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この後に及んで・・・。 [コロナ]

2021.5.26

こんばんは。

今日はピーカン。夜、皆既月食?らしいので外に出たが、雲の向こうにぼんやりと見えるだけのお月さまであった。24年後しか見られないらしいから、少しだけ異様な赤みを帯びた月を見たかった。これは地震にも影響していると専門家はもっともらしい意見を言っているらしいけど、幸いにして、今のところその兆候はない。でも、北から南にかけて最近の地震数は少し多く、怖い感じがする。

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オリンピック、この話は腐るほどテレビでもやっているので辟易だが、自分がトップだったらどういう決断をするんだろうと思うことがよくある。別段、政治家に興味はないが、国民である我々の生活に直結することに関しては平和惚けを楽しんでいるわけにはいかない。今回、まさにコロナはそうであったことは、ノンポリである若者にもヒシヒシと感じていることだと思う。

今日の題名になっている「この後に及んで・・・」のタイトルは、新聞記事を読んでいてバッカじゃないのと思う事柄があったから。毎日の夕刊。毎日新聞は薄っぺらで読む手間隙がかからないんだけど、たまにいい記事もある。オリンピックで日本を訪れる外国人の件だが、日本の検閲のハードルは無法地帯に近いことになることは間違いない。それに対抗する措置として、GPS機能を活用すればいいと誰もが思う。選手は競技場と宿泊施設を往復するだけで罰則規程を設けると言っているので少しだけハードルは高い。しかし、その周りの人間、IOCのVIPと言われる人間であったり、報道関係者、そしてその補助的要員などは宿泊するホテル側が都度チェックをし続けるわけにもいかず、本人の自己申告的なものに頼ることになるという。

なぜGPSを使わないのか? そこには個人情報があるからと記事には書いてあった。

この後に及んで個人情報云々というか!この非常事態の世界的なパンデミックであっても来日外国人に対して個人情報云々という日本政府の判断が分からない。何に対して躊躇しなければならないのか。日本人の生命を守らずに外国人の顔色をうかがわなければならない日本政府のその姿勢が全くわからない。

 

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見失いがちな目標 [生活]

2021.5.25

こんにちは。今日も一日快晴。真夏のような暑さになりつつあるものの、まだまだ庭仕事はやりやすい時期。

最近、木材の輸入が滞っていて、結構、価格が高騰している。ロイヤルなどに行ってみても棚は空っぽ状態のところが多くある。たまにしか行かない私は、その値段も、どの種類がないのかも分からないが、大工さんは結構困っているんではないかぐらいは容易に想像できる。

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最近、よく夢を見る。何ということはない夢なのだが、それを見ている最中は結構真剣で、どうしようとたじろいでいる自分を見つつ夢から目が覚める。結構、現役時代のことが多く、3回天職している私は、2回前の職業のことがよく夢に出てくる。自分としては、その職場にいるときが一番のストレスだったんだという証。

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こんなに時間があるのにって思う。だけど、日々の事柄に関わってしまって、大切な目標がついつい後回しになってしまっていることに気がついた。もう少し深く分析をしてみると、その目標って一朝一夕にできることではないことに気がつく。それにやったことがないので、ついつい後回しになっしまう。それを一番先にできれば多くの問題は解決できるはずなのに。「分かっているけど、やめられない」というところか。自分に与えられた時間はだんだん少なくなっていく。こう書くと「そりゃ、あんただけだろう」と言われてしまうかもしれないが、時はいつも平等で、その気配を感じられるか、感じられないかの違いだけだ。「感じられるだけ」自分のほうが少しはましだと、ちっぽけな誇りをまた胸にまとってしまいそうだ。

それでは何も解決しない。それでは何も進まない。

タグ: ストレス
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ヤングケアラー [医療・介護]

2021.5.24

こんにちは。

とはいえ、もう夕方。一日の過ぎるのは速い。特に年を重ねていくとより速くなる。どこかのテレビで言っていたが、年を重ねていくとだんだんその過程がわかり、予測がたやすくつくことが多くなる。したがって、時の経つのが速いということらしい。分かったような分からないような、凡人な私としては、分かったようなフリしかできない。

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「ヤングケアラー」つい最近も新聞で載っていたワードだ。関係のない人たちは全くと言っていいほど関心がないが、それはそれで仕方がない。それが世の中だ。

しかし、当事者である方々は、これはかなり深刻な問題。これも静かに密かに進行していく。マスコミはいいにつけ、悪いにつけ格好いい言葉を付ける。これはマスコミではないかもしれない。何とか審議会というお偉い学者さんがたくさん出席する会議資料で登場することも多いから、霞が関のお役人あたりが作り出した言葉かもしれない。

まあ、それはいいとして、先日、新聞記事でヤングケアラーの当事者が言っていた言葉が今も心に深く残っている。

そうそうその前に一応言葉の説明をしておくと、ヤングケアラー--若くして介護の経験をしていた人、している人のことだ。

その記事には訪問医療とヘルパー介護のことが書いてあり、ヘルパーさんの動向に不信を抱いていると書いてある記事があった。その方は現役の学生さんで祖母を介護していた。家の鍵はキーボックスなどに保管し、家族の不在時、ヘルパーさんは決められた時間に自由に出入りし、介護や診察をするというシステムだ。

決してヘルパーさんがみんなそうだと言っているわけではないが、一応、在宅介護・訪問診療・自宅での看取りを経験した私としては、痛いほど、その気持ちが分かってしまったことは確かだ。

私の場合、親の家で介護をした。親の動きは止まっても、親の生活していた家はそこにあるわけで、親の生活の残骸というか、残存物はあり続けていたわけで、流石に貴重品は残しては置かなかったが、自分たちにとって「大切なもの」「見てほしくないもの」は完全に払拭できるはずもなく、家の中に残り続けていく。あるとき「あれっ」と思うことが起こったので、そのことを確かめるべく部屋に細工をしておいたことがあった。

親は介護度5の寝たきり。寝返りをうてるわけもなく、人が手を加えない以上、朝寝かせた姿勢は夜までずっとそのまま。それが介護度5の現実だ。

私の親は物を大事にとっておく人だったので、家中昔のものが転がっている状態で、他人が多く出入りするようになり、押し入れに整理してしまっておくしか方策はなかった。もちろん、押し入れはドアは付いていて、そのドアを開けない限り、中は見ることができない。前日、その押し入れの中を確認し、ドアを閉めて退出した。翌日、再び親の安否を確認すべく部屋に入ってみると、確かに占めたはずのドアがほんの少し開いていた。ドアは固く押し込まないと閉まらないドアで、他人が多く出入りする現在、意識をして押し込んでドアを閉めた、はず・・・・・・・。しかし、私の記憶違いかもという思いもあり、今一度確認することにした。正面切って相手に聞いてみるのも少々エネルギーで要るわけで、今回はそれは不適当だと感じ、やめた。少し後ろめたい気持ちもあったが、そのドアに細い紙切れを挟んでおいた。誰かが開けなければ、その紙切れはそのドアに挟まったままのはず。しかし、その翌日案の定、紙切れは挟まったままではなく、畳みの上に落ちていた。

つまり、誰かがこのドアを開けたことになる。そのドアの中身は金目のものはないが、何がどれだけあったとか記録するつもりもないし、する必要もなかったわけだが、親の介護に関係ない、このドアの中を覗くこと自体に腹が立った。

その翌日からは、ヘルパーさんが来る時間には必ず帯同し、その行動を牽制することにした。当然、事はそれ以上大きくなることはなかった。

当時、私は自営業ということもあり、自宅で仕事をすることも多く、その自由度は学生やサラリーマンより格段に大きかった。しかし、問題は若い介護者だ。学生であったらば、そんなことを薄々勘づいたとしても、時間もないし、それをどうすることもできないのが現実だろう。もちろん、ヘルパーさんには立派に真面目に家族が見ていようが、いまいが業務を忠実にやっている方もいらっしゃることは確かだ。しかし、そうでない方がいることも確かだ。介護以外にヘルパーさんへの気配りもしなければならないことは本当に大変なことだと思う。高校生が介護するだなんて私は考えられない。

ほかにも2回ほど「あれっ」と思うことがあった。人間は素直をもので、後ろめたいことをしているときに出くわすと、家族の方にそれを悟られまいと妙な対応をすることが多い。その方たちはまだいいほうかもしれない。全く顔にも出さないもっとすごい強者はきっといるに違いない。

ケアラーはヤングだけではなく、アダルト、ミドル、シニアとどんな世代でも起こり得ること。あなたが一人っ子なら100%あるわけで、二人兄弟にしろ、三人兄弟にしろ、誰がどう見守るんだなど、ケアに関わらなければならないことは必ずある。伴侶がいれば相談をしながら解決できることも、独身であれば、おのれ一人でそれを抱え込まなければならなくわけで、自分の人生をかけて介護をすると言っても、決して言い過ぎではない。

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終わってしまいました(2) [バラ]

2021.5.22

曇天の一日。これ幸いと庭仕事。前回、淡雪の咲きがら摘みを書いたが、今回もまたその続き。

終わった蕾を一つ一つカットすることは大変な作業だ。前回カットしたの道路側でそこは公共の場所になる。それで先先とカットしなければならない事情が生じた。

今日は庭側なので、ほぼ咲き終わったものをカットした。だから、蕾を気にすることなくカットすることができる。

DSC_0763.JPG



このようにほぼみんな茶色に変色気味。

だから一気に鋏を入れることができる。
















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パツンと鋏を入れる。












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こんな感じだから頗る作業は早く進む。でも、これだと花びらは地上に落下した後なんで、掃除が大変なことになる。

公道だと周りに気を使うからね。だから外側はなるべく早くカット。内側(庭)はゆっくりカットと相成った。

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転職はプロローグでなければならない [新卒・転職]

2021.5.20

こんばんは。

転職はステップアップをするため、したいため、にする。「天職」ならいいけれど、そんな方はまずいない。その数は芸人で成功するよりはるかに少ない。ほとんどの方は「点職」となり続きが効かなくなり、八方塞がりとなることが多い。

今は確かに厳しい。コロナだからね。家電量販店にいる方にはスーパービックボーナスとなり、外食産業に勤めている方は死活に関わる問題となり、嫌な上司から解雇通告を受けるはめとなっている方もいるかもしれない。

大きなことは言えないが、私の転職は全くプロローグの連続ではなかった。

プロローグ--一体こ奴は何を言っているんだと言われても困るんで、その意味を書いておこう。プロローグ、これは前置き。本題の前の前置き。この前置きがあってこそ、次にこれが来る。誰もが、その場面に来れば、妙に納得するというあれです。

舞台俳優を目指している人がいる。発生練習をする→ダンスを練習する→歌を練習する→演技の練習をする→すべてのアイテムをまとい舞台俳優となる。これが一般的な流れで素人の我々も理解でき得ることだ。舞台俳優になるために、少しずつその武器を手に入れていく。当然のルートルートだ。しかし、これを我々の生活の糧である仕事に移して考えていると、なかなか思い通りにはいかない。それはなぜなんだろう。

私のことで恐縮以外の何者でもないが、少しだけご紹介をさせていただく。全く偉そうなことは言えないが、簡単に言うと照明器具会社の経理→サービス業→事務屋という全く脈絡のないルートをたどっている。そこにはなんの一貫性もなく、将来、何をしたかったのかという流れも見えない。ひどいもんです。

つまり、自分の人生において、舞台俳優のように目的が明確になっていないと絶対に失敗するということ。目的が明確になっていれば、そのステップの途中で起きる出来事など全く眼中に入るわけもないから、そのことで悩むことなどあるはずもない。人間関係で悩み転職をしたいと思っている人は、自分の目的が、その職場の人間関係を良好にすることが最終目的になってしまっているということになるわけで、それは実におかしなことだと気がつかなければならない。

自分の目的達成のためなら、人間関係などは二の次であり、給料、待遇など二の次にすべきことかもしれない。だからといってブラック企業に甘んじろというわけではないが、とにもかくにも、自分の目的を見失わないことだ。

一つだけ、自分を弁護しておくと、1回目の転職時、私の頭の中には人間関係、環境・待遇は全く頭の中に入っていなかった。また、その職場の他人さんが、自分をどう思っているかなどは全く眼中にはなく、ただただ仕事を覚えることに夢中になっていたことは確かだ。つまり、一瞬だけ、「この仕事をマスターしよう」が自分の、そのときの最終目標だった気がする。

現実は厳しいだけだけど、30代の自分は、40代の自分は、50代の自分は、一体どうなっていたいんだろうという最終目標をはっきりとさせて、意識し続けることが、自分の人生を大きく成長させる術だということに気がついてほしい。

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終わってしまいました [バラ]

2021.5.20

こんにちは。

今日は夜から大雨らしい。日中は何とか降らずに済んだので庭仕事が少しできた。

バラは大方は終了。これからは、その後処理をしなければならない。

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これは淡雪。我が家では一番香りが強いバラ。最初に1本を買い求めたが、案の定カミキリムシにやられ、枝の半分は死んで瀕死状態となったものの何とか復活させた。新緑のころにシュートを何十本も挿し木をし、そのうちの何本かが成功。カミキリムシ対策も兼ねてサブ的に育てたもの。大元の淡雪は別のところに植えてあるが、この塀には、その挿し木で増やした4本を植え込んだ。








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この写真のように、蕾、花の真ん中が黄色いもの、黒いものとその開花する時期は分かれる。

黒いところは切り落とすところ。黄色いところはまだ香りが香ばしく、切り落とすわけにはいかない。奥に見える薄ピンクは蕾、これはこれから花が咲くので、こちらも切り落とせない。










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つまり、大元の枝をパツンと切り落とすわけにはいかないので、この1本、1本花が終わったものから鋏で切り落とさなければいけない。これがえらく手間な作業だ。

まあ、この手間が好きでバラを始めたんだけど、小さい花が咲くバラほど手間ひまがかかる。

それじゃ、花が全部終わってから切ればいじゃんということになるけど、そうすると、最初のほうで咲ききったものはローズヒップ状態で栄養をかなり吸い込むことなる。二、三百以上はありそうなローズヒップを意図せず育ててしまうことになるので根っこはかなりのダメージがあるんじゃないかと思うと、そう簡単に開き直ることもできない。

ということで今日は、淡雪の咲きがら摘みをせっせとやった。

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良好な人間関係が人生の最終目的ではない?はず [新卒・転職]

2021.5.19

こんばんは。

今日は一日雨。こぬか雨だと思ったら、だんだんと強く降ってきた。外仕事はダメだから、家仕事をすることにした。

仕事中心の全盛時代、大活躍したファックス、これもいつの間にか二代目。先代のファックスは使い潰してしまった。パソコンもキーボードも大体は使い潰してしまう。私たちの使い方が粗いわけでもあるまいにと思うけど、やはり、仕事のし過ぎたものは大体壊れていく。せめてものなぐさめは体が壊れないことか。そういう我々も目が駄目だし、体もボロボロになりつつある。そんな頑張ってくれたファックスは、いつも机の上に鎮座していたのだけれど、それの出番はだんだんと減ってきたということで、それを足元に置くことにした。使っていない椅子が一客あるので、それにファックスを乗せ、机の下に入れようと算段した。しかし、椅子の足が長いのとファックスの縦幅が長いため、机の下に入らないことに気がついた。それで再びああだ、こうだとない頭で考えていると、家人が一言「机の下、掃除しにくいのは嫌なんだよね」とポツリ。

家人はかなりな掃除好きなので、足元に置いたら置いたで、そのファックス台を動かして掃除機をかけたいと言い出した。で、出した結論は椅子を半分に切り、下半分に板を敷いて固定、足の先端にキャスターを付けて完成。一応は成功したかに見えたんだけど、木ねじなんかは残り物を継ぎ足ししてやったもんだから、スポッとキャスターの一つが抜けてしまったというお粗末。それを今日、いいタイミングで直したというお話--相変わらず、くどいね。

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今日テレビのニュースでリモートにおけるハラスメントのことをやっていた。そうか、今はリモートでも上司からいびられるんかい、と思ってしまった。組織の中に入っている以上、職位の上下もあるだろうし、社歴の上下もある、男女?の上下もまだまだある。それは未来永劫ずっと続いていく。だから、そんな関係とは無関係でいたいと思う人間は、組織という社会形態から脱出するしかない。脱出しても、それに代わるアイテムがあれば十分に闘えるだろうけど、そのアイテムがない人は、ただただ下に落ちていくしかない。

アイテムとはなんぞや? 資格? 他職種にまたがる職歴? 1職種に特化した奥深い職歴?

転職サイトなるものが未だに大はやりだ。「未だに」と言ったのは結構昔からあるから。

その是非はともかくとして、「転職」というキーワードは、他人から見れば現実逃避と見られないこともない。特にアイテム(資格)がない人間に対しては、結構その見方は厳しいものがある。本人を前に、それを正面切って誰も口には出さないけどね。

そんな厳しいイバラの道の転職。その根本原因--もちろん、十人十色であるからして、100人いれば100通りの理由があるのはわかってはいるんだけど、その中の大半?もしくは、それ以上は、多分人間関係??かもしれない。いや、人間関係だ。

私の現役時代、一応、ちっぽけな組織があって、運悪く、その一番上にいたもんだから部下の相談に乗らなければならないことが何度かあった。当時は私は未熟なもんだから、聞き方が悪かったこともあって、なかなか本題に入れないご本人を前に、こちらは時間を使うことぐらいしか方策は思い浮かばないものだから、じっと彼に合わせていると、ご本人はモジモジとやっとこ話を始めるというパターンが多かったような気がする。その大体が「辞めたい」、「ほかにやりたいことがある」というもの。もう少しよくよく聞いていくと、そこには人間関係の悪さが浮かび上がってくる。人間関係の悪さに耐えられないと言う。いや、正面切っては言わない。言えない。男じゃけん、言えるわきゃなか・・・というところだろうか。

そして、多くの方々が仕事の良さを二の次にして、別の職場にドロップダウンしていく。そういう方が多い。

自分はこの職場で何を学び、何を身につけ大きく成長していくつもりなのか。そのことをついつい忘れがちになる。そして、人生において最もちっぽけな人間関係を巨大化して見てしまい。自分の見るべき方向を見失っていく。そういう方々が実に多いということを今日のブログでは申し上げたかった。

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今年はまずまずの合格点 [バラ]

2021.5.18

こんばんは。

千葉は一日中雨。多く降るわけではないが、洗濯物は出せないし、外仕事も器材を出して本格的にすることはできない微妙な天気。こういうときは家での仕事に精を出すほうがいいに決まっている。そんなわけでは今日は家の掃除と回覧板の下書きをして終えた。

バラは昨日の強風で散っていくものは粗方飛んでいった。私にとってはかなり好都合で、花柄摘みをするのには最適。夕刻雨間を縫って30分ほどほど摘んでおいた。

咲きがら摘みを早めにやると家人が「もったいないよ。満開にならないじゃない。満開の状態を見たいよね」とおっしゃるが、私としては、バラの開花の最盛期を過ぎたものは醜くなるばかりで、さっさと摘んでしまいたいと思うほうなので、割と早めに摘んでいる。しかし、花が開くとミツバチが多く飛来するわけで、咲きがら摘みをしている脇でせっせと雄しべ、雌しべの中に頭を突っ込んでいる姿を見ると、待て待て、もう少し待ってやらないとこいつら蜜が吸えないことになる。もうちょっと待つかとなってしまって、家人とは別の理由で摘み取りが遅くなってしまうこともままある。

花びらが開く→花の中心の花びらが最後に開く→雄しべ・雌しべが見え隠れする。この段階まで来るとミツバチは落ち着いて蜜を吸える。私は雄しべ・雌しべが見え隠れの前段階で摘み取る。ミツバチはゆっくりと蜜は吸えない・・・・ということになる。

しかし、これはミツバチに聞いたわけでもないから、多分、だろうと思う話。


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これは春霞。まさにこれから開花しようとしているところ。
















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徐々に開き始める。


















DSC_0741.JPGそして、大きく開き。脱色し続けながら花びらは汚く汚れていく。

春霞は速いうちに真ん中が開くので、雄しべ・雌しべはよく見え、きっと蜜も吸いやすいはず。
















DSC_0742.JPG





これは「うらら」。




開花直後。人間と同じで若さは実に眩しい。

羨ましい限り。










 

DSC_0743.JPG




そして花びらが開き・・・。

















DSC_0744.JPG




全開となる。流石にこのときはまだ摘み取りはしないが、あと半日もすれば、私の基準では摘むことになる。
















DSC_0747.JPG






中心の部分の最後の1~2枚の花びらが雄しべ・雌しべを覆っている。この奥に蜜があるはず。

これは私が無理に開いた状態のもので、普通は丸い最後の1~2枚が、それを覆っているのでミツバチは悪戦苦闘する。

しかし、私は容赦なく、この段階で咲きがら摘みをする。

この段階になると花びらもだんだん脱色気味となり、色はきれいではなくなる。

本当に花の命は短く、はかない。

そんなことを思いながら、この次の花付き、そして開花に向け、無情にも鋏を入れる。



 

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ワクチン [新聞記事]

2021.5.17

こんばんは。

最近、我が家の状況も少しずつ変化している。週1回愚息のところにヘルプに行っていたことはやめになった。それはそれでいいのだが、どうしても気になって仕方がないことがある。ヘルプの件は、学校行事のこともあるにはあるが、その大半がお稽古事に関わることであり、それが今年度から彼らだけでできることになったということで我々は手を引いた。塾へ通う曜日を変更してやり繰りをしていくらしいが、我々の思いは塾の種目を減らせば、子どもも親も時間的な余裕も生まれ、慌ただしくない生活になるのではないかと思っているのだが、その気配は一向にないまま4月に突入してしまった。3月以前より、種目を減らすべきだと何回か伝えてはいたが、孫がやりたいと言うからとの理由で、その種目を一向に減らさない様子。我々としては、大きな不安を胸にしつつも、いい大人にこれ以上言うつもりはサラサラなく、手を引くことにした。十人十色と言うがごとく、生活力、主婦力、家事力はそれぞれ異なっているわけで、その人の能力に見合ったことをすればいいわけなのであって、やみくもにやらせればいいというものではない。一人っ子なら「この子にかける思い」を百歩譲って理解はしたとしても、3人も子どもがおり、家事が遅れ遅れしているところを見ると、やはり、それはやり過ぎだろうと思ってしまうばかりだ。そんな行いは、結局のところ、孫たちに跳ね返ってしまうわけで、それはいい結果にはつながらないのではないかと思うばかりだ。

「他人様」と言うと冷血人間と思われがちだが、所詮は別の家族のことであり、彼らが彼らの判断で決めていくことなのだがら、この思いは、まさに老婆心以外の何者でもないということを願いたい。

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ついにワクチン接種が始まろうとしている。私は我先にと集団の先頭を切りたいタイプではないので、今回も様子を見つつ、混乱に巻き込まれないよう、最後の輪の中から徐々に接種しようとするんだろうなと思っている。きれいごとを言うつもりはサラサラないが、まずは必要な方から接種されるのが筋と言えば筋だ。首長が我先に打つなどは人間として下の下だ。

この手の混乱は、車の渋滞であれ、電車の遅れであれ、その渦中にいる人間は大変な思いをするわけで、その前後は、その大変な思いを思いの外していないのが通り相場だ。

一連のコロナ騒動、何がどう正しかったのかは、時間が判断してくれると思うが、2年後、先を争ってワクチンを打ったけど、今考えれば馬鹿みたいな話だったねときっと言うのだろうなと思う。しかし、この思いはワクチンが効いているという世界各国の情報から「そうなんだ、ワクチン、効くんだ」という思いがあるから、少しだけ光が見えてきたような気分になっているのかもしれない。

私の場合、5月21日より予約開始となっていたが、やはり遅れて来月からだというニュースが流れていた。ワクチン量が確定しつつある現在でも、未だに少しずつ遅れ続けている。

コロナの件が終わったとしても、日本はオリンピック、汚染水、原発再起動、沖縄基地と難問が山積だ。

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冷却水放出 [新聞記事]

2021.5.12

こんにちは。

今日は50キロぐらいはありそうな庭の敷石を30㎝移動した。かなり重いので躊躇しっ放しだったが意を決してやることにした。当然、持ち上げることはできず、スコップと金テコと鍬を使いやっとこさっとこ移動した。たかだか30㎝移動といえども、半径20㎝の楕円形、厚みは12~3㎝で結構難物。庭の敷石にしていたんだけど、埋め込みが足りないので足がよく引っかかる。それと少し庭の端に置き過ぎたようで、全くその石に足を乗せることもなかったので決行。

やってみると思いの外スムーズに進んだが、土の掘り具合も石の形も本当にラッキー以外の何者でもなく、スポンとはまったのにはびっくりし、安堵した。一人仕事だったので、掘り具合が浅かったり、転がした途端、全く違った方向に転がったんでは取り返しもつかないことになったところ、運がよかった。

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ちょっと前の話になるが、忘れていたのをようやく思い出した。

福島第一原発処理水の件。冷却水、溜めに溜めたものを満水で溜める場所がなくなったので海に放出という最悪の結果を選んだ日本政府。たしかに諸外国の原発周辺では、そのような処理が当然のごとく行われているとは言うものの、ちょっとばっかりみっともない施策という気がしないでもない。

トリチウムは自然界にもあるとか、ないとかは専門家に任せるにして、一つだけ疑問に思うことがある。それは地下水の問題。地下水はこの先ずっと第一原発内に流れ込むのではないか。一日何万トンもと言われている地下水は、ずっと原子炉内のデブリが処理されるまで流れ込むのではないか。ということはタンクの処理水を海洋放出したとしても、新規参入する地下水は汚染水として上書きをし続けるのではないか。

つまり、未来永劫???ずっと福島の海は汚染水を放出し続けるということなのか。

やはり、原子力発電は再開したり、増やしたりしてはいけないものなのではないのか??

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ショック! [生活]

2021.5.11

こんにちは。

昨日、少々難しい数独をやっていたもんだから寝不足。今、午睡をしたらなおのことだるくなってしまった。

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去年だったと思う、ちょうど交差点の角、ビルの1階にグランドピアノが突然現れた。そこは素ガラスの店舗で、その存在感はちょっとしたものだった。なんだろう?と思っていたら「ピアノ教室オープン」の文字。ギターコードぐらいは弾けるがピアノは全くやったことはない私。無謀にも学生時代、ギターを片手に文化祭に出たこともあったが、今から思うと冷や汗もんだ。

「駅ピアノ」というテレビ番組がある。題名どおり駅にピアノが置いてあって、腕に覚えのある人たちが通りすがりに思い思いに弾いていくという番組。その人たちの人生も垣間見られて、そこそこ人気がある。

それを見て家人曰く「ピアノって、やっぱりいいね」

そういう彼女は学生時代からエレクトーンを習っていて、結構引けたことを覚えている。

私「今でもすぐに弾けるでしょ」

家人「それが全く忘れているのよ」

私「そんなことはないと思うけど」

家人「右手がメロディ?左手が和音? そんなことも忘れているから、多分、弾けないわ」

私「自転車と同じで一度乗れたら何十年も乗っていなくても乗れるのと同じだと思うよ」と門外漢はシドロモドロに答えるのが精一杯。

家人「それが全然分からない」とおっしゃる。

家人「あなたピアノ習いなさいよ」

私「うっ!・・・・いいと思う。できればやってみたいね」

家人「ちょうど交差点の角に教室ができたから行ってみれば・・・」

家人は何事も他人のこととなると妙に積極的になるが、自分のこととなると消極的になるタイプ。

家人「それで孫の結婚式にピアノを弾くというのは、どう?」

私はそういうのが好きなほうなので、結構その気になっていくタイプ。

・・・・で、いずれその教室に行こう。近くだし、個人レッスンのようだし、老人には、そう邪険にするわけもないだろうと、ほんとにその気になり、このコロナが収まってから行くべいかと思った矢先、その店舗は「お宝、安く買います」の店に変わってしまった。

家人は、既にヤフオクで中古ピアノを購入するべくオークションに参戦し始めている。

私はピアノもやりたいが、まだまだ未完成な庭もやらなければいけないわけだし、孫の結婚式はあと20年は先の話。

・・・ということは私は幾つになる? 生きていりゃガラパゴスものだ。

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あいつは深く静かに、そして突然現れる [バラ]

2021.5.9

こんにちは。今日は晴天、風は少々吹いてはいるものの若干の暑さ。庭仕事は少々汗をかくが、真夏の暑さと比べればまだまだ楽なほうだ。

最近は真面目に早朝ランニングをやっている。これからは早朝に限るわけで、時節柄走っている人に多くぶち当たる。仲間がいるようで少しうれしい。

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いつもランニングの後半でバラをやっている庭を通る。そこのバラ担当もご主人なようでよくお見かけする。去年は物の見事にバラは開花し、フェンス越しに上段はピンク、下段は赤と咲き分かれ、それは見事であった。

その時の会話。

私「見事ですね」

ご主人「いや、それほどでも・・・」

私「上のピンクと下の赤。去年はバラバラに咲いていたけど、今年ははっきりと上の段と下の段とに分かれて咲いて色合いがすごくきれいですね」

3年前ぐらいからであろうか、何回かお見かけするうちに言葉を交わすようにもなっていた。今年は花粉症もありランニングは3か月ぶりとなってしまったが、バラの開花時期でもあり、楽しみにその家の前を通った。ゴールデンウィーク真っ最中であり、我が家のバラも4割方咲き始めたので、当然、その方のバラも咲いているものだと思っていたのだが、どうもおかしい。去年の見事な二段二色のバラは、どういうわけか一段一色。それも少し寂しい。ムムムムムッ????

それは5月2日--最近は携帯が万歩計の代わりをしてくれるので非常にありがたい。だから日にちもはっきりと記録に残る--というわけで5月2日にその状況を発見。そして、昨日再びそのお宅の前を通ったときご主人がいたので声をかけた。

私「バラ、どうしました?」

ご主人「テッポウムシにやられてしまった」

私「えっ、そうだったんですか」

テッポウムシ、一瞬あれっ?と思ったけど、それはカミキリムシのことだと思い返した。

彼は洗車中だったんで車越しの話。手を止めるのも失礼と思い、細かいことは聞けなかったが、庭の中も指さし

「こっちも、あっちもやられてしまった」。

そのお宅は6~7本は植えているだろうか。ほとんどがツルばら。

私「オルトランを水で溶いてスポイトで幹に付けるといいんです」

彼は空を見つめて「オルトラン」と復唱している様子。

私「悔しいですね」

ご主人「悔しい」

バラは咲くと美しい。どんな植え方をしようとも美しい。密集してしまっても、色がバラバラであっても、たくさん咲き乱れれば乱れるほど美しい。それは間違いない。人間側にセンスがあろうがなかろうが、バラ自身持って生まれた技量が人間のそれを上回ってしまう。我が家の庭もその体で、近所の方がセンスがいいと言ってくれるが、それも同様にバラ自身の美しさに寄るところが大だ。

このブログでも何回かカミキリムシのことは載せているが、カミキリムシで食い荒され、一挙に大木が枯れてしまったときのショックは、なかなか言葉には言い尽くせないところがあって、受かるはずの大学の試験を外したような、彼女にやっと思いで告白し、絶対オッケイをもらえるものだと思っていたら駄目だったときのような、そんな大・大・大ショックを受けたと同じくらいのものであった。

我が家は今、17種類のバラがあるが、そのうち8種類がカミキリムシに浸食され、そのうち1本は死亡したものの、ほかは運良く復活させることができた。

カミキリムシに浸食されたと分かった時というのは、立ち枯れる、樹勢が衰える、カミキリムシを見つける、幹の周りに木屑を発見が、その兆候となるわけで、ゴールデンウィーク前後が活動開始の時期となる。

もう少し具体的に書きたいのだが、ここでタイムアップ。

次回に持ち越し。

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決して忘れていけないもう一人の行方 [新聞記事]

2021.5.8

こんばんは。

今日は一日いい天気。黄砂が来るとは言っていたけど、千葉の上空は若干のくすみがあったけど、そんなには感ずることなく日没となった。

日本人の悪い癖と言っては言い過ぎかもしれないが、時間とともに事件は過去のものとなってしまう。当事者にしてみれば、その時から時間は確実に止まってしまうわけで、おいそれとは忘れるわけにはいかない。我々日本人は感覚としてどうなんだろう?自分は上流なのか、中流なのか、下流なのか。日本の世情はミヤンマーみたいにひどいものではないし、平和惚けとまで言われるように「平和」で「中産階級」的で、権力者からの威圧を受けることもないことから、平凡ながら自由を満喫できることに満足してしまっている国民。だから、他人事の事件は、目の前にあらわれれば目を細めるものの、その意識は一瞬で過去のものになってしまうが、誰もそのことを異常とは思わない。

しかし、このことはちょっとやさっとでは忘れてはいけないこと。それは次の次がありそうな気配を感じている今、その行方と原因をよく見極め、自分たちの暮らしと生活--平凡ながらにして自由を満喫できる状態--を続けるためにもよく注視し続けなければいけないと思う。

それは「赤木事件」。安倍晋三氏が総理だったときに起こった事件。お忘れの方はまだまだ少ないとは思うが、今回、国側がそのファイルの存在を認め、それを提出することになったと報道にあった。よかった、いい方向にいくと思う方がどれだけいるかは分からないが、きっとその提出物は「のり弁」状態であることは間違いない。おそれと全文が見えるような開示はまずないと思われる。

もちろん、そこにはそうであったんだろうという推測の域を出ないものが多く、総理自身が直接手をかけることはないわけで、当時よく言われた「忖度」という言葉をその周りにいる人間の行いによって、何度も何度も何度もなぞらえられることによって、結果、赤木さんの自殺という悲惨な結末に至ったことは間違いない。

内閣人事局。組織の中にいる方はよ~くお分かりだと思うが、人事はある意味絶対であって、それに背くことは出世の道をあきらめるか、嫌な上司に未来永劫叩かれ続けることを覚悟しなければならないのが通り相場だ。

この内閣人事局は第二次の安倍政権下で彼が国会に提出し成立したもの。当時、政治家の言うことに官僚が首を縦に振ることははなかなかなかった。面従腹背--表向きは従っているように見せ、実は裏では背き続けることが多く、政治家は皆、これではいかんと地団駄を踏んでいたことは確かなこと。内閣が人事権を持つことで、それはなくなり、政策決定等が早く、政がスムーズに動くことになれば、それは国民のためになると誰もが思っていたはず。

しかし、安倍さんは、それをそのとおりには運用しなかった。どんな法律でも政を動かす本人の心持ち次第のところがあるわけで、よい法律も運用次第では幾らでも悪法になるといういい例を彼、安倍さんはつくってしまった。さくらの会を初め、森友、加計、その他諸々すべてを人事に絡めて、官僚を思いのままあやつったことは事実であり、政を私事に見事に転換してしまったことは間違いない。

いずれ近日中に、その開示報道があると思うが、皆さんもよ~く目を皿のようにして見続けてほしいと思う。その彼を再び、この国の総理にすることは、日本の民主主義を力のない、死に体にしてしまうしまうことになることを忘れてはいけないと思う。

そうそう、彼は世界に向けてこんなことを言った。

オリンピック東京開催の最終プレゼンテーションにおける安倍首相のスピーチ。

福島の状況を「The situation is under control」(状況はコントロール下にある)と発言。「私が安全を保証します。状況はコントロールされています」「汚染水は福島第一原発の0.3平方キロメートルの港湾内に完全にブロックされている」「福島近海でのモニタリング数値は、最大でもWHO(世界保健機関)の飲料水の水質ガイドラインの500分の1だ」「健康に対する問題はない。今までも、現在も、これからもない」--その汚染水の海洋放出は約2年後。残念ながら、日本人としても、積極的に東北の魚に手を出すことはなかなかできにくくなるかもしれない。


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勘弁してほしいな [新聞記事]

2021.5.7

こんにちは。

予想どおりの天気。午後から雨模様と思い、早朝のランニングをしてきた。ジジイだからしょうがないと言われれば身も蓋もないけど、毎日どこか調子が不安定な高齢者としては、唯一それが特記事項となるわけで、その特記事項は結構自分の中では重要なんで書いておくことにする。

実は頭が痛い。遠い昔でもない。このブログでも多分書いたと思うが、以前掃除機をかけていたとき、嫌というほど頭を柱にぶつけた。1週間ほど調子が悪かったので、病院も行ったが異常なしとのご診断。そのうち症状も改善し、そんなことも日々の生活の中で忘れていた。

以前から何となく、ぶつけたところに違和感があるような、ないような・・・。別段頭が痛くなるわけでもないので、その痛い部分、オデコに触れることもなく過ごしていた。しかし、一昨日、何気なくオデコを触った。以前ぶつけたところが何となく痛む・・・あれ??? もう一度触ってみる。痛みがかすかだけど確実に感じる。今度はちょっとだけ押してみた。前よりもはっきりと痛みが体に伝わってきた。違和感があると人間は続けざまに触ってみたくなるというか、確認したくなるわけで、もう一度、今度は恐る恐る押してみた。触らないほうがいいに決まっていると何となく思った。素人だから頭のことはまるっきし分からないが、ただ、言えることは複雑な構造のところには絶対手を触れてはいけない、とは昔からの社会の常識?だ。

・・・・・・ということで案の定、その後、その日はめまいを断続的に感じるようになった。たまに頭を上げると足がふらつく。ちょうど何かにつまずいたようによろける。今年は町内会の順回り役員になったものだから、確認のために家々の表札をチェックしていたが、どうもふらつく・・・ふらつく。痛みも断続的にある。今日も痛みは続く。四日目だ。そろそろ身辺整理でもしておかないと、本当にまずいかもね。

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しかし、時も世界もそんなことには見向きもせずに動いているね。

中国がとんでもないことをしてくれたかもしれない。宇宙船が燃え尽きずに地上に落下するかもしれないというニュース。まんざら嘘ではなさそうだ。今回は中国が独自に宇宙ステーションをつくろうとして、そのための宇宙船往来時に起きるかもしれないというニュース。今のところ全部「かもしれない」だけれど、その件に関して、今のところ中国は何も発表はしていない。ロシアとアメリカがそれぞれ予測(5月8日9時37分〜5月10日17時37分)を出しているので、多分、間違いはない。落ちる場所は両国とも大西洋、太平洋、インド洋のどこかだと言っているので、まず頭上に落ちてくることはないとは思うけど、余りに大きい話でつかみ所はない。ただ、そんなことで巻き込まれたくはないね。1年前にはアフリカのコートジボワールに、やはり中国の宇宙船の破片が落下したとニュースであった。宇宙競争もいいけれど、宇宙に関しては最後まで責任をもって処理回収をしなければいけないのがルールであって、それができないのなら手を出すべきではないと思うが、そんなことを言っても「はい、そうですか」と素直に認める相手ではないことが十分に分かってしまっているのが、恐ろしい限りだ。

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しばらく・・ではなく、もう無理なのかもネ [コロナ]

2021.5.4

こんばんは。今年は孫たちの少しずつの成長とともに、我々の孫育ても一段落?かもしれない。その前段として、このゴールデンウィークは愚息のみの滞在となった。家人としては、それはそれで「えっ!」と強面の発言。なんで来ないんだ的なことを言う。一応、それは表面上の話で、内心、我々の体力的なこともあり、ほっとしているというところだ。彼らが来れば狭いベッドの上で私たちと孫が川の字状態で寝る、起床は5時前、孫だけの世話ならまだしも、愚息夫婦の分までの上げ膳据え膳。3~4日いようものなら、もう我々はヘトヘト。若いころなら何でもなかったが、高齢者接種も近い我々にとっては、そこはそれなりにしんどいばかり。子どもは親の年取った状態を想像できないのか、したくないのか、はたまた我々が頑張り過ぎるのかはわからないけど、少しは我々に時間を返してほしいと思うのみ。コロナでどこにも行けないことが幸いしてしまっているが、そうでなければストレスは溜まるばかり。

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今日、2年前の小田和正コンサートがNHKで放映された。我々もそのコンサートに何度か足を運んだ。あいにく東京近郊はすべて外れ、地方ばっかりではあったけど、それはそれで地方の味も味わいつつ、小旅行もでき、いい思い出であった。放映されたコンサートの場所は埼玉であり、見事外れてしまったことを思い出す。母の介護の合間をぬってとんぼ返りでのコンサートも何度かあったと記憶する。

会場は満員で、彼は客席にも飛び込んでいき、観客にマイクを向けて一緒に歌っていたりした。でも、もうそんなこともできなくなるのかもしれない。コロナの活動はまだピタット収まる気配はない。変異型が流行ったと思えば、二重型で変異株が流行り始めたとかで、ワクチンとコロナはまだまだデットヒート真っ最中だ。クルーズ船に乗って旅行しようというわがままで平和惚けしている人間は、まだ許されるかもしれないが、政治家の平和惚けは許されない。ここまで来ると、この国の政治家はいつも何もしていなかったことになる。この1年と4か月。たった一つの政策すら解決できていないわけで、国民ありきと言っているのにもかかわらず、結局は国民の命は二の次にし、経済を最優先にし続け、結果的に、無残にも他国のワクチンのみに頼るしかない政策結果を生み出してしまった。インドか感染爆発をしたと聞いて久しい。たしか先月の初めには「羽鳥モーニングショー」でやっていたと記憶する。それでインドからの渡航禁止がされたのが4月30日だったと聞いて愕然とするしかなかった。3週間近くもの間、渡航禁止措置がとられなかったのはなぜか。いつも様子見、注意深く見守っていくことしかしない。政治家は責任回避の心が、心のどこかに潜んでいるのではないだろうか。経済が大事なんだと思ってはいたが、それよりも自分で決断する。決断したことによって責任をとらされたくないという思いが非常に強い・・・のではないか。確かにその立場に立たされたら、小心者の私はきっと責任を押しつけられたくないと思ってしまうのかもしれない。けど、彼らはそれで飯を食っているわけでプロ中のプロだ。

菅「私は戦後生まれだから、戦争のことを話されても・・・」。これは沖縄に彼が行ったときに話した言葉だ。

菅「五輪の開催も中止も、権限はIOC(国際オリンピック委員会)にあるので政府は決められない・・・」。これも菅さんの発言。すべて、自分は関係ない。責任は彼らだという発想。これだと妙に納得する。オリンピック開催に向けたコロナ対策をするじゃないかと思ったけど、そうでもないまま現在に至っているし、このまま非常事態宣言を解除したら、きっとそれに呼応するように感染者数は増え続ける。きっとオリンピック開催どころの話ではなくなってしまう。結局のところ、役人のつくった原稿を読み続け、一応、国民から非難されないように頭を上げてお話はするようになったけど、政策の中身はないし、心は全くといっていいほど通わないのは前のままだ。

陸続きのヨーロッパとは違い、日本は島国だ。今回のコロナの対策は、他国に比べ、大いに優位に立つことができたはずだし、これからも封じ込めはできると今でも思っている。

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