなら、沈黙しかなかったし、バツが悪くなるとテレビをつけ、テレビを緩衝地帯として極力父親とは話をせずに時間を費やしていることが多かった。

そんな忙しい父親ではあったが、事故を起こしたときは、2日間ほど時間を割いて、自分たちのために事故後の処理をしてくれた。

・警察への挨拶。

・事故現場の立会い。

・事故車の引上げ交渉。

・廃車処理と関係者への挨拶などなど。

特に車の処分に関しては、ご近所さんに車関係の方がおり、その方と父親は懇意にしていたということもあり、当然の流れとして、その方に相談した。その方は、私の様子を見て、車は大して破損はしていないだろうと踏んだようで、トラックを引き連れ、車を引き上げようと言ってきた。私は、それはちょっと・・・・というのが精一杯。東京からトラックと乗用車を2台連ねて現場に向かった。現場に着いた途端、その方が言った。「よく生きていたね。車、半分にペッタンコだ」確かに、我が愛車を見ると縦の長さは半分に、横幅も半分になっていた。自分でも、愛車を見た途端、あの日の雪の寒さとともに、その恐ろしさにブルッと身震いが出てしまった。帰り道、ロングボディのトラックに、ものの見事に潰れた車が鎮座しており、沿道の方のいい見せ物になってしまった。

ご近所さんの善意の申し出は、私たちにとっては大変心強かったし、助かりもした。当然、そのお礼というか、その方が被った出費に対してお支払いをしたとは思うが、子供の私にはわかる術もなかった。多忙な中、父はそれらすべてのことを遅滞なく、漏れなくやり、そして何事もないように、朝また仕事に向かっていった。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・・(4) [生活]

2020.1.28

こんばんは。

新型コロナウィルスで世界は大変なことになっている。先程も武漢に行っていないバスの運転者が罹患したと速報が入った。決定的な悲報は、武漢からの中国人ツアー客を2回乗せたということだ。これでヒトからヒトへは決定的なこととなった。ネズミを食用とする国民性は差別とか、偏見ではなく、ヒトを守る観点から大いにいただけない。うまけりゃいいという話ではない。

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・・・・続き。

私たちは無言のまま坂道を歩いていった。雪は深々と降り続いていた。頭に積もった雪も、肩に積もった雪も、スニーカーの爪先に積もった雪も、ただ我々を黙って押しつぶしているかのように重く感じられてきたとき、誰かが「あっ」と叫んだ。振り向くと友人の一人が滑って仰向けに倒れていた。誰も彼に声をかける者はいなかった。みんな彼に目を向け、大丈夫なことを確認すると再び黙って歩き始めた。まだ、日中なのだろうけど空は真っ白、しかし何となくさっきより暗くなってきたような気がした。どこまで行っても民家一つなかった。聞こえる音は、我々の靴音とかすかな吐息のみだった。

気持ちが折れかかったとき、急に目の前に民家が現われた。思わず、私たちは民家に駆け寄りドアをたたいた。今思い出しても、どんな方だったのか全く記憶には残っていない。そして必死にお願いした。「すみません、電話をお借りできませんか?」多分、私は警察に電話をしたんだと思う。お礼を言って、100円を渡したような記憶がある。

そこが大体半分ぐらいであろうか。時間にして1~2時間経過しただろうか。そんな大事故を起こしたものだから、今何時だとか、何時間歩いたとか、お互いに確認する余裕すらなかった。アキレス腱の上から血が出ていたためか、流石にその近辺に痛みを感じ始めていたとき、やっと麓の駅近くにたどり着いた。そして派出所に転げ込んだ。正に転がり込んだと言うにふさわしく、衣服はびしょびしょ、疲れ切った様子から警察官はさっき110番をした人間だと理解していたようだった。

警官は2~3人いたようだった。それぞれ別室に呼ばれ、順次聞き取りが行われた。お互いの供述に違いがないかを調べているようだった。

そこからは何も覚えていない。どう帰ってきたのか。友人たちと何を話ながら青梅から東京までの長い時間を過ごしてきたのかは全く覚えていない。それは47年前という青春の甘酸っぱい思い出・・・・・・という話では片づけられない重い絶望的な時間の話だからかもしれない。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・(3) [生活]

2020.1.27

・・・・・続きです。

その光景は今でも脳裏に焼きついている。私は後ろ座席に座りながら、彼の運転に身を任せていた。次の瞬間、左手にある大岩が目の前に急に迫ってきた。そこまでの記憶はある。それが道を外れて落ちていくことだとは、直ぐには理解はできなかったが、自分たちが落ちていく先に茶色の大岩があった。林道にはガードレールもなかった。あったところで車がガードレールに引っかかるとも思えないが、車のスピードはかなり出てしまったんだと思う。雪、坂道、砂利道、初心者。この4条件が揃ったのが不幸な出来事の始まりであった。

私は岩から立ち上がり、体の具合を確かめた。左アキレス腱の上あたりに血がにじんでいたが、そのほかは別に痛みもなかった。ただ、精神的なダメージは大きかった。

右手の友人も、左手の友人も直ぐに立ち上がって、服に着いた雪を払いながら、体の安全を確かめているようだった。誰も声は上げなかった。いや、上げられなかったと言ったほうが当たっていたかもしれない。坂の一番下まで落ちいていったAを呼んでみた。「お~い、大丈夫か」「A、大丈夫か?」二人の友人も口々に叫んだ。

我々の落ちた場所と彼の落ちていった場所は、距離にして2~30mは離れており、我々は自分が地面に叩きつけられてから、下に落ちていくAをぼんやりと見ることができた。それほど時間的にも、距離的にも差があったということだ。翌日、現場検証があったのだけども、警察官が巻き尺で計ったところ、45mと叫んでいるのが聞こえた。大岩に落ちるまでが5m、それから坂の下までが40mということになる。落ち始めた地点から車の落ちたところまでをのぞき込むと、下までの距離は大いにあり、車が米粒のように見てとれた。

下まで落ちていったAと私と二人の友人の怪我は正にかすり傷だったことは奇跡としか言いようがないと大人は皆皆話していた。

雪は一向に止む気配はなかった。大雪で車から放り出されたため、かすり傷とはいえ、おでこを切ったり、打撲傷を負ったたり、私のように足を切った者もいた。しかし、皆黙って自分で自分の傷の処理をしていた。誰も運転している者を責めたりはしなかった。車は走り出して直ぐに落ちたものだから、徒歩で行く帰り道は偉く遠く感じられた。当然、傘なども持たず、痛んだ体と心を引きずりながら、日原鍾乳洞から麓の警察の派出所までみんなで歩き続けた。雪は靴にも入り込んで解けていった。帽子を被っているものもおらず、車の中に入っているシートやビニールの袋を頭に被り、ただ黙々と歩いていくのみであった。ぶざまな格好だったろうけど、そんなことに気を回している余裕は誰にもなかった。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・(2) [生活]

2020.1.27(続)

・・・・・ということで、日原鍾乳洞を目指し我々は黙々と進んでいった。

雪は少しだけ気になったが、鍾乳洞に着くとそんな不安はなくなった。少しだけ小降りになったということもあるが、鍾乳洞の中が見えるということに興味が集中していったと言ったほうが合っているかもしれない。若い我々は単純過ぎるといえば、単純過ぎた。

小一時間ほど探索をしただろうか。入場料もなく、人っ子一人いなかった。いるのは我々だけ。我々の声だけが鍾乳洞の中を響きわたった。日原鍾乳洞というぐらいであるからして、それはそれは立派な鍾乳洞であった。

鍾乳洞を出て、車のあるところに戻った。フロントグラスに張りついた雪を払い、車に乗った。来るときは道はすべて上りだった。当然、今度は下りになる。エンジンをかけた。暖房を切って一時間ほど経った車内は冷凍庫のようだった。暖房のスイッチを全開にした。車をスタートさせてしばらくするとAが言った。

A「おれに運転させてくれないか」

今回、出発したときにも、彼から運転させてくれと何度か言われていた。彼は免許をとって1週間。つまり、免許取り立てだった。市街地をいきなりはやめたほうがいいと皆が言った。彼も誰もいないところのほうが安心だと言う。「じゃ、山道になったらね」と言って断っていた。正直なところ、自分の車を他人に貸すということは、何となく釈然としないという気持ちと、親からは他人には貸すな。万が一のときに困るなどと言われていたことも断り続けた原因かもしれない。

しかし、ここに来て断り続けるのは忍びなかった。私も免許取り立てのころは、運転がしたくて、したくてしょうがなかった。だから、彼の気持ちは痛いほどよくわかった。

私「A君、いいよ。」と私は彼に運転を代わった。山道なら誰もいないし、人身事故にはならないだろうと、若者らしい、あさはかな考えがあった。

Aが運転席に座った。私は後部座席の彼が座っていたところに座った。

A「じゃ行くよ」

スターターが回った。エンストもなく、スムーズに車は走り出した。我が愛車はマニュアル車で、当時は、それが主流であった。だから「エンスト」(エンジンストップ)は初心者にとっては切っても切れないことであった。走り出して何分経ったであろうか。

気がつくと私は大岩の上で空を見ていた---一瞬、どうしたのかわからなかった。しばらくして、自分が車から放り投げられ、気を失って、岩の上に仰向けに倒れていたことに気がついた。

我に返った私は下を見た。つづら折りの坂を大きく左に外れ、坂を真っ逆さまに転げ落ちていく我が愛車のミニカ見えた。私の右側にはもう一人の学友が、左側にはもう一人の学友が、それぞれ木々の間に横たわっていた。運転していた彼はハンドルをしっかりと握ったまま、坂の最後まで車と一緒に転がっていった。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・・・。 [生活]

2020.1.27

こんばんは。

既に外は真っ暗。明日は雪だろうか。どんよりと暗く重い雲が一日中覆っていた。少しだけウキウキしてしまう私は、現役世代からみれば大変無礼者だ。しかし、ウキウキしてしまうほど、歓喜・苦渋を含め雪の思い出は多い。

これも大分前に書いたことだが、そのときは関係者のことも一応気にしていたので、余り多くを書かなかったが、今日は書いてみようかと思う。

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それは春休みの4月1日。4月に入ったにもかかわらず、東京は結構寒さが厳しかった。

我々は春休みということもあり、みんなでドライブに行こうという話になった。あいにく車を持っているのは私だけであった。軽乗用車の三菱ミニカだ。大学生ということもあり、貧乏学生にとっては唯一の贅沢であった。今は性能がいいので、軽乗用車といっても侮れない。しかし、当時の軽自動車はクーラーはバッテリーの関係で付けられなかったし、窓もパワーウィンドウなるものは対象外であった。つまり、バッテリーに負荷がかかるものはすべて付けられなかった。それに馬力もたしか360㏄だったと思う。当時は本田N360とか、スバル360という車名があった。性能は今のものに比べたら大人と子供ぐらいの差があると思う。

そんなミニカで奥多摩に行こうという話になった。行きは今日のような曇天で少しだけ、雪がチラついていたと思う。しかし、若い私たちは、そんな雪を見ても、この先起ころうとしていることの重大さを予見できる者は一人としていないのも当然といえば当然かもしれない。それよりか、雪が降ってくることに妙に興奮しているような変な空気が漂っていることに誰一人気がついてはいなかった。

軽自動車に男4人が乗っていた。少しだけギュウギュウ詰め状態ではあったが、それなりにワイワイと楽しく時間を過ごしていた。出発したときはアラレと小雪が降っていたけれど、都心を抜けたあたりから雪の降り方は結構なものになっていった。東京には珍しくボタン雪となり、あっという間に舗装道路は白く変わり始めてきた。

山道に入った。カーナビなるものは当時はなかったので、地理に詳しい奴が地図を見ながらナビをして進んだ。

私「どこに行くんだっけ?」

A「日原鍾乳洞だ。結構寒いけど、鍾乳洞の中は温かいぜ」

私「そうか。それりゃいい。あとどれぐらいなんだ?」

A「林道に入ったから、あと五、六キロだと思うよ」

雪は益々激しくなってきた。ボタン雪は間断なく降り続け、目の前は真っ白にしか見えなくなったいった。しかし、誰一人として「もう戻らない?」と言う人間はいなかった。目の前の真っ白なる世界に引き込まれていくような、それが一番いいんだと思うような、そんな気持ちが我々の心を覆い尽くしてしまっていた。今から考えると車のチェーンも持っておらず、そのことを誰一人としてとがめる者もいなかったのは、そのことを十分に物語っていた。林道は段々と狭く、そして急勾配になって、ドンドンと登っていった。ギアはロウギアのみでセンコンドに入れるとエンストを起こしてしまうほど、坂の勾配は急峻になっていた。ふと気がつくと道は日光のイロハ坂のようにつづら折りにつながっていた。私は運転に必死となり、ただただ日原鍾乳洞を目指すしかなかった。

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以前と少し違う日々 [生活]

2020.1.27

こんばんは。

日付が変わって27日。やはりパソコンは安定しない。そんなに気にもしないで済む程度だけど、それで良しとするかどうかは個人の判断。でも、Windows10にすることで、よかったこともある。確かに早く反応するようになった。Chromに引けをとらないくらいヤフーであっても早い。以前と同様にCMが入るが、画面で出るまでの間のストレスはない。Windows8は、そうではない。ちょっと待つね。CMが出てから画面が出るまで長いと5秒ぐらいは待つのではないだろうか。まあ、昔と比べると雲泥の開きがあるけど、人間は欲張りだから、少しでも早く、軽く、安くを目指す。本当はグーグルのwordを使いたいんだけど、親指シフトは反応してくれない--正確に言うと、するけれども変換できない字もある。つまり、使い物にはならないということだ。

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正直なことを言うと、体調が戻らない。どういうことかというと腰痛が復活しそうだ。昨日、電車に乗って片道3時間、往復6時間。すべてを立っていたわけではない。その7割は座っていたのだが、腰に違和感が出ている。それは昨日からだ。しかもほんの少しの違和感が昨日まで、今日は腰掛けてから立つときとかに痛みがある。生まれてこの方、腰痛は2回ほどやった。まさにぎっくり腰なるものだ。しかし、2回とも養生をして直った。確実に直って、その後、再発したことはないし、その恐れを抱いたこともない。しかし、今回はちょっと違う。別に重いものを持ったわけではなく、電車で立っていただけなのに痛みが再び出てきてしまった。2カ月前ほどにやった腰痛の再発だが、その再発する原因がないことが気がかりだ。寄る年波という言葉で片づけられるのは老人としては辛いところで、そんなことで十把一絡げにはしてほしくないと妙に力む。脊椎狭窄症の大の親友は老人らしいが、そんな傾向は前回の検査ではなかった。

私の腰の痛みの原因は、老化から来ているのだろうか。

若い方には詰まらない話なのだが、私にとっては、次から次へと連鎖していくことに「少し違う日々」が自分の中に起こりつつあることに恐怖を感じてしまう。

でも、時は待ってくれないし、明日しなければならないもあり、着実にこなしていかなければならないことは多々ある。一つは音声認識をパソコンでやってみることだ。どれだけ使えるのか興味は前からあったが、今のところ生業として使えるのは皆無であった。あと我が家の建てた建築業者からも近々連絡が来るはず。また、おもしろい話ができるかもしれない。今は、どう転ぶかわからないので、とても言えない話だけれど・・・。

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らしく生きる [生活]

2020.12.25

こんばんは。

今日は親戚の方のお見舞いに行ってきた。病は突然目の前に現われる。それは予告もなく、台本もない未知の世界だ。水泳の池江さんのことも、ちょっと時間が経てば皆忘れる。あんなに涙した人もいたのに・・・・・・まあ、そんなもんです。苦しいのがわかるのは、本当に自分だけ。本人は別に同情してほしくはないし、見せ掛けだけの同情は本人に失礼というものだ。

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「らしく」生きることは難しい。

どんなときでも「らしく」生きる、それは格好の悪いことかもしれない。

若いときは「らしく」なんて生きられない。あの人のように、あのタレントのように、あの歌手のように・・・・・・みんなみんな、そう自分を化粧させて生きていく。自分が確立されていないし、自信がないから他人の着ぐるみを着てみたいと思う。それが青春、青春の特権だ。中年のおじさんが、それをやったら、ただの馬鹿丸出し。

でも、「らしく」生きるは大切なこと。それをいち早く見つけた人こそ、それだけ早く自分の生きる道を見つけられる。「らしさ」は自分を真正面から見ること、それは辛いことであり、怖いことであり、見たくないこと。

それを真っ正直に見る。自分を見つめる。それが人生においては大切なこと。

格好付けることは青春だけど、青春だけでは一生は終われない。

一日も早く「らしく」を見つける。それが人生であり、生きていくべき意味になる。

自分は「らしく」に気がつくのが遅過ぎた。

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これで安定? [生活]

2020.1.21

こんにちは。

まずいね・・・・天気が続いている。オーストラリアの火災は止まらない。日本は既に初春の気候だ。昨日、前に住んでいた家に行ってきた。移植のために昨冬にばっさりと枝を切った。枝の先は深い緑の葉っぱが既に繁っていた。もはや春だ。これはまずい。この夏は本当に覚悟をしたほうがよい。900ヘストパスカルを下回るような台風が来るのは、自然界では決定事項かもしれない。

パソコンは安定。internet explorerでしっかり入れた。これが続いてほしい。確かに何日かすると安定期に入ることはいつもことだが・・・。

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仕事で何度も顔を見ている政治家がいる。今回のIRで結構微妙な立場になっている。

その人とは立候補当初、立会い演説で同席することがあった。私は末席にいる身分なので、彼は私の名前も顔も知らないだろう。大きな部屋の片隅にいた私に、その人はわざわざ挨拶に来た。「へぇ~、珍しい。フランクな方だ、当選するといい」と心の中で思った。その人は当選した。次の会議のときにまた会った。顔を合わせた(目が合った)が、彼は挨拶には来なかった。別に何の意味もないだろうし、気にも止めなかったが、それ以降何回も同席したが、全く私には挨拶に来なくなった。「へぇ~、そんな人なんだ。」と思いを新たにした。人柄は、そんな些細なところに現われる。彼におごり、昂りがあったかどうかはわからないが、人間の行動は素直だ。人柄は確実に思わぬところに現われることは間違いない。

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相変わらずお手上げです(3) [生活]

2020.1.19

こんにちは。

Windows10への移動作業は終わったものの、入力の細かな設定(動作環境)であれこれを思い悩んでいる。結局のところ、富士通の親指シフトはバージョンアップをしていないためか、ヤフー(internet explorer)では対応しているが、Chromは対応してくれていないとのこと。私は最近ヤフーよりもChromのほうが画面変換が早いものだから、Chromでずっとこのブログは打っているし、検索ももっぱらChromでやっていた。ところが、今回のWindows10の変更でChromだと検索が打てないということが判明――前に記載したと思うが、「検索」の窓に文字が入らず、左下に文字が出る――出るからいいという程度の頻度ならいいが、これがなかなか使いにくい。仕方なく、またヤフーに戻した。すると、今度はこのブログがログインできないことになってしまった。つまり、ヤフーだと検索はできるがログインができず、Chromだと検索はやりづらいがログインができるという、JISキーボードの方には全く理解不能な状態になっていることとなった。

これはまだ何か設定がされていないからと思いたいが、これは富士通さんでも対応は微妙で、十所十色(十人十色)という言葉があるかどうかはわからないが、人それぞれの設定で微妙に変わっているのが現実のようだ。5~6年前にもXPから7に変わったときに富士通さんにお聞きしたのだが、そのときの方と同じ女性の方?の声。一般にデルなどに問い合わせるとマニュアルに沿った対応をされ、話がかみ合わないことが多いが、この方は切れ者で,ピシピシと指摘をしてくれるので、頼りになる方だ。

実は昨日、ブログに入ろうとしたら、「技術的な問題で今ログインできません」という画面になったため、更新をせず寝た。そして今日、同じようにログインをしようとしたら昨日と同じコメントの画面が出てきたので、そうなんだinternet explorerだと入れないんだということがわかった次第。

いやいや困った困った。JISキーボードに変えればいいじゃんと簡単に第三者の方々は言うのだけれど、1時間に6000字ぐらいを打たないとオマンマを食べられない我が身にとっては、急にはそれができないのが現実。でも、そろそろそうしなければいけないのが現実なのかもしれない。富士通でも苦肉の策で、JISキーボードを親指シフトの配列にと変更シールなるものをつくっているようで、それを張って使えという策もあるようで、この方法しかないのかもしれない。

まあ、かなりレアな話でご興味をもたれる方も皆無でしょうが、富士通さんバージョンアップをお願いしま~~~~す。


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最悪のシナリオ [生活]

2020.1.18

こんばんは。今日はうれしい小雪。結構寒いけど、夏のことを考えるとこの気温は当然というか、必然のことと思っている。

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フィリピンのタール火山の爆発した。ふ~んと聞いていた鈍な私はそのことの重大さになかなか気がつかなかったけど、確かにそういうふうに見なければいけないんだなと思うに至ったことがある。


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相変わらずお手上げです(2) [生活]

2020.1.16

今日は一段と寒くなってきた。それはそれなりにうれしいがオーストラリアはやはり大変なことになってしまっているようだ。やっとのこと日本政府も自衛隊の派遣に踏み切ったようだけど遅すぎの感があり、それは少し残念。まあ、行かないよりはましだけれども。

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ウィンドウズ7の終了で、またまた大変な思いをしている。これは何とか10に変換したのだけど、キーボードは親指シフトのため、いろいろと設定が難しい。JISのように付けて、「はい、オッケイ」というわけにはいかない。毎度のことだけど、今回は前回のときよりは少しはましに、サポートセンターのお世話にもならず、一応は打てるようになっただけ、自分に進歩があったのかと思ってはいるものの、仕事として6時間もの会議の起こしとなると、こんなやりにくさでは到底間に合うはずもなく、この字もワード文書を開いて、何とか打っているものの、ブログには直接打つことができず、いちいちコピーをしながら、移しながら打っている。キーボードを打っている方にはご理解いただけるかと思うが、変換キーを1つ打つか打たないかで5字も10字も進み方が変わってしまうので、今のところ仕事が立て込んでいないのは幸いしている。今も設定をああでもない、こうでもないとやっているのだが、解決には至っていない。アウトプット、インプットも全くうまくいかず、困ったまま時間切れになり、一つ一つ移していく作業になりそうで、全くサポート終了という企業サイドの事情で消費者が右往左往しなければならないのは合点がいかない気がする。そんなことを打っていたら、既に日をまたいでしまった。

明日はやはりサポートセンターに電話が必要になりそうだ。そういう意味で今回もお手上げ状態が続く

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相変わらずお手上げです。 [生活]

2020.1.15

こんばんは。

今日は愚息宅へヘルプ。相変わらずのフォローをしてきたが、珍しく家人は愚痴っておりました。私はとうにあきらめていたが、家人から改めて言われると忘れ去ろうとしていた古傷に塩を塗られたような気持ちになり、ついついそのことを思い出すことになってしまった。所詮は他人さんが入ってきたのだから、そうそううまくいくわけはないのだが、プライドがないのか、意地がないのか、家事に対する向学心がないのか、ふがいなく「暖簾に腕押し」。私たちは確かに孫の顔を見たい気持ちももちろんあるけれども、正直、心底には愚息への負担を減らそうとの思いが強い。それが周り回って夫婦円満、家族円満となっていくわけで、昨今の夫婦離婚の原因の多くは「私ばかり家事仕事をさせて」、「俺は外で働いて疲れているんだ。休日ぐらいは休ませろ」という正直な気持ちを包み隠しながら、生活を続けていくことが原因の大根っこ。10年、20年の我慢が、夫婦間の齟齬、世に言う「性格の不一致」という言うに言われぬ言葉となっていくわけで、結局のところ、お互い余りに些細なことをあげつらうにはプライドが許さず、仕方なくそんな短いフレーズで鉾を納めることになる。

まあ、我が愚息家の場合、夫婦共働きではないのだから、根本的にイクメンという言葉は全く当てはまらないだろう。それを週末に夫に求める奥さんは、家の中における主婦力がないことをもろに露呈することになる。別に女性が家事をすべきだと言っているわけではなく、家事をする人間は主婦でも主夫でも構わないのだ。もっと端的に言うのなら、稼いできてくれる人間に対し、家はゆっくりと英気を養うところであるべきだと思っている。それがあることが前提で夫婦生活は何十年も続けていけるわけであり、その気持ちが、男であれ、女であれ、外で稼いで来てくれる人に対しておもんばかる気持ちがないと、それは永続できないと私は思うのだが・・・・・世のイクメンであるべきと言う方たちは、共働きを前提にして考えているのが当然であると私は思っているのだが、それは古い考えなのだろうか。

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右に転んでも左に転んでも、いい方向で考える [生活]

2020.1.11

こんばんは。

時は0時を過ぎたから12日の土曜日。しかし、気持ちはまだ金曜日。NHKで「72時間」というドキュメント番組は欠かさず見たところだ。相変わらず、テーマソングはいい味を出しているなと思う。今年の「クリスマスの約束」には彼女(松崎ナオさん)が出演した。そのテーマソングを小田さんとデュエットをした。お聞きになった方も多いのではないかと思うが、その独特のメロディーはいつ聞いてもいい。よくこんな歌がつくれるものだと彼女が将来が楽しみだ。


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少し我が家の話をしなければいけなくなった。

以前住んでいた家は平成7年に建てたものだ。かれこれ23年住み続け2人の愚息を世に送り出し、彼らはそれぞれ家庭を持った。その一人は大阪に出張中であったが、この春、子どもの入学に合わせて帰ってきたいという希望を会社に出していた。それが通るかどうかは人事案件なので私どもにはわからないが、愚息であるが故に、そんなに優秀ではないことは身内である私たちが一番わかっていた。そんなキーマンであるはずもなので、希望を出せば直ぐに帰ってくるものと家族は皆思っていた。彼自身もこっちに戻ってくるのはいいが帰る家がない。困ったなと言っていた。ちょうどそのとき、私の母は存命で、寝たきりになるのは時間の問題であった。しかしながら、私は仕事の関係上、母に一人暮らしを強いていた。もちろん、朝夕にヘルパーさん、昼には私が食事の面倒を見ていたが、夜は母一人の状態が続いていた。そこに愚息が帰ってくるという話が出てきたものだから、そうか、ちょうどよかった、私たちは母の隣に住もう。そして、今まで住んでいた家を愚息に明け渡そうという算段になったのは、当然の流れであった。

年が明け、家族みんなが集まって年末年始を過ごしたときのこと。彼が突然、こんなことを言い出した。「こっちに戻ってくる件だけど、社長から後釜を育て上げたら、その人と変わって君は戻ってくればいい。それまでは大阪支社に残ってほしい」と言われたと言ってきた。前々から人を育てないと大阪は抜けられないと言っていたが、愚息のできるポジションなんて、変わりは幾らでも・・」と思っていたものだから、内心「えっ!」思った。困った、今更引越しをし直すわけもいかず、今までの家はどうしようということになった。この1年間月一程度で行くだけだったが、やはり痛みは出てきているようで、オートロックのドアも不調が出始めていた。これ以上空き家にしておくわけにはいかない。

彼らが春に来ないとなると、私の体調不良も手伝って、ますます家のクリーンアップが遅くなりそうだし、その後の算段を決めなければいけない。いずれ愚息は帰ってくることを考えると売り払うということもままならず、貸した場合、こちらの都合で明け渡していただくというわてにもいかず、本当はすごく困ったことになっているわけだが、そこはそれだけ選択肢ができたんだと考えれば、それはそれでまたいろいろと工夫ができていいのではないかと、老人の私にしては前向きに考えられていることに妙に満足してしている。しかし、何かいい知恵はないものだろうか。

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年をとると後ろ向きな発言が多くなる [生活]

2020.1.10

こんばんは。

本当はかなり辛い日々。健康的には最悪は脱したものの、いま一つ完治しない。昨夜は咳がひどく寝入り前に1時間はグズグズと眠れなかった。深夜2時ごろだろうか、咳で目が覚め、うがい薬でうがいをし、ホールズをナメナメ寝た。朝方4時半過ぎに再び咳で目が覚めた。家人を起こしては申し訳ないという気持ちもあり、洗面所に行ってうがい薬を喉にダイレクトに掛け、台所で緑茶を飲み、テレビを付け5時のニュースを見て時間を潰した。それでも案配はよろしくない。困ったもんだ。パブロンも切れてしまったし・・・・。

今日も一日養生しかない。家人に風邪薬を買ってきてもらった。昨夜は以前病院でもらっていた咳止めの薬があったので、それを飲んだが余り効いた感じがない。2度ほど飲んだが効果なし。いつもはこれで熱も出てくるのだが、今回は早めに対処したせいか熱は微熱で治まっているのは幸い。昨日のランニングできたのがうそのようだ。

やらなければいけないことは山ほどあるので、床になどついてはいられないのが、ご覧のとおり、パソコンを打つことぐらいしかできないでいるのは何とも悲しい限り。

たかが風邪ぐらい、腰痛ぐらいと若い方たちはお思いだろうが、年を重ねてくると、少し長引くことで、これから先が自分と寿命との勝負になるのではないかという恐怖心が出てくるのが不思議だ。若いころは、そんなことは露程も思ったことはないのにね。

「やりたい」という気持ちと「やれる」という気持ち、「したい」という気持ちと「できる」という気持ちは違う。若いから、時間があるからと思ってはいけない。やらなければと思っても体が付いてこなくなれば、それで終わりだ。思いついたら、それを逃してはいけない。時間はあっという間に過ぎていく。時を忘れず、時を恐れず、時を追い越し、時に待つ。そんな気持ちを持ち続けないと決して人生には勝てない。

今日は、そんな老人の愚痴を書いてしまった。

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春が近いね [生活]

2020.1.9

こんにちは。

不遇なことが起きようと幸せなことが起きようと時はとまらずに動いていく。

私にとっては体調不良が続くが、ふと桜を枝を見上げたら既につぼみが固く閉じながらも息づいているのがわかる。時は誰にでも公平で裏切らない。きっと君の周りでも同じだ。

DSC_2130.JPG                                                                                                                                                                                                                               



















              こんな感じ⇧で蕾はまだまだ硬そう。

世の中は激しく動いている。世界も新春早々に激しいニュースで持ちきり。だけど、まずは日本だ。日本人である自分たちが日本をよくしていくんだと思い続けることが最も大事なことだ。それは年寄りとか、若者とかは関係なく、みんなが思い続けること。思い続けることできっといい知恵が出てくる。外国人労働者を受け入れることになったけれど、問題はこれから起き始める。今もって大きな問題にならないことのほうがちょっと不思議だけど、遅かれ早かれ問題は山積し、国民を悩ませることになる。ただ、「受け入れるんじゃなかった」的な物言いにはしたくない。やると決めた政治はその責任を見極めなければいけない。そんな覚悟が政治家には見受けられないのは残念なことだ。依然として私利私欲にしか動かない日本の政治家は愚か者だけど、それは外国であろうと日本であろうと同じこと。トランプさんもひどいもんだ。「外国人だからすごい」的な発想は私たちの時代で終わらせるべきだろう。ホルムズ海峡で隣接国を黙らせるだけの働きはできないのは当然で、ロウハニ大統領が日本と韓国の仲裁者になれないことと同様で、日本人に力・知力がないということではない。そこで萎縮することもサラサラない。もっと日本を考えよう、もっと日本を、世界を知っておこうと桜を見て・・・・ふと思った・・・・・とはちょっと無理くりがあるかな。


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相続税(2) [生活]

2020.1.8

こんにちは。集中豪雨というほどでばないものの雨が一気に降った千葉界隈。

・・・・・と思ってトイレに行き、出てきたら既に青空???今まで雨か降って、庭は水たまりがあちこちできたはずなのに・・・・・・そう言えば午後から天気になり、気温上昇と天気予報で言っていたが当たったね・・・・と思い、家人は洗濯物を出した途端、それを見越したように今度は雲行きが怪しくなってきた。なんという天気だ。

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相変わらず、体調は頗る悪い。風邪を引いたこともあるが別の原因もある。しかし、ここではパスし後日記載としたい。

昨日は高齢の愚息宅へ行った。風邪気味であったが、視野欠損の家人の一人運転で行かせるわけもいかず、9割方治りつつあることもあり、私も同伴し、2人が帰宅したのは昨夜の22時過ぎ。あっという間に一日が過ぎてしまった。

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そろそろ今日の本題に・・・・。

昨日の相続税の話の続きです。納税するのは国民の務めであり、それは当然の行為。利益を生んだことにことに対して納税という行為が発生する。相続も利益かというとちょっと違和感はあり。消費税のように購買行為と同時に納税行為が発生すれば、滞納(納税漏れ)ということにはならず、その負担感もそう感じるものではない。120円のコッペパンを買ったときに9円の税金を払ったところて、その重税感はない。

しかし、私たちがそろばんを弾いて計算し、納税をしなければならないとき、つまり申告しなければならないときは、そもそも素人がやるわけだからミスが生じる。それは払い漏れもあれば、払い過ぎもある。じゃ、専門家に任せればいいじゃんという人は、それでいい。それでおしまい。何も言うことはない。しかし、我々庶民(貧民)は少しでも出費を抑えたい。それゆえに自分でやることになる。これはもって生まれた性癖だから仕方がないと言えば仕方がない。車検を通さなければいけないときであっても、車屋に任せるのはもったいない。今の車は性能もいいから先車検・後整備で十分とばかりに自分が車検場に持ち込んだほどのどケチの私としては、スタンスはいつも同じで、どうしたらお金がかからないかだ。そんな理由で自分ででき得るものは極力自分でやる。

申告のときにいつも思うことだが、税務署のスタンスとしては・・・・そこは税務署の職員の方から直接お聞きしたわけではないので、それは心外だと言われても仕方がないが、何回か申告をするにつけ、どうもそうそう傾向があるのではないかと思うことがしばしば。

それはどういうことかというと、計算間違いをして少なく納税をすると確実に修正申告をしろと言ってくる。間違いなく言ってくる。しかし、同じ計算間違いで多く納税するとどうなるか。当然、「もしもし、多くお支払いですよ。ですから、これは返却します」と言うはずだし、言うべきだと思う。しかし、現実は言わない。言われたことは私の場合は皆無。それ故、結構払い過ぎたことが度々。それをまた修正申告すると痛くもない腹を探られるのも嫌だから行かないことになる。第一税務署に行くこと自体、足が遠のくは誰しも同じこと。

税務署はしっかり取り立てることしか考えない。我々国民もしっかり納税をするが、一文も多くはしないように万全を尽くすべし。

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相続税 [生活]

2020.1.6

こんばんは。

昨日は微熱、だるさが続き、午後はじっくりと寝て過ごした。私は元来眠りは浅いので、夜以外は余り熟睡するほうではないが、昨日ばかりは熟睡をした。そのせいか今日は体調もよくと言いたいところが、今日も若干の微熱が続いている。パブロンを飲み続けていてもう少しで治るであろうと思いつつ、いつものことながらなかなか風邪の勢力から離れられないでいる。

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そういえば、母で亡くなって11か月が過ぎた去年の9月ごろであったであろうか。税務署からお尋ねと称して相続税の支払対象かどうかの問い合わせが来た。内容は母所有の土地の路線価、預金、証券、骨董品、生命保険に至るまで、こと細かに埋めるように指示する用紙が入っていた。幸いなことに内容をすべて埋めることができ、相続対象額にはならなかったので胸をなで下ろしたが、記入しなければならない項目はすべて埋めなければならず、簡単に通帳を写せば済むものはよいが、路線価なるものは素人である私には全くわからず、専門家の門をたたくのは簡単だが、費用はそれなりにかかるので、インターネットを駆使し、調べられるものは調べ尽くし、遺漏なきようにすべてを埋めた。路線価に関しては結構難しい。悪意なくても間違って申告すると再調査されるので、ここは慎重にやらなければいけないことになる。

(3000万+600万円×法定相続人)が基礎控除になるが、それを超えると相続税を支払わなければならないことはご承知のとおり。税務署側としては、それがギリギリの方には注意を払っているようで、ギリギリになりそうな方は前もって対策を打つなど十分に注意が必要だ。

税務署としては、皆保険、皆年金と同様に「皆相続」を目指しているわけで、現役勤労世代が減り続け、税収も激減している中、「皆相続」でしっかりと税収を上げたいと思っている。我々一般の国民としては、なけなしの財産、こつこつ貯めた財産を不注意から国へお支払いをしなければならなくなることは十分に避けたいところ。各々方、ご注意なされよ。

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finish writing [生活]

2020.1.3

続けてもう一題。

ジジイの習性か、私は10年間日記を付けていた。別に大したことをやっているわけでもないが、多分、何の決意もなく日記を買った。本屋に出向いて買った。その分厚さに圧倒されることもなく、その値段に圧倒されることもなく、漫然と日記を買った。以前は皆さんと同じように(とは言っては失礼かな?)3日坊主ではなく、10日坊主ぐらいで後は真っ白の日記が2~3冊出てきた。そんな自分が今回最初で最後?の10年日記に挑戦した。挑戦という気構えがなかったのがよかったのか、悪かったのかはわからないけど、3652日を書き潰したことに「ヤッタ」と小さく思った。初めからそう大上段に構えていなかったこともあるが、正直あまり感慨はない。書き終えることを英語で言うと「finish writing」というそうな。今回、孫が来たときに、顔の部品を一つずつ英語で言ったところ、えらく興味を持ったみたいで、次回の時のためにとついつい調べてしまった。

そして、今回(今年)もと思っているが、まだ日記は買っていない。なかなかいいものがないのがその原因でもあるが、もう一つの理由が「おまえっているの?」と頭の奥でかすかに叫ぶ声が聞こえてきたことだ。「あっ、そうだよね」と小さく答え、その日記を本棚に戻しつつ、また取ってみてはまた戻しの繰り返しをし踵を返してしまった。

既に3日も経っているんじゃ、思い出せないでしょう?10年日記を買っても3日間は空白になるでしょう?とご心配の方もおられるかと思うが、さにあらず、10年書き続けてきた習性で、日記帳の最後には余白ページが少しある。年末所感とか、来年の目標とか、アドレス帳とか、その余白にしっかりと3日間は書いておいた。旅行に行ったときも、都度スマフォにメモを書いている。

今回、愚息と話をしていて、ふと思ったことだが、話の間合いに間髪を入れず言葉を入れることがままならならことが何度かあった。「言葉をかむ」ことは誰でもあることだが、その「言葉をかむ」とはちょっと違う。言葉を思い出せないと言ったほうがいいかもしれない。年とともにだんだんとその回数が多くなっていくのには、ちょっとびっくりしてしまった。そういえば、父親もそういう状態が何度かあって、だんだんと無口になっていったんだろうなと想像ができてしまったことに、自分ながら唖然、愕然、驚愕至極。新聞音読を一生懸命始めても追いつくのだろうかと心配になってきた。

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嵐は去ったね [生活]

2020.1.3

明けましておめでとうございます。

そんな間の抜けた挨拶をしなければならないほど、我が家(いやいや全国の皆さんの家もそうだったろう)は大変な騒ぎでありました。26日から愚息のみが先行して滞在し、後日(28日)、もう一人の愚息とその家族、そして先行愚息の家族がそれに加わって総勢11名。普段は2名という人口密度もあっという間に過密状態と相成り、私たちは不承不承にも床に寝ざるを得なくなり、その結果と言ってはなんでありますが、風邪をしっかりと引かせていただいた次第。家人は、いつもどおり、皆に楽しい思いをと思い、正月に支度に精を出す。しかしながら、昨年は家人の母親代わりの叔母が亡くなり、我が母が亡くなったので当然のこと喪に服しているわけなのだが、愚息と孫が来た以上は、一生懸命お・も・て・な・しをすることと相成り候。いつもながら、容赦ない孫の要求を99%受け入れ、毎度お馴染みのドタンバタンの大騒ぎ。「あの人たちは孫の世話が好きだからやらしておけばいいんじゃない」ととられても仕方がないほど、オールOK体制で万全を期した。孫を片手に抱き抱えながら、黒豆をつくり、伊達巻きをつくり、もち米を洗い餅を炊き、お雑煮とお汁粉でおもてなし。今年は喪中で紅白的なものはすべてカット。孫が来るということは、当然、お嫁さんも来るわけで、お互い少しは気をつかって過ごす日々。帰省ブルーがないようにと、家人はフレンドリー相対しているが、心が狭い私は1週間近くもご滞在なされる方々に少しだけ閉口気味。むっつりもできず、笑顔を絶やさずに事に当たってはいるものの、それを100%演じ切る家人にはいつも感服。私にはできない芸当だ。

「巨人が永遠に不滅」なのと同様に、きっと「嫁と姑(姑)の距離感も永遠に不滅」なのだろうと思うと、余計に腹立たしくなったりしてね。本当に了見の狭い自分に嫌気が指してしまう。まあ、それはお互いに感じていることだろうから致し方ないところ。本音で愚息にかける言葉と同じ言葉遣い、トーンで話してもギクシャクしない関係が築ければ、本当に分かり合っているんだろうと思うが、そうはなかなかいかないのが常態というもの。よくうちの嫁とはうまくいっているという御仁がおられるが「それはない!」とは言わないまでも、貴石?軌跡?奇跡にも近いことに違いない。

そんな思いをツラツラ書くのに10分もかからない自分が空恐ろしい。

今回、愚息との話し合いの中でも、いろいろと予定外のこともあり、「えっ!!!!"#"$$$」と目ん玉が飛び出すばかりのこともあり、それはまたおいおいと書いていきたいと思っている。

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