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谷垣さんの陳情 [新聞記事]

2019.9.20

こんばんは。

うっかり忘れてしまいそうだった。それは小さな囲み記事。小泉内閣のとき財務大臣がやられた方で、既に過去の人になろうとしている。ご存じの方も多いと思うが、自転車が趣味。それも結構スピードの出るロードレース用のスポーツ車を乗っていたらしいが、運悪く転倒。大怪我を負って今は車椅子だ。

その彼が国会議員の前に久々に姿をあらわした。そして、その国会議員の面々に障害者の方々に住みやすい住環境をと陳情を行ったという話だ。

ほとんどの方は読み飛ばしてしまうような記事だが、私は谷垣さんの人となりをちょっとだけ知っている。自慢話をする気はさらさらないが、その経緯はこうだ。

あるとき、私が仕事で官邸に行った。官邸で身分証明書を提示し、奥の部屋に。

会議が始まる前、少しだけ調整が必要となった。それが谷垣さんの席近くだった。彼は当時財務大臣。普通、私のような凡人が国会議員の前をうろうろしていても、まあ、無視をするか、なんだこいつ的な顔を向けるのが関の山だ。特に麻生さんは「なんだこいつ?」派だ。

谷垣さんは違った。私が彼の机の前に手を出すと、身を隅に寄せながら、小さな声で「ありがとう、ご苦労様」と一言言った。私はあっけにとられというか、そんなことを言われるとも思っていなかったものだから、何も返す言葉がなかったし、そのタイミングはあっという間に過ぎていってしまった。

彼との交わり、接点は後にも先にも、これだけだが、彼の人となりが十分わかる一言であった。

もちろん、政治家はよい人では務まらない。きっと彼が総理大臣にでもなったら、直ぐに引きずり下ろされたであろう。生き馬の目を抜く。政界とはそういうところだ。

もちろん、谷垣さん、そんなことは記憶にもあるはずがないけどね。

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家づくりは一回では成功しない(49) [我が家]

2019.9.20

こんばんは。

「秋の日はつるべ落とし」とはよく言ったものだ。庭仕事をしていると6時にはもう暗い。ちょっと前までは7時までオッケイだったのに、それだけ秋が、冬が近づいてきているのがわかる。

今朝の判決には久々に頭に血が上った。家人の友人は閖上在住であった。すっかりあきらめていたし、彼女自身も「そんな悲しいことは知りたくない」スタンスなので、閖上町役場跡地まで行ったが、それ以上は断念した。家人の「悲しみを知りたくない」という気持ちは、跡形もない町役場を見た私は、彼女以上に絶望感で心を閉じていた。しかし、そんなあきらめていた友人が生きていることが7年ぶりにわかった。彼女は決して幸せの星のもとに生まれ、育ち、生きてきたわけではなかっただけ、今回の被災は大きな挫折となったことは想像に硬くない。今も娘家族の家に同居をしていると聞くが、人生の最終コーナーを周りつつある彼女にとって、これからを幸せに生きてほしいと心から願わずにはいられない。

そんなこともあったものだから、余計に怒り火の玉となってしまった。


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去年8月25日の現場です。

DSC_0423.JPG

ここは配線がまとまってきたので撮った写真。





















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ここもそうだ。




















DSC_0425.JPG



これでほぼ配線工事は終わった。あとは各部屋のスイッチへ下ろすことになる。













DSC_0426.JPG


床は既に敷きつめてあるので、すべてボードで養生をしている。




















DSC_0427.JPG

ここは台所。まだキッチンは入っていない。





















DSC_0428.JPG

ここは仏壇を置く予定。





















DSC_0429マデ.JPG手前は仏壇。

奥は冷蔵庫置き場。






















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やはり人間は愚かなのかな [新聞記事]

2019.9.20

こんにちは。

いい天気だ。庭仕事をしたいがほかにやることもある。困ったものだ。バラの手入れは忙しい。秋は特に忙しい。初冬も忙しいし、晩冬も忙しいが、その後の春の開花がその労苦をいっぺんに吹き飛ばしてくれる。それが快感。ご老体には厳しい管理を要求されるが、それが心地よいからバラに執着する。「馬鹿の一つ覚え」ではないけれど、人生に一つぐらいのこだわりがあってもいいだろうと思う。


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何回も出てきた。日本人のすべての人生において一番の重い・苦しい記憶の善し悪しの判決が出た。

東日本大震災。

結果はわかっていたが、素直に思う気持ちは、「じゃ、誰が責任をとるの」ということだ。

今だってふるさとに帰れない、帰せない結末は、誰が面倒を見るのか。今回の千葉の災害ではないけれど、我が家はどこも不具合はない、雨漏りだってしていないし、地盤だって傾いていない。放射線量が高いから、それだけ(それだけでもすごいことだけど)で家に帰れない。あの建てて間もない、きれいな家には目に見えない放射線が阻み続けている。これは誰が、どう責任をとってくれるのか。それは東電のあなたでしょう。あなたたちが放射線を漏らしたのでしょう。当時の責任者のあなたたちがきちんとした事後処理をしないために今日がある。今はご退任をなさって、何不自由なく生活をされている。何か理不尽と違和感はぬぐえない。

-----今後、二度とこのような事故を起こさないよう、全社を上げて安全・安心な原子力発電運営に努めます----言葉では何とでも言うことはできる。私にだって、このぐらいのことは言える。問題はその後のことだ。

当時の責任者の方たちは、退任後、一度でも福島を慰問に訪れたことはあるのだろうか。

責任をとれるのなら、責任をとれる方法を早急に選ぶべきだ。

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