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若いっていEネ。 [新卒・転職]

2022.5.14

こんばんは。天気予報どおり午後から晴れ。だるい身体にムチ打って庭仕事をしてきた。今年最初の夏汗をかいた。やはり外での仕事は気持ちがいい。今のところ熱はなさそう。

昨日の自分のブログを見直していて、再びとんでもない間違いをしていることに気がついた。お恥ずかしい限り。誤字・脱字はその人の常識を計られるから気をつけなければいけない。特に新人さんには厳しい世の中だ。

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「新社会人、おめでとう。

この春、君はどんな職場に立っているのだろうか? どんな職場であれ、そこが君の出発点だ。君の本当の人生がそこから始まる。学業が優秀でなかった? そんなことは大した問題ではない。エリートなんか高が知れてる。先輩たちはそんなことを期待なんかしちゃいない。

出発(たびだち)の君は0(ゼロ)だ。0はイイ。これからなんだってできるだろうし、何にだってなれる可能性の0だ。無限大に向かう0だ。皆、0から始めたんだ。直ぐに1に、2になる必要はない。本物の仕事は、そんな簡単なものじゃない。直ぐに役立つものは直ぐに役に立たなくなる。真の仕事には、強く、揺るぎない心棒がある。その心棒は君が生まれてこのかた触れたことがない。熱い温度を持っている。そのぬくもりを、熱さを、こしらえているのは人間だ。世界を、国を、社会を前に進めているのは、その情熱だ。情熱の源はなんだろう? 私は誇りだと思う。人間の誇りが苦しい時も辛い時も心棒を握りしめ車輪を押し続けるのだ。

君は仕事に誇りを持てるか? それをしっかり見つめることだ。まずそこから始めよう。誇り高き0でいて欲しい。0は時折、せつないが、そんなときは心棒を見つめよう、君の誇りを見つめよう。誇り高き0であれ。」


もう20年ぐらい前だろうか? 新聞の広告にこんな文章を載っていた。何となく心に響いたので、しっかりファイリングしてあった。多少加筆して書き記した。

若き新人君諸氏に捧げたい。


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資格取得の意味 [新卒・転職]

2022.4.28

こんばんは。

何もしていないわけではないけれど、あっという間に夜になってしまった感がある。時は時としてではなく、いつも平等なんだとは分かっていても、もう少し私には余分にくださいなと思ってしまうことが度々ある。何とも能力がないからしょうがないのは山々??だけれど、そう思っている間はまだまだ惚けそうもなしとするしかなさそう。

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さて、今夜は資格の話を少し。

資格はいろいろある。医者、弁護士と最優遇職種から、国家公務員、地方公務員・・・・看護師、薬剤師、ボイラー技師、はては調理師・・・・などなど思い浮かばない職種もたくさんあって、世の中にはこんな仕事まで資格が必要なんだと気がつくことばかり。で、優秀な方、ここで言う優秀とはペーパーテストの得意な方と言っていいのかもしれないけれど、その資格を手に入れ、自分の夢を叶え、思いどおりの人生設計をしていく方は大変に多い。

資格は、その道に進むべく「初めの一歩」。資格取得=その道のエキスパートということではサラサラない。たまに「私はいろいろな資格を持っているんです」という方がいる。その方はいろいろな資格を取ったのではなく、資格のペーパーテストに受かっただけであって、その道のエキスパートになったわけではない。

人はお釈迦様でも聖徳太子でもないので、多くのことを一度にできることはない。できたとしても、それは常態化してできるはずもない。つまり、多資格取得倒れで、何も自分には身に付いてはいない。

時は春。巷には多くの新人さんが闊歩している。特別な資格を取得していない人--理屈っぽい言い方をすれば、企業に時間を切り売りして対価を得る働き方を選んだ多くのサラリーマン諸君であっても、資格を取得し、さあ、これから優秀な弁護士に、医者に、官僚にと思う人であっても、「初めの一歩」は皆同じスタートラインだ。人は、この世の中にいる以上、多くの人に支えられていることは間違いない。しかし、若いときには、それが全く分からない。分かったと言っている人がいたとしても、それは口先だけ・・・・・かもしれない。愚鈍な私は、その点、全く理解できなかったから、なおのこと、そう思ってしまう。しかし、実際問題、人の世話になったのは確かだ。まず最初に上げられるのは自分の家族だろう。ご両親であり、兄弟であり、友人かもしれない。高校の、大学の先生かもしれない。今は忘れてしまって、自分の目の前から離れていった人たち、その人たちで自分は作られたと言っても決して過言ではない。それは必ずしも仲がよかったということではない。喧嘩をしたような、そんな不仲のクラスメートであったとして、いじめを受けた人間てあっても、良いにつけ、悪いにつけ、自分の人格形成の積み上げに貢献していたんだということは、どう引き算しても間違いはなさそう。そのことに気づくには、それになりに時間がかかるものだ。30代の場合もあるかもしれないし、40代の場合もあるかもしれない。まあ、その辺で気がつけば「それはめっけもんだよ、旦那」と言われるかもしれない。私なんぞは、この年になってから、やっとこ、さっとこ分かったからたちが悪い。遅きに失した感あり、勝負あったと言われても仕方がない。

世の中に出るといいことばかりがあるわけはない。毎日毎日が自分なりのレベルの苦労がつきまとう。その苦労とは、大体「人間関係」という魔物だ。その苦労とは「自分なりのレベル」の苦労であって、後から振り返れば笑ってしまうようなレベルの苦労であることは間違いない。

時が流れ、時代が、人が変わっても変わらないことが一つだけある。それは「自分は人に就いているのか、仕事に就いているのか」を忘れるなということだ。

人に就く?とは、上司に就くということ。上司が上向けと言われれば、否も応もなく上を向く。別に上を向くことは悪いこではないけれど、それが間違っていたら、それはコンプライアンス的にちょっとまずい時があるかもしれない。しかし、仕事に就いていれば、それは自分の意思でもって仕事と対峙するわけで、自分の糧となり得え、それは間違いなく自分に跳ね返ってくる。

今回の遊覧船社長の会見でも明らかなように、彼は全く仕事に真剣に対峙していなかったわけで、あんなみっともない醜態を演じなければならなくなってしまった。58歳の矜持と言っては矜持に申し訳ないが、年相応の所作というものが身についていないのは、それなりの覚悟をもって仕事に対峙していなかったことの現れなんだろうと思う。

本当は資格の軽重を語ろうと思っていたんだけど、話は大分逸れてしまった。いつものことだけど、ご勘弁を。

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不自由な自由 [新卒・転職]

2021.11.30

こんばんは。

明日から師走。何となく世間がざわつくからこちらもやりにくいことが多い。

今年もまた、何も成し得なかった1年だったと今のうちに反省をしておこう。年をとると粘りがなくなるね。変に悟ってしまうような。あきらめてしまったような。

若いときの1年は大きく人生を左右する。ちょうどそれは大きなビルを建てるがごとく。1ミリのブレが建物の階数を増やすに従って、何センチ、何十センチかのずれとなって現れる。1階、2階のときは一、二ミリだけれど、30階も重なれば、それはもう取り返しがつかない。あのとき、油断せずに行えば、あのとき戻る勇気があればと思うけど、それを元に戻すのには大変な労力が要る。元に戻す労力を考えるのなら、初めから油断しなければいいのだが、それができないのが人間の愚かなところ、そして尊いところかもしれない。

人生の目標は余りにも大きく、長く、深く、自分たちの尺度では到底測りきれない大きさなのに、その大きさに気がつかないでいる人が多い。そういう自分もその一人。そのとてつもない大きさの前に立つ意識と勇気と自覚を一日も早く見つけた者がよりよい人生をつかむんじゃないかとふと思う。ほんの少しの自覚と勇気に気がつけば、今日の失敗は少しも怖くない。その失敗は、ほんの少しの自覚と勇気の源泉になるに違いないから。

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相変わらず訳の分からないことを書いているけど、少し思うところがあって書いてしまった。

この後に及んでワクチン未接種者が知り合いにいる。主義主張や体調・体質の問題ではない。ただ、打ちに行くのが面倒なだけの様子。確かに強制力はないとは言うものの、今となっては生きる術の一つになりつつある。生に対する未練、生きる気力があるのか、ないのか。それとももっと達観した想いが友の中にはあるのか。欲得の世界を既に達観してしまっているのか。理由は全く分からないが、きっと友はこれからもワクチン接種はしないのであろう。古希を過ぎた人間にあれこれ言ったところで何も変わるわけはない。

何も縛りのない人生は大きな代償を伴う。自由な人生ほど不自由になっていくことに一日も早く気がつかなければならない。

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執念 [新卒・転職]

2021.9.29

こんばんは。

今日もランニングに行ってきた。とはいっても早朝ではなく、久々の夕刻のランニング。

人は依然まばら。暑くもなく、寒くもない絶好の季節が続く。春と秋のこのぐらいの季節感はランニングにとっては頗るいい季節だ。


いつも老人の戯言だが、今日もその戯言を少し。昨日、床に就いてから、しばらくしたときのことだ。寝る前に少しだけ激しい運動をしたせいもあるかもしれないが、今までに全く経験のしたことがない痛みに襲われた。どんな痛みかというと・・・・難しい。何と言ってよいのか難しい。

右胸のあたりに痛み。それも胸の皮膚に化学式状(蜘蛛の巣のような)の線を引いて、その引いた線を伝わって痛みが右往左往する感じ。思いっきり息をすると胸が張って痛むから浅く・ゆっくり呼吸。すると痛む前に胸が沈むので痛まないで済む。痛むところを手で触ることもはばかられるようで、暗い寝室の中でじっと息をこらしているうちに寝入ったようだ。朝、目が覚めると、その痛みはなくなっていて、あれは夢だったのかと思わせるような見事を撤退痛であった。でも、嫌な痛みだった。あれは心筋梗塞の前触れか?とも思うような、そんな感じ。

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またまた話は代わります。

ランニングの折り返し地点に公園があって、そこで軽い柔軟をやって家に引き返すんだけど、そこでふと「何度もの挑戦」、「あきらめない心」、「くじけない闘志」、「一度の失敗で撤退はない」・・・・と、90歳のスポーツジムのトレーナー、テレビのCMにも出ているおばちゃんのような格好でスクワットをしたりしていたら、そんな言葉が浮かんできた。私はその逆だったもんだから、若者にはそうあってほしくないと思ったのかもしれない。

一度の失敗であきらめる人は大体成功体験は味わえない。味わうのは失敗体験ばかり。だから、余計に慎重になり、自信が削がれていく。確かに失敗する体験は貴重であって、何もしないよりはしたほうがいいに決まっている。しかし、人生、成功してナンボという世界。成功して初めて次につながるというもの。それが資格試験であろうと、職場内での挑戦であろうと、やり続ける心が大切になる。「そんなアホな」と揶揄されても、自分の心に秘めた力を信じて突き進む。そんな執念が、自分の人生を変える。

日本はそういう意味では、フリーの世界だ。執念を持ち続け、やり続ける人が成功する。そんな国に生まれたことをラッキーと思わない手はない。

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★ものは考えようです。 [新卒・転職]

2021.8.24

こんにちは。

アパート・・・車・・・ボンベ・・・管理人遠巻き。家人が近所でで目撃したと言ってきた。

「医療用ガウンは着ていなかったわ」と言っていたので、確定値ではないけど、かなりそれらしい雰囲気。そうだよね。周りの目もあるから早々早い段階でガウンは着ないだろうしね。確実に身近にも、その兆候は現れつつあるなと実感。

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よくこんな言葉を聞く「コロナだから」、「こんな状況だから」と、できない理由をあげつらう。ぐうたら私もその代表格の一人。

でも、こんなときだから、じっくりと肝を座らせて知識を詰め込む。若者にはこれが必須です・・・・と老人は思うばかり。停滞しているこの時だからこそ追い越されている人に追いつくチャンス。

そんなことを言って若い時に気がつけば、もっとましな人生を歩めたかもしれない。

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じっくり根を張る、この木のように。




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フラフラしているとちっとも地に足がつくわけはない。















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ちょっとの風にも倒れない強靱な精神と肉体が必要だと思う。


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いいチャンスかもしれません [新卒・転職]

2021.6.30

こんばんは。まだ雨は降ってこない千葉。明け方に豪雨という予想は当たるのか?と思いたくなるような現在の空模様。

大河ドラマ「晴天を衝け」を見ている???我が優秀なる愚息は当然のごとく見てはいない。ご丁寧に二人ともだ。やはり老人の専売特許化し続けていく大河ドラマ。でも、史実に近いところもあるし、歴史馬鹿な私には、人生の総復習としていい教育番組と化していることは間違いない。だって、徳川慶喜と渋沢栄一が同時代だということにびっくり。これって脚色?と思ってしまうほどの違和感。今度1万円札になっちゃうわけだけど、軽薄短小なる若者が運良くというか、いい人にめぐり合えたこともラッキーとは言え、ものの見事に事を成し得ていく様は、この先がものすごく楽しみになっている。やはり、私はジジイ真っ盛りでであることは間違いない。

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こんなぐうたらな為政者たちばっかりのときに生まれている若者は、本当にラッキーだ。ぼんやりと過ごすのは100万、200万の束を捨てて歩いているようなものだ。承認欲求が強いというのは、若者も年寄りも同じだ。若者は恥を知らないがジジイは恥を十二分に知っている。恥ずかしさが先に来るから羽目を外すことができない。それにちっぽけなプライドもあるから話しはややっこしくなるばかり。

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まあ、自分のことはいいとして、若者はチャンスです。ちょっとだけ政治を勉強して、ちょっとだけ欲望を制御して、ちょっとだけ日本のことを考えれば、そしてちょっとだけ「天気の子」のことを思えば、何をするべきかなんて答えは見えてくる。今は他人が自分を承認し得る手段があるから、自分の考えを共有化させることも簡単にできるはず。少しだけ日本がどうなってほしいのか、社会が、生活が、天気が、他国との交わりがを考える。そんな時間が若者にはある。今は沈思黙考、君たちの出番がきっとくる。そのときのためにじっくりと力を蓄える。このまま政治家に政治を任せてはいけないって、君も思っているはず・・とジジイはいっつも思っている。

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転職はプロローグでなければならない [新卒・転職]

2021.5.20

こんばんは。

転職はステップアップをするため、したいため、にする。「天職」ならいいけれど、そんな方はまずいない。その数は芸人で成功するよりはるかに少ない。ほとんどの方は「点職」となり続きが効かなくなり、八方塞がりとなることが多い。

今は確かに厳しい。コロナだからね。家電量販店にいる方にはスーパービックボーナスとなり、外食産業に勤めている方は死活に関わる問題となり、嫌な上司から解雇通告を受けるはめとなっている方もいるかもしれない。

大きなことは言えないが、私の転職は全くプロローグの連続ではなかった。

プロローグ--一体こ奴は何を言っているんだと言われても困るんで、その意味を書いておこう。プロローグ、これは前置き。本題の前の前置き。この前置きがあってこそ、次にこれが来る。誰もが、その場面に来れば、妙に納得するというあれです。

舞台俳優を目指している人がいる。発生練習をする→ダンスを練習する→歌を練習する→演技の練習をする→すべてのアイテムをまとい舞台俳優となる。これが一般的な流れで素人の我々も理解でき得ることだ。舞台俳優になるために、少しずつその武器を手に入れていく。当然のルートルートだ。しかし、これを我々の生活の糧である仕事に移して考えていると、なかなか思い通りにはいかない。それはなぜなんだろう。

私のことで恐縮以外の何者でもないが、少しだけご紹介をさせていただく。全く偉そうなことは言えないが、簡単に言うと照明器具会社の経理→サービス業→事務屋という全く脈絡のないルートをたどっている。そこにはなんの一貫性もなく、将来、何をしたかったのかという流れも見えない。ひどいもんです。

つまり、自分の人生において、舞台俳優のように目的が明確になっていないと絶対に失敗するということ。目的が明確になっていれば、そのステップの途中で起きる出来事など全く眼中に入るわけもないから、そのことで悩むことなどあるはずもない。人間関係で悩み転職をしたいと思っている人は、自分の目的が、その職場の人間関係を良好にすることが最終目的になってしまっているということになるわけで、それは実におかしなことだと気がつかなければならない。

自分の目的達成のためなら、人間関係などは二の次であり、給料、待遇など二の次にすべきことかもしれない。だからといってブラック企業に甘んじろというわけではないが、とにもかくにも、自分の目的を見失わないことだ。

一つだけ、自分を弁護しておくと、1回目の転職時、私の頭の中には人間関係、環境・待遇は全く頭の中に入っていなかった。また、その職場の他人さんが、自分をどう思っているかなどは全く眼中にはなく、ただただ仕事を覚えることに夢中になっていたことは確かだ。つまり、一瞬だけ、「この仕事をマスターしよう」が自分の、そのときの最終目標だった気がする。

現実は厳しいだけだけど、30代の自分は、40代の自分は、50代の自分は、一体どうなっていたいんだろうという最終目標をはっきりとさせて、意識し続けることが、自分の人生を大きく成長させる術だということに気がついてほしい。

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良好な人間関係が人生の最終目的ではない?はず [新卒・転職]

2021.5.19

こんばんは。

今日は一日雨。こぬか雨だと思ったら、だんだんと強く降ってきた。外仕事はダメだから、家仕事をすることにした。

仕事中心の全盛時代、大活躍したファックス、これもいつの間にか二代目。先代のファックスは使い潰してしまった。パソコンもキーボードも大体は使い潰してしまう。私たちの使い方が粗いわけでもあるまいにと思うけど、やはり、仕事のし過ぎたものは大体壊れていく。せめてものなぐさめは体が壊れないことか。そういう我々も目が駄目だし、体もボロボロになりつつある。そんな頑張ってくれたファックスは、いつも机の上に鎮座していたのだけれど、それの出番はだんだんと減ってきたということで、それを足元に置くことにした。使っていない椅子が一客あるので、それにファックスを乗せ、机の下に入れようと算段した。しかし、椅子の足が長いのとファックスの縦幅が長いため、机の下に入らないことに気がついた。それで再びああだ、こうだとない頭で考えていると、家人が一言「机の下、掃除しにくいのは嫌なんだよね」とポツリ。

家人はかなりな掃除好きなので、足元に置いたら置いたで、そのファックス台を動かして掃除機をかけたいと言い出した。で、出した結論は椅子を半分に切り、下半分に板を敷いて固定、足の先端にキャスターを付けて完成。一応は成功したかに見えたんだけど、木ねじなんかは残り物を継ぎ足ししてやったもんだから、スポッとキャスターの一つが抜けてしまったというお粗末。それを今日、いいタイミングで直したというお話--相変わらず、くどいね。

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今日テレビのニュースでリモートにおけるハラスメントのことをやっていた。そうか、今はリモートでも上司からいびられるんかい、と思ってしまった。組織の中に入っている以上、職位の上下もあるだろうし、社歴の上下もある、男女?の上下もまだまだある。それは未来永劫ずっと続いていく。だから、そんな関係とは無関係でいたいと思う人間は、組織という社会形態から脱出するしかない。脱出しても、それに代わるアイテムがあれば十分に闘えるだろうけど、そのアイテムがない人は、ただただ下に落ちていくしかない。

アイテムとはなんぞや? 資格? 他職種にまたがる職歴? 1職種に特化した奥深い職歴?

転職サイトなるものが未だに大はやりだ。「未だに」と言ったのは結構昔からあるから。

その是非はともかくとして、「転職」というキーワードは、他人から見れば現実逃避と見られないこともない。特にアイテム(資格)がない人間に対しては、結構その見方は厳しいものがある。本人を前に、それを正面切って誰も口には出さないけどね。

そんな厳しいイバラの道の転職。その根本原因--もちろん、十人十色であるからして、100人いれば100通りの理由があるのはわかってはいるんだけど、その中の大半?もしくは、それ以上は、多分人間関係??かもしれない。いや、人間関係だ。

私の現役時代、一応、ちっぽけな組織があって、運悪く、その一番上にいたもんだから部下の相談に乗らなければならないことが何度かあった。当時は私は未熟なもんだから、聞き方が悪かったこともあって、なかなか本題に入れないご本人を前に、こちらは時間を使うことぐらいしか方策は思い浮かばないものだから、じっと彼に合わせていると、ご本人はモジモジとやっとこ話を始めるというパターンが多かったような気がする。その大体が「辞めたい」、「ほかにやりたいことがある」というもの。もう少しよくよく聞いていくと、そこには人間関係の悪さが浮かび上がってくる。人間関係の悪さに耐えられないと言う。いや、正面切っては言わない。言えない。男じゃけん、言えるわきゃなか・・・というところだろうか。

そして、多くの方々が仕事の良さを二の次にして、別の職場にドロップダウンしていく。そういう方が多い。

自分はこの職場で何を学び、何を身につけ大きく成長していくつもりなのか。そのことをついつい忘れがちになる。そして、人生において最もちっぽけな人間関係を巨大化して見てしまい。自分の見るべき方向を見失っていく。そういう方々が実に多いということを今日のブログでは申し上げたかった。

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ぶれるなかれ [新卒・転職]

2021.4.29

こんばんは。

一日雨が降り続く。生きているといろんなことが起きる。それは良きにつけ、悪しきにつけ、自分の人生観に大きくものをいうことになる。それは自覚していないつもりでも、心のどこかに焦げのようにへばりつく。

十代、二十代の若者にとっては、今回のコロナ禍は大きな傷跡となる。私には1年間リモートをした経験はないので、口幅ったいことは言えないが、唯一近い経験をしたことと言えば、大学3年在学中、年度末の試験を除いて年間4日ぐらいしか登校しなかったことがあった。でも、それは進路先があやふやになり、急遽、通信制の勉強をしていたからであって、安穏と家にこもっていたわけではないので、今の方と比べることはできない。

人は目標が定まるとがむしゃらに頑張るし、頑張れる。それは人間が人間らしく、人間でいられる理由かもしれない。

社会人になってのリモートは全く経験がない。こんなことを書くと不安に思われても困るけど、リモートで名刺交換をやったから、それが実際にできるかというと、それは全く別物 だろう。まあ、「名刺交換なんてチョロイ」と思っている方は多いが、それは90%は正解だ。問題はその先だ。飛び込みであれ、ルートであれ、年上の方々と話をすることが多いわけで、時節の話題から、自社のPR、次回の注文まで、そつなくこなすことはリモートではできっこない・・・というか、それは絶えず未体験ゾーンとなる。これは先輩諸氏であっても、台本のない台本、まっさらな台本によどみなく台詞を書くようなもんだ。

これがあと1年は続く?私は予言者ではないので、いつまでなんて当たるわけもないが、今年もあと8か月、244日しかないわけで、政府が無策の策を続ける以上、無理でしょう???と言うしかない。

そうこう言っているうちに、今日(昨日)の東京都の感染者数は1000人を超えてしまった。

若者よ、初心忘るべからず、ぶれることなかれだ。

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職業選択 [新卒・転職]

2020.12.27

こんばんは。

今日は半日網戸とサッシの掃除。半日は仕事となった。先方との約束は明日までに欲しいと言われているので、今、送信完了したところ。これが我々の仕事納めだ。

年末はひょんなところから仕事の依頼が来ることが多い。そういえば、3~4年前、仕事での付き合いは全くない従兄弟から突然仕事の依頼があった。たしか12月15日ごろ、仕事量は通常の10倍ぐらいはあった。それを年内にと言われ少々めんくらったが、ここは断固として年明けになると言ったことを覚えている。しかし、こちらとしても年をまたいで、しかも正月は人の出入りもあり、そう簡単には机に座れないこともあり、年内の大掃除を早々に中止し約束を破って年内に納品をした。遅れることは約束を違えることでまずいが、早まることで文句を言う人間は、多分ビジネスの世界ではいない。

本当にいい時代になったと思う。私たちの時代は結構なオーディオ/通信の変革期で、カセット→CD→MD→ICとなった。その速度は思いの外早く、MDに至っては、今お使いの方はほとんどいないであろうし、十代から二十代前半の若い世代は知らない方も数多くいるであろう。MDプレイヤーの値段は安いはずもなく、当時は画期的で「これはいい」とCDよりかさばらないということで人気が出た代物。しかし、3~4年は主流だったものの、あっという間に、その後はICに代わられてしまった。ICのほうがもっと小さいからね。これは今主流で当分の間、その座は揺るぎそうもない。感度性能の問題で優劣を競っているところを見ると、しばらくは安泰なんだろう。

今はもっと別のところで変革を迎えようとしている。それは通信だ。以前携帯電話では音声の録音媒体は短時間では遅れないし、その通信料金もかなりのものであった。しかし、今では5Gとかいうものもできたようで、画像が瞬時に送れるようになったところを見ると、音声などは朝飯前であろうと思う。

ちなみに以前は携帯で1時間の音声を送るのにほぼ1時間かかっていたし、また1時間の携帯料金の使用量たるや何千円の通信料と容量で何万円もするぞと言われた記憶がある。しかし、今は違う。そこそこの値段で十分にビジネスの友として成り立っているに違いない。私が現役だったら、当然、それを試していたと思うとちょっと心が騒ぐ。

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やっとのこと本題に入れそう。

政治も社会も余り当てにはならない。特にこのコロナ禍においては、結局、この1年間で全く社会は動いていないに等しい。もちろん、ITも含め、いろんな職種でコロナによって逆に多忙になっている業種もあることは確かなことだ。

なるほどと思ったことを言えば、カーシェアリングを主にやっている事業がある。 Timesなんていうのは、我が愚息も利用しており、知ったばかりのころ、私もその存在に開いた口が塞がらない状態になったことを覚えている。多分10年ぐらい前からだろうか?しかし、このコロナ禍で、どういう現象が起こっているかというと、ご存じのように不特定多数の他人がハンドルを握り、閉鎖空間を何時間も占拠している状態になってしまうわけで、そんな状態の車を誰がカーシェアするかとみんなは思っている節があり、それならば、しっかりとした体制のレンタカー、正確にはなんと言うのか、CMでやっている「KINTO」にする人若い世代が多いと聞く。なるほど、職種を選ぶのには人の心理を深く読み解くことが必要なんだと思った次第。風が吹けば桶屋が儲かる式で「コロナの予防したいなら〇×が流行る」の〇×を探し続ける必要がありそうだ。

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高学歴・名門家系に臆してはいけないよ [新卒・転職]

2020.11.30

こんばんは。

明日から師走の12月だ。何となく世間はざわつき、その波にいつの間にか揉まれてしまっている自分がいる。毎年のこととは言え、何となく嫌な季節だ。もうとっくに別のことで騒がしくなっているから、今年はもっとせわしないに違いない。

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こいつはタラレバしか言わないと言われそうだけど、でも口惜しいので、ついついまたまたみっともないタラレバの話を出す。

あの緊急事態宣言のとき、今一つ呼吸をおいてよくよく考えれば、こんな大惨事(まだと思っている方もいると思うが、いずれ、そうなる)にはならなかった。時の首相は誰あろうあの方だったから、それの采配はできるはずもなかったよ--と誰もが思う---死に体だったからね。

菅さんはGotoの旗降りだったそうだから、それをやめますとはなかなか言えないらしいとテレビで言っていた。だれだって自分が考えたシステム、方法、アイディアが簡単に没にされることほど悔しく感じる。それは誰もが同じこと。我々市会の下々の人間ですら、その感情は十分に理解するところ。しかし、事は国家の大事、国民の生命・財産を守ると菅さんも言っている。だが彼のやっていることは我々市会の人間と何ら変わりはない。

菅さんは苦労人だというふれ込みがあったので、新聞諸紙は皆皆少しだけ期待をしているような書き方をしていたが、残念ながら私人の苦労人であり、公人としての苦労人ではなかった。Gotoをやめる。緊急事態宣言を出し、ロックダウンに近い形をとる。しっかり休業補償をする。海外の渡航もすべて禁止として、1カ月、2カ月じっと息をひそめる。もう既にこれしかない。すべては政治力のなさ、公人のふりをする私人が政治家であるが故の結果であり、恥を承知で仕切り直すしかない。

多くの現役諸氏は、このような愚鈍な政治に負けてはいけない。何とか今をしのいで、次のチャンスが来ることを信じてほしい。学歴なんぞは関係ない。今を見る目、時を見る目があるかないかが、この先の人生を決めていく。

きっといいことがある。

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生きるを生かす術 [新卒・転職]

2020.11.4

こんばんは。

今、K.Oの毎月発行の新聞を読んでいたが、彼は今のところコンサートの予定はないと書いてあった。ライブもしないようだ。このご時世だから、大阪で、山梨で、新潟でコンサートをやられても、正直ところ躊躇しないわけにはいかないので、コロナ禍が終わってからコンサートをやってもらうほうが思いっきり行けるので、多少、溜飲が下がる思いがする。

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自分の意志とは関係なく、この世に生を受けたとはいえ、生きてきた以上は、それなりに、そこそこに自分らしく、自分という存在の中で生かされ生きてきた。その生き方は、自分の中では、どのぐらいの大きさで、どのぐらいの納得感で、どのぐらいの達成感を、どのぐらいの幸せ感をもって進んできたのか。平凡な私は深く考えたことはない。それはいい意味でも、悪い意味でも時代という目に見えない大きな力に遮られたことがなかったからだ。

しかし、今は明らかに違っている。時代ではないにしろ、大きな見えないウイルスという力でもって自分の人生が大きく左右されつつある。昨日、この春やるはずだった卒業式をやったというニュースが流れていたが、11月に卒業式をやるという、このこと自体が早異常という以外に何も言葉がない。

会社が潰れる、リストラされる、給与がカットされる、勤務日数が減る、自宅待機命令が下る、賞与がない。

以前はそんなことはもちろんあった。日常茶飯事ではなかったが普通に起こったことだ。しかし、押し並べて深く、広い業種にわたってではなかった。社会全体ではなかった。

今は違う。どの業種であっても、それは起こってしまっている。前にも書いたが、それは不況連鎖という恐怖だ。だから、ホテルマンが魚屋になるも、経理マンが農家になるも、営業マンが飲食業になるも先が見えない不安がいつも付きまとって離れようとはしない。

自分は生きていこうと思っている以上、生きるを生かす術を身につけなければならない。以前のように資格を数多くとれば、それがオールマイティとはならない。

世の中には一体幾つぐらいの職種があるのだろう。自分には目の前にある職業しか頭に浮かび上がらないが、リーモートワークで人が移動していくように、職種人口も多かれ少なかれ移動をし始めている。職種人口が動いているということは、どこかにマンパワーの足りない職種があらわれてくることが多い。今回も、そのような隙間があるはずだ。

特殊な特技、技能能力を売って賃金を得る方以外は、自分の体力、知力を売って賃金を得る方法しかない。

グダグダ書いてしまったが、その隙間を探す以外に手の打ちようはない気がする。つまり、ハローワークで求人応募用紙を見ているだけでは、その先にはなかなか進み得ないということだ。自分が生きるを生かす術をよく調べ、見聞きして、次へと進むしか方法はなさそうだ。

自分のない頭で考えつくものは、以前、人手不足が常態化していた介護関係、人が生きていくために必要な食料品関係。食品製造業、食品販売業・・・。若者が嫌がる一次産業。IT関連の倉庫業、梱包業、配送業・・・ぐらいだろうか。

「生きるを生かす術」これを探すことをあきらめてはいけない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

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藤井聡太君と自分の人生を語ってみた [新卒・転職]

2020.9.22

こんにちは・・・・ではなく、こんばんはになりつつある時間帯となった。

愚息二家族は、昼頃キャンプ地を後にしたようだ。ラインで孫5人の楽しそうなコメントが流れてきた。ニュースでは同じキャンプ地ではなかったが1000張近いテントが張られ、トイレは長蛇の列になっているとあった。あんなに並んでいるのは大体女性陣。男性は速いが、女性は時間がかかるからね。どういうわけなんだか、私にはよくわからない。コンサートのときも大体同じ現象があった。私が女性だったら、とうにお漏らしをしているところだ。そういう意味では女性でなくてよかったとつくづく思う。「小」ならまだいいが、「大」ならどうするんだろう???絶対我慢できない。

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そんな下っ腹が痛くような話はともかくとして、藤井二冠のすごさはどこにあるのかと同業者、師匠、ライバル、解説者がインタビューを受けていて大変興味深くおもしろかった。

詳細は省くとして、簡単に言うと研究熱心、探究心が旺盛、一日のうち3時間ぐらい考えているところを、このコロナ禍で、その考察の時間は7時間以上となったとあった。

下世話の話で申し訳ないが、私の仕事の場合、パソコンに向かって一日7時間なんぞは何回かはあったが、一つのことで何万通り? 何億通りある盤上の行方を考え続けることは私のような凡人にはできるはずもなく、普通プロの棋士は25手先まで読むけれど、彼の場合は、その先の27手か28手まで読むとあった。数字は正確ではないが、つまりライバルよりも先を読んでいたことが勝利へと結びついたということのようだった。

しかし、それほど一つのことに集中できることがすばらしい。

「集中」、自分の人生の中に、その「集中」はどのくらいあったんだろうか。アリを見ても、ウシガエルを見ても、すべてその一瞬で事は終わっていた。それ以上、異常とも思える興味でもって集中力が続いた試しはなかった。学校に入り、部活に入り部活動をしても、それほどのめり込むこともなかった。趣味のギターもそこそこは弾け、大学の文化祭では500人も入ったであろう講堂で、ソロで歌なんぞを歌ったりしたこと(今、考えるとゾッとするね)もあったが、それ以上のめり込むことはなかった。

唯一、社会に出て稼ぐためにアイテムなるものを取得しようと学校に通って、生まれて初めて四六時中、その資格取得に向けて勉強はした。卒業式も出られなかった。しかし、前にも後にも、それだけだ。

客観的に見て、今自分がこうして生きていられるのも、そのときの資格取得と実践域到達が可能だったから。

自慢話に聞こえたら、それは申し訳ないが全く自慢話ではない。しかしながら、その唯一無二のアイテム取得が、結果、自分の人生においては大きな武器となった。もちろん、時代的なラッキーも多々あったが、そのアイテムの取得がなければ、家のローンも支払えなくなり、愚息の大学の費用なんぞは全く出せなくなっており、彼らはキャンプどころの騒ぎではないことだけは確かだ。

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目標? [新卒・転職]

2020.8.8

こんばんは。

世の中、お盆休みに入ったが、皆さんはどう過ごしているのだろうか。コロナ禍真っ最中の中では、家の中(近辺)で自粛しておいたほうが懸命かもしれない。やはり、コロナはえたいの知れない生物で、どんな悪さを仕掛けてくるのかがわからない今、「御身お大切に」ということだ。

今朝方、4チャンネルを見ていたときに「うっ・・・?」という場面に出くわした。土曜日の朝、この時間帯は4番しか報道らしい番組がやっていないこともあって、自分自身、余り好きではない司会者であったが、半分仕方なしに見ている番組だ。もう好いたほれたの年代でもないので、好き嫌いで物事を言うべきではないとは思うが、この番組の司会者の決定的な欠点は、相手の話を最後まで聞かない、相手の発言中に、その発言を覆い被せるように自分の話を始める点だ。出席しているコメンテーターと言われる、その道の専門家や芸能人たちは、そういう場面に出くわしたとき、どういう気持ちになっているのだろうかと聞きたくなる。

今日も分科会(コロナ)の方に「最後何かあれば、どうぞ」と彼は切り出した。ここまではいい。礼儀として、リモートとはいえ、わざわざ出てきてくれた方に対して、言い残したことがあればと聞くことは正しい。

しかし、そこからがいけない。その方が話をしている途中、彼は自分の意見を差し挟んで、しかも、その方の言っていることを否定し始めた。それが一度ならずも、二度もだ。この司会者のこの癖は、誰にでも同じことをするので、この方への個人的な意趣返しではないとは思うが、その言い方たるや「3割の擬陰性をどう見るんだ」的な言い方で、「それはまだ少しも証明されていない」とその方の発言を封じ込めようとした。私なら「まだ発言中です。今のご発言、失礼ではないですか。先ほど、あなたは私に発言を求めたから発言をしようとしたわけで、その物言いは無礼千万ではないですか。以降、あなたの番組から出演依頼をいただいても、すべて答えはノーです」といって席を蹴ったと思う。そのぐらいをことをしても、決して失礼ではない。だって、その方はこの手の番組に出ることを生業にしているわけではないので、全然忖度する必要はないわけで、そこでいつもはできない鬱憤をお晴らしになられば、どんなに気持ちがよかったことか・・・・・とついつい自分に置き換えて考えてしまった。

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そうじゃない。今日の話は何を書こうと思ったのかというと「目標」だ。

若者に目標を持てと言っても優秀なやつは目標を見つけられる。だから放っておいても問題はない。しかし、私たち(失礼!この言い方、あなたも入ってしまうね)のような愚鈍な方に目標を持てと言っても、それは形だけになってしまうことがままある。ちょうど夏休みだから、あの情景を思い出してほしい。夏休みに入ると必ず、一日の予定表を丸のグラフに書いた記憶がどなたにもあったと思う。あれは、多分学校での宿題のようなものだったんだろうと思う。小学校、中学校と・・・・・高校(多分)と書いていたような気がする。私は大学在籍中にも、その丸のグラフを真面目に書いていた記憶がある。あれは、多分、小中高の予定表を書く習慣がしっかりと残っていたからではないかと思う。しかし、あれだけはしっかりやり続けた。小中高と書いては忘れ、書いては忘れ夏休みが終わっていたものを、あのときはある資格をとるために遮二無二時間割をつくり、そのとおり、忠実に守り、資格試験合格を目指してやり続けたことを思い出す。一生のうちに、あれが最初で最後の予定表クリアの成功体験だ。

つまり、我々愚鈍者はケツに火が付かないとやらないのだ。運良くケツに火が付けばいいが、付かないことがほとんどなので、そういう場合は、どうするか。ただ、黙々と目の前の事柄(仕事)をわき目も降らずこなしていく。そして誰よりも早く、正確にやり通すことだ。そうすれば道は開ける。その仕事が自分のやりたくないことであっても、それをやり続ければ、きっと道は開かれる。人生というのは、そういうものだ。それが人生の神髄だということが最近つと身に沁みて感じられるようになった。(それじゃ遅いけどね)

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素直さ [新卒・転職]

2020.8.7

こんにちは。

熱波です。我が千葉は今日は特に暑くなると天気予報。これは外れてほしいと思っていたが、そうではなくドンピシャリ。

早朝、バラの薬散布。2時間ほどかけて咲きがら摘みをやった。午後なんて絶対やりたいと思わないだろうし、早朝のやれる時間でやってしまおうと思った次第。

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どんな職業であっても、仕事を覚える、教えてもらう期間というのは存在する。それは新卒であろうと中途であろうと同じだ。ここで大事なことは教わる側は、いつも謙虚でなければより多くを吸収できなくなるということだ。教わるほうは完全無欠であるはずもないことは当然として、教えるほうも完全無欠のスーパーマンではないということだ。つまり,教え方、その手順、理解度の有無の確認、丁寧さ、言葉遣いなどなど、完璧ではないということだ。当然、「あれっ、ここはもっと聞きたい」と思ったところで、そこをあっという間にパスされてしまうこともあったり、分かり切っていること(これは中途採用に多いことだけど・・・)を懇切丁寧に説明をされる場合もある。

また、説明される体制(一対一なのか、一対複数なのか)においても、そのバリエーションは変えなければいけないのがより効果的な説明方法ではあるが、それを全く無視して説明をする先輩諸氏がいることも大いにあり、先輩を選べない以上、新人にとっては油断はできない日々となる。

説明を受ける側のスタンスとしては、まず謙虚にその話を聞くというプレーがあってしかるべしだということ。スタンドプレーであったとしても「うなづく」、「相手の目の見る」、「メモを取る」、この3点は必携だろう。そして、「何か質問は?」では必ず質問を1つぐらいはすることだと思う。

このうち「メモを取る」に関しては、新人、中途の方々には頗る不評だ。何をメモしたらいいかわからない。メモをしていると肝心な大切をことを聞き漏らす。どうせ後で見るわけでもないし・・・・とメモを取らない理由が続く。メモをとる一番のいい方法は、質問事項を探し続けることだ。今の説明でわからないことはなかったかと常に考え続け、そしてその質問したい内容をメモるということだ。説明者の話を聞き続けるので、聞き漏らさない、質問したいことなので、要約的にメモがとれる。それにスタンドプレーというわけではないが、説明者が「何か質問は?」と言われて、質問が出ることは非常にうれしいことであって、何も質問されないときほど、自分の話がわかったのか、わからなかったのか、はたまた自分の話が詰まらなかったから質問が出ないのかと、その説明者は思うからである。

まあ、こんなクソ暑い日考えることもないが、ついつい新人営業マンと接していると自分の研修時代のことを思い出してしまった。

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馬鹿は馬鹿なりに [新卒・転職]

2020.7.31

こんにちは。7月も今日で終わり。うつむきに過ごした日々が210日以上過ぎてしまった。あと160日ぐらいで今年も終わる。世が世であるならばオリンピック観戦をしていたはず?


そんな日々であっても時は流れ、容赦なく我々に踵を返す。昨日は有要有急で柏まで行ってきた。もちろん、電車ではなく車。相変わらず16号線は呼塚の交差点が近づくにつれて混んでいた。以前、柏に職場があったものだから16号をそれて中に入ったものの、柏は依然迷路のような道路。昔精通していた「道」も今では「未知」そのものとおやじギャグ。

結局、昼食を買いたいと思っていたサンドウィッチ屋さん--現在はきっとないだろうと思いつつも--を探したが見つからず、再度16号に入って呼塚の交差点に向かった。昔ロイホがあったところも、今はマンションが建ち、ロイホのオーナーさん宅に何度か挨拶にも行ったが、その方はどうしたであろうか。品のよい穏やかな方であったのを思い出した。

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十人十色というように人の知恵は千差万別。はなからあいつは頭がいいから、高学歴だからとあきらめる方がいるが、自分はそうではないと思う派だ。さっきテレビで銚子電鉄の経営ピンチの話が出ていたが、社長の竹本さんには以前会計のことでお世話になった方だ。彼は計理士事務所をやっている方でなので、鉄道関係が本業ではない。しかし、成行で社長となったとおっしゃっていたが、今も頑張っている。画面では何となく熱い思いも伝わるようで、うまく報道されたことは今後いい方向に少しは向いていってほしい。

愚鈍な私は既に年をとってしまったが、まだ野望はある。いろいろな誘惑にもあまり興味がなくなったのは年齢のせいもある。若いころは、いろいろな誘惑があり、それに惑わされる。

今思うことは現在地と目標をいつも意識すればよかったと思う。人間は目の前のことに翻弄される。一度や二度失敗したからといって引っ込んでは後悔だけが残る。何度でも挑戦し、失敗し、その原因を自分なりに考え、そしてやり直す。10回もやれば1度ぐらいは成功する。馬鹿は馬鹿なりに、目標さえ見失わなければ、きっとうまくいく。

「目標を見失わない」--これは結構難しいこと。

朝起きる、歯を磨く、電車に乗る、職場に着く、上司と打合せ、顧客と打合せ、折衝、打診、そんな日々の繰り返しで目標を掲げ続けることは至難の業だ。愚鈍は愚鈍なりに竹本社長を見て「俺も負けられない」とふと思った。

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コミュニケーション能力 [新卒・転職]

2020.6.11

こんばんは。

人は誰でも自分中心に物事を考える。それはいいか悪いかでいうと、多分、いいことではない。飛ぶ鳥を落とす勢いの方なら、「いいことに決まっている」とうそぶくだろうが、所詮、そんな不遜の固まりの方は、きっといい生き方はしない。まあ、他人がどう生きようがまず自分がどう生きるかだ。それが決まらずして、他人をとやかく言う馬鹿はそうたくさんはいないと思いたい。

世の中はコミュニケーションで成り立っている。現代の若者が最も嫌う話すということだ。これは時代を遡っても、時代を前に進ませても同じこと。それは家庭内でも、学校内でも、職場内でも、いつでも、誰にでもその能力があるかないかで、人の運命は大きく変わってしまう。そんな当たり前のことをご当人はあまり感ぜずに生活を続ける。幸か不幸か知らないが、コミュニケーション能力がないことを不安に思う人たちは少ない。SNSという現代の武器を多用することは、自分のコミュニケーション能力を退化させ続けることになる。確かにlineは立ち上げも簡単だから使いやすい。そして、簡単なだけに言葉を伝えることも単純化していく。

どこ。

今着いた

駅前?

南口?

北口。

わかった。

今行く。

そんな簡単な言葉でお互いの意志を確認し合う。友達となら、それですべて賄えるだろうが、社会に出たときに、果たしてそれで自分の意志を伝えたり、相手の意見を聞き出すことができるのであろうか。日記を書く、ブログを書く、原稿に言いたいことをまとめてみる。そんなことをすれば、少しは劣っている能力が開発できるかもしれない。日本語ができないわけではないから、ちょっとだけ工夫をすれば、日常の生活の中に新しい自分が見い出せるのかもしれない。

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テレワークと新人教育 [新卒・転職]

2020.5.26

こんばんは。

ある大手外食産業の営業時間の変更報道があった。23時30分までという中途半端な時間はともかくとして、この会社内も結構ゴタゴタが続くんだろうなと思う。営業時間変更であって、閉店ではないから大きな問題ではないと外部の人間は見るが、そう簡単な問題ではない。つまり、深夜時間帯に働いていた人たちにとっては働く場所がなくなるということ。世の中にはいろいろな働き方をしている人たちがいる・・・・・・というか、否も応もなく、不規則な働き方をせざるを得ない方々と言ったほうがいい人たちがいることは確かだ。私が若いころ、景気は今よりもよく、アルバイトのほうが正社員よりも実入りがいいと社員にならなかった若者が多くいたころの話だ。当時、外食産業は深夜2時までの営業時間が多かった。また、深夜時間は時給が2割5分増(これは今もそうだと思う)であったので、深夜時間帯に沿う形で22時から深夜2時までの仕事をあてにする人たちが多かったことは確かだ。当時、強者が多くいて、アルバイトを3つ掛け持つ主婦、昼間は社員で働き、22時からラスト(2時)までアルバイトをする社会人、それでも、昼間の仕事は差し触ることはないと豪語する若者が多くいた。当時、時給は1000円を超え、深夜割り増しを入れると1250円は最低でも稼げ、週5日、月20日出勤すれば10万円は稼げていた。今の深夜時給は幾らかは知らないが、大体同じようなものだろう。月10万円の副業代が消える。企業はこの方々の職場は確保するというが、深夜だからこそ働くという人がいることも確かで、働く者にとってはなかなか厳しい時代であることに変わりはない。

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テレワークとリモートワーク、ほぼ同義語だそうだが、どっちにしろ、新人さんにとっては非常に困難な時代になった。見るとやるとでは大違い。百聞は一見にしかず、耳年増、論より証拠などなど、いろいろことをモニターを通して知識として自分の中に取り入れるよりも、実際にその場に立って、やって見ることで動作的にも、感覚的にも身につくもののほうが多いのも確かであろう。名刺交換一つとって見ても、得意先周りを先輩と一緒に回るという状況下を想定したとしても、それをモニター画面を通して幾ら教育されても、果たして、それが実践をするときに実際うまくいくかどうか。新人さんにとっては受難の年になりそうだ。先輩各位が「えっ、それってこの前リモートで教えたよね」なんて言われた日には、「なんじゃい、先輩面して、あんなんで教えた気になるなんて馬鹿も休み休み言え」なんて言いたくなるけど、それは言えるはずもなく、大変な毎日を過ごすことなる新卒者諸氏。

でも、がんばってほしいと祈るだけだ。

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若者よ今がチャンスだ。 [新卒・転職]

2020.1.20

こんばんは。体調もやっと元に戻った。家人には「いい加減にして」的なニュアンスで言われてしまったが、まあ、40年以上連れ添うと無意識に相手を否定し始める。これは誰でもあることで、若いときは愛と欲とが勝っているので、そんなことはないが、そうではないカップルが現代という社会では極めて多い。何かの弾みで結婚をしてしまったなんていうカップルがいると、早晩、結果は見えてしまう。喧嘩というものは、国同士であれ、ご近隣さんであれ、クラスの学友であろうとも大体似たりよったりというところがおもしろい。他人から見れば本当に些細なことだが、ご当人同士にとっては引くに引けない言い分がある。

そんなどうでもいい話ではないが、今日は頗る気分がいい。それはinternet explorerでもログインできたことだ。だから、これを打つのが気持ちよく、通常の打ち方で打てる。気持ちがいい。しつこいが気持ちがいい。右下に小さい窓が現われて、それに文字をいちいち入っては本文に入るのでは、目が霞んでしまうほど疲れる。でも、今日はどうしたわけが、直ぐにログインできた。これはどういうことなんだろう。明日はダメかもしれないが、気分のいいうちに大いに打っておきたい。

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就職氷河期の若者に対して、国が救済策と銘打って求人をした。その倍率が半端じゃない。内閣府はたしか若干名となっていたし、厚労省だって一桁だ。それに対して多くの方が応募をしたわけで、その倍率は異常値となった。土台「就職氷河期」という区分が曖昧だし、それ以外は十分に正社員で働らけているかというと、そんなことはないわけで、時給で黙々と働いている若者が多くいることをどんな気持ちで考えているのか。馬鹿にするなと思ってしまう。所詮は政治家を初めとする輩のアリバイづくりであって、ガス抜きとも言われる手法。「手法」という言い方をするとまたまた頭にくるが、大体、大きな体制側の人間は、そういう態度をとる。私業なら、それは致し方はない(百歩譲って)かもしれないが、公は、そうであっては絶対にいけない。それを今のトップは誰もができていない・・・・・というか、そういう意識が全くない。私は安倍さんが好きでも嫌いでもないし、枝野さんが好きでも嫌いでもない。正直なところ、彼らのことはよくわからないが、これだけは言える。体制側に入った途端、彼らは豹変する。その体制を、自分の家のように、我が領地のように守ろうとする。その体制は、国民の、我々のものであるはずなのに、それを一気に忘れ去るという暴挙に出る。「公人は清貧たれ」という思いの欠片も持ってはいない。しかしかながら、それはある、自分はそうだと口ではシャアシャアと言うから余計に腹が立つ。

「若者よ今がチャンスだ」と私は思う。そういうぐうたらの政治家が多いのは、今に始まったわけではない。それは若い方々でもおわかりのとおりだ。政治家が皆皆成人君主であったのなら、若者の出番は皆無だが、わざわざ今の政治家は隙を見せ、若者の登城を待っているかのごとく振る舞う。これを絶好のチャンスだと思わないほうがおかしい。そんな若者の登場を、今か今かと私は待っている。

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今を忘れない。  [新卒・転職]

2020.1.12

こんばんは。いい感じで寒い日が続く。

昨日も書いたがオーストラリアの問題はもはやオーストラリアだけの問題ではなく、地球全体の問題になりつつある。依然として、温暖化の影響がある「らしい」という表現しかできないマスコミ各社は「馬鹿じゃないの」と言っておきたい。間違いなく我々経済最優先の生活態度にあることは疑いのないところだ。災害の当事者になり、身内に犠牲者を出して初めてそれに気づく、地球上で最もあわれな生き物が人間ということになりつつあることは秒読みだ。ついつい言い方は過激になってしまうが、現実だから仕方がない。

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今日の本題は「今を忘れない」ということだ。日本に生まれ、日本に育ったこと。これはすばらしい財産でラッキーなことだ。もし私が、あなたが北朝鮮に生まれたらどうなっているんだろう。自由、金、食料もなく、毎日風呂に入ることもままならず、飲み水だって川の濁り切った水を飲まなければならない。言いたいことも言えず、こんなブログで言いたいを言ったが最後、監獄に送り込まれ、運が悪ければ政府転覆を企てたとばかりに銃殺されてしまう。周りの人間は政府に対する不穏分子がいないかを探し回り、少しでも政府に媚びる生活をし、密告・通報によって自分の生活の糧を得るなんていう世界が現実にある。中国だって同様だろう。イラン、イラクだって同様で、絶えず戦時下に置かれ、不自由な生活を強いられる。女・子どもは絶えず身の危険を感じ、男の目にさらされることを避け続ける生活をしなければならない。男女同権、働き方改革なんて露ほどもない。それは我々日本人からすれば想像を絶する世界だろう。その平和な自由な日本にあって、その体制を崩れないように、崩さないように生きることの重要性を考えなければならないのが現役世代の役目だろう。誰にでも今いる現状に不満はある。が、しかし、不完全ながらも民主主義を標榜し、それを目指している国にいることに目を向けなければならない。若い人ほど政治に無関心ではあるが、今ある自由は、その政治体制であるが故ということも現実であり、その「今を忘れてはいけない」。絶望も、俯瞰もしてはいけない。現実を見て、その現実に参画し、改善していく勇気を持たなければ若者である価値はない・・・・・と思う。

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基礎を固める。 [新卒・転職]

2019.12.8

こんばんは。

今日も寒い。足元にはガスストーブ。洗面所にはデロンギと防寒対策は怠りない。

NHKでは連日防災の話があった。我が家ではまだ防災対策はやっていない。都度、防災グッズは買ったりはしているが、それを家のどこに、どのように保管しておけばいいのかは、なかなか難しいところだ。押入れの隅っこに仕舞ったのでは、いざというとき取り出せないだろう。グッズの総量は結構な量で、リック一つで納まるわけもない。何事も経験がないものだから、ついつい回答を見つけられずに、いつの間にか、そのまま放置となる。それの繰り返しだ。リビングの物入れにラップと手袋、マスクにマウスウォッシュ、懐中電灯、トイレグッズ。納戸には寝袋、玄関には水、テレビ台のラックには手回しラジオ・・・・あっち少し、こっちに少し。こんな状態で自分たちが生き延びる方法は、地震が治まった段階で家に戻り、それらのグッズを拾い集める方法しかないと想像はつく。それで大丈夫かと言えば、大丈夫なはずは・・・・・多分ない。

そんな万が一の備えの回答も見つからない。お恥ずかしい話だ。

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今日、家人と車で移動中、今の人たちはどうして結婚しないんだろうという話になった。仲人?草食?機会?・・・といろいろあるだろうけど、やはり、生活の基盤である職業じゃないかという話になった。正社員にならない、なれない。いや、「ならない」より「なれない」ほうが勝っているんじゃないか。「ならない」人もいることはいるが、そう多くはないだろう。自由に働きたいときだけ働くと思うのは学生時代までだ。幾ら私のようなアンポンタンであっても、将来は何となく企業に勤めてお金を稼いで好きなものを買うと考えるのが大方の道筋だ・・・と思う。しかし、企業は正社員ではなく、派遣社員、アルバイトの採用での妙味を知ってしまったが故、それを今更、正社員に置き換えて人件費を圧迫したくないと思ってしまったのは企業にしてみれば、当然の帰結かもしれない。

じゃ、どうすればいい?ということなる。

自分を含め、自分の同窓の人生を顧みてみると、大きく努力をした人は、それなりに人生が開けているということだ。私たちの時代の1970年代半ばは日本は成長期であった。しかし、常道から外れた人生をスタートした人たちは、なかなか元に戻ることは叶わない人たちが多く、決してその良き時代が我々すべてをすくい上げてくれるセーフティネットになっているわけではなかった。しかしながら、大学(高校)を卒業した者が就職活動をすれば、それは正社員しかなかったのは事実だ。全く企業の知識、社会人としての知識がなくても、突如として正社員として社会の一員になれたことも事実。つまり、就活に2~30社を受けることなど、その時代にはあり得ないことで、せいぜい3社ぐらいで内定してしまった。しかし、今は違う。決してえり好みをしているわけではないのに内定がとれない。これは事実だ。じゃどうする?その対抗策は、もっと時間を遡って仕事についての勉強するしかないということだ。それは自分だけでは限界があるので、学校で、授業で、先生が仕事の必要性、仕事は何のために選び、働くのかということをきめ細かく学校で教えることが必要な時代になったということだと思う。日本は余りにも学生と社会とをつなげて考える回路がない。学校を卒業したと同時に社会人になる、ならなければいけないのに、その学習をしない学校はおかしいというか、その存在価値がない。三角関数を誰よりも早く解くことも必要だが、それよりも、三角関数が社会にどのように役に立つのかを教える先生が何よりも学生には必要な時代になったんだと思う。

資格をとる。これもありかと思う。大分前に資格を5つも6つもとっている人がいると聞いたことがあるが、それは意味がない。テレビゲームではないのだがらアイテムを増やしたから、自分を守ってくれると思ったら大きな間違いだ。司法試験をとったばかりの人間と、弁護士資格を持っていない弁護士事務所に働く20年事務職員、どちらが法律的に正しい判断がつくのかといったら、新人弁護士ではなく、弁護士資格のない弁護士事務所勤務の事務員20年選手だということが往々にしてある。資格はその道のスタートラインに立っただけだということを忘れてはいけない。

何はともかく、生活力の基礎を固める。生きる糧を稼ぐ。そのやり方を見つけることが大切だと思うのだが・・・・・。

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メモをとる [新卒・転職]

2019.11.22

こんばんは。

いい感じで寒くなってきた。冬に向かっては、こうでなければいけない。

腰痛も大分回復してきている。しかし、寝床に入るとき、寝返りをうつときなどは、やはり痛みを感じる。一昨日施術(マッサージ)をしてくれた人は若いお姉ちゃんだった。以前、別の整形では若いお兄ちゃんだった。別に若いから下手とか言うつもりはサラサラないのだけど、お兄ちゃんは極め付きの下手だった。「そこじゃないよ。もうちょっと下かな」と何回言っても違うところをもんでくれた。痛いところ、ツボをもんでくれないことほど馬鹿げた、陳腐な整体師はない。今回はそういうことはないだろうと思っていたが、やはり予想どおり下手であった。何であんなに下手なのか。これなら我が愚息のほうがどれほどましかと思ってしまった。よくこれで商売をしているものだと思ってしまう。しかし、一応礼儀として世間話をしながら、その方の実力を見抜いておいた。見抜くということは、次回1週間後という予約をしたのだけれど、一応、もう一回は行ってみるが、前回同様だったら、きっと次々回は行かないことになる。お金も結構かかるしね。


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昨日、若い人はメモをとらないという話をテレビでしていた。中高年の先輩諸氏は皆皆「今の若者はメモをとらない」と嘆いておいでだった。果たして、自分は研修時代とか、見習い期間はどうだったんだろうと考えたが、あんまりメモをとった記憶はない。仕事内容はデスクワークではなかったので、先輩から教わるといっても見て覚える感が強かったものだから、その場その場でメモをとっていると先輩の実践を見過ごしてしまうことになるので、メモをとる習慣は皆無だったと思う。後で、自分でメモ書きをしたことはしたが、先輩の目の前でメモをとった記憶はない。

いろんな職場があるから一慨には言えないが、先輩諸氏が「えっ」と思うポイントは、教えたことができないことに腹立たしさを感じるのだと思う。「あれは教えた。なのにできない。当然だ、メモらないからね」ということになるわけで、失敗しなければ、わからないことがなければ、メモをとらなくても怒られることはない。一言も怒られないと保証する。まあ、完璧にできる人間などいないから、そんな方は少ないかもしれないが、どんな形であれ、先輩を怒らせない受け手としての姿勢が大切なのだと思った。

教わるほうはメモをし、聞き逃さずすればいいわけだが、もう一つ大切なことがある。それは教えるほうにうまさが必要だということだ。教える方法は、大体の企業は、そうしっかりしたマニュアルがあるわけではあるまい。ほとんどが自己流と言っては言い過ぎかもしれないが、大多数が教えるほうの個人技が物をいうところが多分にあったのではないかと思う。だから、うまい上司のもとで教われば、結構いい感じで習得できるであろうが、あまりに下手な教え方だったりすると、それは大問題で、教わるほうは混乱してしまうことが多くなるだけになってしまう。いずれにせよ、新人諸氏は、よく見、よく聞き、よく質問。これが十分に行われれば、おいそれとは落ちこぼれにならずに済むことになると思う。

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レールから外れる生き方(3) [新卒・転職]

2019.10.31

寒くなってきたが、素足で過ごす過ごし方はいいかもしれない。体全体の気温に対する感じ方がかなり違うように思う。寒いのだが、そう寒くはない自分に気がつく。

そう言えば、秋の夜と言えばコオロギだが、今年はまだ鳴き声を聞いていない気がする。自然界は本当に大丈夫なんだろうか。


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昨今、稼ぎ方が変わってきたのは理解している。簡単に何十万、何百万のお金がIT経営者以外の一般の国民にも、その恩恵を浴せるようになってきたことは確かだ。どの世界でもそうだが、成功者の影には不成功者がいることも確かだし、三十代のころまでは、その成功者の成功にばかり目が向いてしまうのも重々わかる気がする。しかし、大人になってからの時間は長い。小学生の時代、長いと感じた人はどれぐらいいるだろうか。もし、その6年間をいじめぬかれていたのなら、長かったという感想に理解もできるが、普通の学校生活を送れていたのなら、その時間が長かったと思う人はそう多くはいるわけもなく、ほとんどの人たちは「あっという間」だったと思っているに違いない。

もう一度言うが、大人になってからの時間は長い。人生がうまくいっていようが、つまずいていようが、どういうわけか大人になってからの時間は長い。それは時代も世代も超越して、誰もが感じていることだ。それはなぜか。それは大人の時間は楽しくないからだ。子どものときのように楽しくはないからだ。大人の時間は、1つの楽しいことに対して10個の辛いことがある。たった1個だけど、10個の辛いことがあるからこそ、1つの楽しいことが輝いて存在する。辛そうに聞こえるが、全くそのとおり辛いことばかりだ。それが大人の変な世界だ。

そんな辛い世界には行きたくないから私はユーチューバーになる・・・・・・・・・としたら。

いいね!が1つ幾らかになるらしいが幾らかは知らない。が、それを職業にしている方がいる以上、多分、値段に換算されているのだろう。例えば、「いいね」1個が5円としたら、100個「いいね」があったら500円ということになる。1,000個「いいね」があったら5,000円になる。1万個「いいね」があったら、5万円になる。一日平均5,000個「いいね」があったら2万5,000円となり、1月75万円となる計算だ。確かにそれで稼いでいる方もいるようだし、テレビに出て有名になった方もいる。今年はクリア。2年目もクリア・・・・・・・それが10年後、20年後、毎年毎年5,000個/日をいただくことは可能なのだろうか。なんの組織にも属さず、年金もちゃんと納め、健康保険税もちゃんと納め続けることができるのだろうかと心配してしまう。

先ほど言ったが、大人の時間は長く苦しい。そんな長く苦しい時間に対応するのは楽しく儲けるユーチューバーだと思えるのは、やはり若気の至りだと思う。

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十人十色の挨拶 [新卒・転職]

2019.10.30

こんばんは。

今日は今秋初めての冷え冷えとした室温を感じている。シンシンと外は冷え始めているのだろう。とはいえ、千葉あたりの気候だから大口はたたけない。標高の高い山里はかなり冷え込んでいるのだろう。

今日(0時を回ったから昨日になった)は毎週恒例の愚息宅のフォローに行ってきた。やはり、3人の子育てはハードだ。愚息の週2日の休みと私たちの1日で週7日のうちの3日は嫁一人にはならないで済むが残り4日は一人で3人の子どもの相手をしなければならない。辛抱強く「よくやっているね」と言わざるを得ないが、自分の子どもだからできることなのか。やはり、母は強し。


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挨拶にもいろいろ言い方がある。

・相手の目を見て、無表情で行う挨拶。

・相手の目を見て、笑顔で 行う挨拶。

・相手の目を見て、仏頂面で行う挨拶。

・相手の目を見ず、挨拶の声だけで行う挨拶。

・相手の目を見ず、笑顔で行う挨拶。

・相手の目を見ず、無表情で行う挨拶。

・相手の目を見ず、仏頂面で行う挨拶。

・相手の挨拶を待ってからする挨拶。

・相手が挨拶をする前にこちらからする挨拶。

職場でも、ご近所でも、誰もがこのどれかに当てはまる。

あなたはどの挨拶を他人様にしているであろう。

私は上の3つのどれかだ。

どんな状況下であっても、共通して言えることは「相手の目を見て」だろうか。

私は人の名前を覚えるのは苦手だが、人の顔を一度見ると大体覚えていることができる人間なので、ついつい相手の顔を見ることになる。だから、そのスキルもあってか、自然と相手の顔を見ることを苦痛なく行える。

もちろん、それがベストであるとも思えないが、挨拶で大切なのは、相手に不快な思いをさせないという目的があるはず。挨拶は潤滑油だ。挨拶を気持ちよく行えることで、今後の仕事がスムーズにいくかいかないかが決まってくると言っても過言ではない。

私の周りに、いつも大層不機嫌そうに挨拶をする方がいる。その方の顔を見ていると、何か自分(私)に落ち度があるよう思えるような雰囲気を醸し出す挨拶をしてくる。悪いこととか、不機嫌な思いを、自分たちからその方にしてしまったのだろうかと思ってしまうほどのご挨拶だ。それを何回か面と向かってされ続けると、流石に笑顔で挨拶はできなくなってくる。10回ほど続けて不機嫌な顔をしながら挨拶をされ続けたものだから、私自身かなり自信がなくなりかけ、「そんなに嫌なら挨拶をするのをやめるしかない」と思い始めた矢先、今朝、その方にばったりと会ってしまったので、反射的に挨拶をしてしまった。まさに「してしまった」というやつだ。今回も案の定、朝から不機嫌そうに「おはようございます」と返してきた。今回、その方は出会い頭に顔を合わせたが、瞬間的に私の存在を無視した。しかしながら、私はひるまず、その後ろ姿を追うように「おはようございます」と挨拶をぶつけてみた。当然、今回も仏頂面の横顔を見つつ、彼女は私と目を合わすこともなく目の前を過ぎていった。何が彼女に朝から仏頂面をさせる原因をつくっているのだろうかと思ってみたが、やはり原因は自分にあるのか・・・・・・とも思ってしまうのだが、その方と顔を合わせるようになってから、たったの10か月程度。当然、挨拶程度のお付き合いなので、仏頂面の原因は当方には心当たりが全くない。これ以上、詰まらぬことで詮索しても1円にもなる話ではないので考えてはいないが、その方は職場で一体どんな挨拶をしているのだろうか。自分にしているような仏頂面の挨拶をしているのだろうか。そこはかなり興味があるところだ。もし、そうならば、もう既に社会人としての常識は全くのゼロだろう。


そんな詰まらぬ話をすること自体、既にジジイの域に達していると言われそうだが、現役の社会人にとっては、「挨拶」は重要なアイテムだ。挨拶をなおざりにすれば、一挙に、そして簡単に人間関係は悪くなる。上司であろうが、部下であろうが、人間は感情の動物だ。「あいつはいつも気持ちのいい挨拶をするな」と思われるだけで印象は随分と変わる。もちろん、挨拶だけですべてがクリアされるわけではないが、最低限の社会人としてのマナーであることは、10年経とうが20年経とうが、AIの時代になろうが永遠に不滅なんだろうと思う。


少々固いことを言えば、挨は「押す」で拶は「迫る」という意味があるらしい。つまり、押して迫る。押して近づくということか?


そう言えば、回転寿司「はま寿司」にも案内人はロボットだ。たしか名前はペッパー??

その物言いが結構かわいい。入店すると「いらっしゃいませ~~~」と高らかに言ってくれる。無愛想な社員さんより、かなり癒される声だ。

仕事帰り、行ってみるといい。

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自分の立ち位置 [新卒・転職]

2019.10.9

こんばんは。

台風は外国で騒ぐぐらい強烈なmonsterになっているらしい。本当に太刀打ちできるのだろうか。

太刀打ちと言っても対峙するわけではない。ただ頭を下げて通りすぎるのを待つ。それだけだ。何とか速く立ち去ってほしい。本当に気象条件はこの2~3年で大きく変わってしまった。トランプさんはそれでも温暖化にシラを切るのだろうか。全くのミスリードで、その罪は深い。


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仕事を覚え、自分なりにこなしていく。それが日々働く人間の繰り返しだ。そこには新人とベテランとでは大きく違っている。その違いは何か。それは仕事を完全に自分のものにしているか、していないかの違いなのだろう。新人さんに覚えたての仕事を自分のものにしろと社会は、あなたの会社は要求してくる。それに時間的な余裕を持ってくれるか、くれないかで、あなたにとってはいい会社と思えるか思えないかが決まってしまう。しかし、社会の仕事はそう単純ではないし、あなたのような新人さんが、どれぐらい消化しているかは外から全くわからないから、その判断は上司、先輩は容赦なく、消化しているものと見て指示を出すのが普通だ。それを理不尽と思うか、思わないかは微妙なところだが、教育カリキュラムが充実していようが、していまいが、余りそれは関係ない。仕事先相手があってのことだから、やはり、相手に不快、不安、お待たせをさせてはいけない。だから、ついつい乱暴な言葉を発する先輩諸氏も多い。

そんな状況を理解しろというほうが無理があるかもしれないが、新人は、そこもある意味余裕をもって先輩に対処しなければいけない。「あれっ、それって聞いたことないな。」「教わったことないな」と思ったら、すぐ確認だ。知っていることでも確認だ。知らなければ尚更質問しなければいけない。知らなければ、「ふぅ~ん、知らないだ」と思い、丁寧に仕切り直して教えてくれる先輩もいれば、「ふぅ~んと」と言った切り、さっさと自分で仕切ってしまう先輩もいる。それはそれで、その先輩諸氏のキャパシティの問題だから仕方がない。ただ、「えっ、それって知らないから教えてよ~~」と思ったら、絶対に忘れずにメモることだ。それを後でその先輩に聞くか、別の先輩とか、同僚に確認し、それをマスターする。そこには「ホウ・レン・ソウ」、この言葉はきっと耳蛸だと思うけど、別の言葉で言ってしまえばコミュニケーションということだ。言葉を交わして、意思疎通を図る。今の若者が一番不得手なことだ。しかし、このコミュニケーションは大切だ。かなりのアイテムだ。疎かにしてはいけないツールの一つだ。

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ほっと一息している違いない [新卒・転職]

2019.9.21

こんばんは。

今日は久々に本業の仕事を朝からやった。大体、グウタラな私のエネルギーは午前中には切れる。

午後は大体眠くなる。パソコンで打ち込みをやっていると結構「舟をこぐ」ことが多い。一応、言っておくが、これは若いころからだ。年をとったという訳ではない・・・・・・・・・・・・・・・と思っている。


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普通、サービス業以外の方々は今日から三連休のはず。この三連休に呼び出しを食らって出社しなければならない御仁はよほど重要なポストなのか、自分しかこのポストにはいないのか、自分が社長兼掃除婦なのか。まあ、事情はどうあれ、出勤しなければならない方は日曜も平日もない。

自分も現役のころはこの手の人間であった。だから育休などしたこともないし、イクメンなどという言葉も意味もよくわからない。しかし、家庭内の仕事に対する理解は十二分にあったつもりだ。そこは昭和一桁の人間とは違い、家事は女、仕事を男などとは露ほども思っていない。つまり、現役のころは家事がする暇がなかっただけだ。

人は他人に認められてナンボの人生を歩むわけで、認められないことは自分の存在がないに等しいということになる。それは男として、社会人として、人間として自分をも許せないし、認めてくれない上司も許せない?というか、なぜ?なんで?という気持ちが沸いてくる。

何が自分に足りないのか。自分は嫌われているのだろうか。どこをどう変えればほかの人間と同等の扱いを受け、同等の評価をいただけるのだろうかと考える。それはまともに仕事をしていればしているだけ大きくなって自分に帰ってくる。真面目な人間ほど倍になって帰ってくる。

新人さんは大方、そのような思考回路で仕事をしているわけで、その疑問を上司に、研修担当者に聞ける環境があるならば、それは十分に対処できるし、吸収・消化していくことはできる。しかしながら、そういうことをしたがらない上司、研修担当者が時としている。つまり、新人嫌いの上司・研修担当者だ。そういう上司は大体愛想が悪い。自分が挨拶をしても大概その挨拶は、その上司を通り抜け、部屋の壁に虚しく響いていく。しかし、その上司は同僚、上司には頗る機嫌よく挨拶をする。自分に見せつけているがのごとく愛嬌よくだ。

しかし、仕事は覚えなければいけない。自分がその仕事がわからないとき、ほかの上司に「えっ、これ知らないの?」と言われる。私「はい。教えていただければ助かります」、上司「これはね、こうして、ああして、そうするとこうなるわけで、本当に教えられていないの?」とくる。私「はあ、多分」。私も新人とは言え、教わっていないと言うことは、自分の担当上司・研修担当者の立場が悪くなる?というのは何となくわかるので、そこははっきり答えられないので、しどろもどろになる。

真面目な人間であれば、ノートをとったり、今だったらICで録音を録ったりして復習をしながら仕事を覚える。それは常識の範疇だ。しかし、担当上司・研修担当者も人間。抜けもあれば、記憶違いもある。しかし、そこをはっきりさせなければならない必要は一向にないわけで、裁判でもないわけだから、それの判断によって一生涯、自分が不利益を被るわけでもない。

大切なことは、担当上司・研修担当者に教えを請うているときも、別の部署で自分が仕事をするときも、知っていることは近くにいる上司に確認をしてからやる。知らないことは近くにいる上司にちょっとわからないのだけれどと一言言って教えを請う。それを続けると、最初は笑われたり、馬鹿にされたり、不審がられたりするけれど、馬耳東風でやり続けることで、自分に対する信認がだんだんと生まれてくるものだ。もし、あなたが一を知って百を知るような逸材であれば、何ら問題はないのだが、平々凡々たる私のような鈍臭い人間であったらば、そこは平身低頭教えを請い続けなければいけない。

職場において信認をいただけない人間は、大体知らないことを知っていると言い、間違ったやり方を平気でやってしまい、そしてそれを謝らないことだ。そういう人種はたまにいる。出会うことも多々あったことを思い出す。そういう方は大体直ぐに退出(退社)してしまう方たちだ。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という諺があるけれど、実ってもいない自分なら、それは益々頭を垂れて人に聞くしかないだろう。

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極める(究める) [新卒・転職]

2019.9.19

こんばんは。

今日は庭仕事、思った以上にはかどらなかったがやれた。日中は日差しはあるものの夏のそれとは全く別物となった。

台風が来ない穏やかな日があってもバチは当たるまい。でも、停電の地域が同じ県内にあると思うと心は余り晴れず、心のピーカンには程遠い。


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こんなことを言うと「年寄りの冷や水」だと言われそうだが、こんなことぐらいしか老人である私には言えないのだから、一応、思いつくままに書く(言う)ことにしよう。


人は何かの生業で生きていく。

生業(なりわい)とは生活の糧だ。腹が減ったからコンビニにおにぎりを買う。それで腹が満ちれば、元気が出る。しかし、そのおにぎりを買う金がないこととなると、それは困りものだ。

小学生なら、中学生なら、高校生なら親にねだればいい。しかし、社会人と言われる22歳以上(18歳かも)なら、親のスネをかじって生活することは余り大声で威張れる行為ではない。だから働いてお金を稼ごうと誰もが思う。しかし、お金を稼ぐには自分の体、頭を提供し、その交換物としてお金をいただかなければいけない。頭のいい人間はその頭脳を提供し、お金を得ればいい。それは弁護士かもしれないし、大学教授の先生かもしれない。自分の頭脳を売る。これは効率がいい。稼ぐにはもってこいだ。

残念ながら、その頭脳、売れるような、買ってくれるような頭脳でない場合はどうするか。

自分の体を提供する。それはコンビニの店員かもしれないし、新聞配達かもしれない。ビルの保安員かもしれないし、高速道路の清掃員かもしれない。電車の運転手もあれば、牛丼屋の店員もいれば、ラーメン屋もいる、スーパーのレジ打ちもいるだろうし、電車の運転手もいる。不動産屋もいれば、宅配便の運転手もいる、飛行機のパイロット、ゴミ収集車の運転手もそうだろう。どの職業にしても、それはすべて自分の体を提供することで対価を得る。世の中のほとんどの人たちが自分の体を提供し対価を得ている。

「職業に貴賤なし」と言う言葉がある。「貴賤」とは身分の高い人と低い人を指す。つまり、「職業には身分の高い・低いはないんだよ」と言っているらしいが、残念ながら、それはきれいごとだ。

弁護士とごみ収集車の人間、二人のうちどちらかを選べと言ったら、あなたは、世の人はどちらを選ぶであろう。間違いなく弁護士であろう。誰も好き好んでごみ収集車の人間を選ぶはずがない。

しかし、皆が皆弁護士になれるわけではない。そこには無常にも選別というシステムがある。

じゃ、どうする??

弁護士になれた君はいいが、なれなかった僕はどういう人生を送ればいいんだということになる。

が・・・・・・・・・・・・果たして、本当にそうであろうか。

人生は捨てたものではない。人には適材適所という言葉がある。天は人に二物を与えずという諺もある--先日「あいつ今何してる?」で二物を与えられていた人がいたが、それは全くの例外だ--それは余談として、言いたいことはここからだ。

どんな仕事でも「極める」という仕事がある。世の中のほとんどの人は仕事をしているが、それが対価を得ていようが、得ていまいが、「極める」をしているか、していないかで、その人の輝き(価値)は違ってくることを忘れてはいけないということだ。

「極める」ということに対して、その進級試験はない。全くのフリーランスな地位だ。その地位に自分がいるか、いないかということ自体、その人も意識をしていないのが「地位・極める」だ。

先日、東北道を走っていたときのこと。パーキングリエリアのトイレに入った。今はどこのトイレもきれいではあるが、2~3時間掃除をしなければ、途端に悪臭を放つ、それがトイレだ。

そのトイレは芳香剤ではない何か違った匂いがしていた。用を足した。ちょうど清掃をされていた方がいたが、何とも芳しい香りがしていた。それはサンポールでも、消臭力でも、ファブリースでもない匂いだ。

花があった。生花であった。それも6か所も置いてあった。自分は納得した。そうか、この生花の匂いだ。

私「いい匂いがしますね」

清掃員「今、掃除したばっかりですから」

私「でも、芳香剤の匂いではないですね」

清掃員「特別に何も・・・・」(ご本人は気がついていない様子)

私「このあたりのPAでは一番きれいで気持ちがいいですね」

清掃員「そうがですか ありがとうございます」

その生花は高いゴージャスな花ばかり・・・・・・・・・・・・・・・・・ではなく、パーキングエリアの裏山に咲いているような野の花だった。どれも見たことのあるような、私の庭にも放っておくと咲き放題に咲いてしまうあの黄色い花とか、白い花、そんなものばかりであった。

あの方(そのサービスエリアの清掃員)たちは、「たかがトイレ清掃員」でしかないけれど、その道を極めた「されどトイレ清掃員」であり、堂々と自信を持って仕事をなさっていた。

どんな仕事でも「極める」「究める」こと。これが一番の財産なのだと思う。

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週末の反省会 [新卒・転職]

2019.4.19


こんばんは。

今週も精一杯働いた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と君は思う。

学生時代はそれで完結して終わっていたし、周りの友人も皆皆、それがいいにつけ、悪いにつけ認める立場にいてくれた。だから、疲れていても安らいだ。


社会に出て思うこと。それは自分の立場とか、気持ちをおもんばかってくれる人は誰一人いないということか。いたとしても、それはただの慰めなのか、お世辞なのか。こっちの立場を認めてくれたとしても、それはワンフレーズのみ。あとはみんなこちらの立場を認めることはせず、ただただ失敗を失敗として責め続けてくる。先輩として、上司として、思いっきりやれ、責任はみんな俺がとってやる的はことは言うけれど、その前にもっとちゃんと仕事を教えろよと思ったりしてしまう。

あんな教え方では、こっちが誤解してしまうじゃないか。もっとはっきりとこっちが聞き取っているか、理解しているか自分がわかってから次を説明し、手順を教えるべきじゃないのか。まだこっちがノートを書いている途中に、次に向かってしまう、そのせっかちな行動癖はやめるべきだと思うよ。

 

なんて本音で上司に言ったら大変なことになることは目に見えている。

さあ、そんな他人を責めたって仕方がない。まずは仕事を覚えて一人前のスピードでこなせることにするしかない。来週はそこをまずマスターして、再来週には、それをそつなくこなせるよう目標を組もう。

あんな上司には負けられない。そんな上司には負けられない。


今週の僕の反省会は終了だ。

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新しい環境下で自分を見失うなかれ [新卒・転職]

2019.4.3


こんばんは。今日は午睡をしたので、少し夜も仕事をしなければいけない。

とは言え、タップリご飯の入ったお稲荷さんを3個、塩サバ、菜の花のおひたし、胡麻とニンジンと油揚げの白和え、そして納豆、味噌汁を食すれば、腹は十分にふくるる思いだ。直ぐに眠くなりそうだ。


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新入社員が多く街にあふれていることだろう。まだまだ周りを見る余裕もなく、あってもそれは見るに当たらず、眺めているだけかもしれない。自分にできる仕事だろうか。仲間はできるだろうか。上司に気に入られるだろうか。仕事を覚えられるだろうか。どこに配置されるのだろうか。

・・・・・か?

・・・・・か?

・・・・か?の連続の日々。自分がわかっているのか、わかっていないのかもわからない不思議な世界に自分がいることに益々不安になる。

要領がいい人間は、これは必要なことなのか、必要ではないことなのかが瞬時にわかる人のことを言う。要領が悪い人間は、これが必要なことなのか、必要ではないことなのかが瞬時にわからない人間のことを言う。だから不要なことであっても、とりあえずメモをとり・・・・・、そしてメモをとる。だから肝心なこと、メモをとらなければいけない段になって、それをうっかり聞き漏らす。そして無駄を重ねる。聞き漏らしたことが重要なことだったりしたら、それは最大の汚点となり、「あいつは集中力がない」と烙印を押される。無駄なことはいっぱい頭にインプットされているのだから、それを聞いてほしいと思うが、組織の人間は、そんなことはついぞ聞いてこない。聞いてくれれば即答し、自信もつくのに、誰一人聞いてくれない。鈍臭い人間は、そういうものだ。無駄なことを一生懸命記憶する。しかし、社会はそんな人間には思いの外、冷たい。

そんな精神状態だから、自分が何のためにこの会社に入ったのかを忘れてしまう。

自分の立ち位置を明確に持て、自分が30歳、40歳、50歳になったときに、一体何になりたいのか。たった、これだけの時間しかない。どう頑張ってもたったの30年しかない人生だ。君の選んだこの会社で、どんな経験(スキル)を積みたいのか。日々の細かな作業など、小さなことだ。そんなことに神経をすり減らしてはいけない。会社のために自分を粉にして働くのではなく、自分のために、この会社が何をしてくれるかだ。あくまでも、自分のステップアップの手段として、会社が君のお手伝いをしているのだ。だから、萎縮することなく、前を、明日を、希望を、夢を持ち続けなければいけない。

運悪くブラック企業に入ってしまった君であったとしても、そこでマスターできるものが確実にあるはず。そのアイテムを次のステップで使うためにも、自分のものとしなければ時間の無駄となり、デブリ化となる。そうさせてはいけない。時間は平等だ、上場企業にいようが、三流企業にいようが条件は全く同じだ。問題は、いかに自分の周りにある事柄を、自分のものにし、次につなげられるかだ。


何もしない人生は、無意味で長く辛い。しかし、目標ある人生は、有意義で短くそして楽しい。


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活動寿命 [新卒・転職]

2018.12.13


こんにちは。

今日はいい天気ながら寒い。



若い人にとって寿命という言葉は他人事だ。

健康寿命ってなんのこと? と思っていて当たり前だ。

まだまだ先のことだからね。


最近、駅前を歩いても、ホームセンターに行っても、飲食店に入っても、どこもかしこも老人ばかりだ。車で行き交う際にふと運転手を見ると、大体が老人だ。

彼ら(私も含め)は生きているけど、活力はない・・・・・・・・と言っては失礼。いや、若いころより減少している。

若い人から見ていると、のんびりしていていいなと思うかもしれない。

しかし、本人は必死なんだけど、体が、頭が追いついてこないというのが本当のところだ。


これが活動寿命。元気なんだけど、ついていけない。生き生きと目標を持ち、活動することができなくなる。それは幾つからかは個人差がある。50歳の人もいれば、60歳の人もいる。70歳でそれが訪れる人もいる。

成人し、社会人となり、自分の考えが確立。その後社会に揉まれ、リタイアをする。これは誰もが通る道だ。

ということは、自分が納得し、行動し、後悔してもしなくても自分でコントロールできる期間は幾つぐらいだろうか。30歳からスタートしたとして60歳までが活動寿命だとすると、せいぜい30年ということになる。


人生80歳、100歳と騒いでいるけど、実際、中身のある、元気はつらつの期間はたったの30年間、1万950日、26万2,800時間しかない。

その間、結婚もするし、ゆっくりしたい休日は育メンをしなければいけない、リストラに遇うかもしれないし、親の死とも向き合わなきゃいけない、離婚も・・・・・・・・時間泥棒はたくさんいる。


時間はたっぷりありそうだけど、実は余りない。時は金なりだね。



あたしは、あと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・

    ・・・・・・・・ 

          ・・・・・・


・・・・・とっくにタイムオーバーだ。


 

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