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暖簾に腕押し [我が家]

2020.1.29

こんにちは。「家づくりは一回では成功しない」と散々書いているが、初めは「だから私は成功したんです」という成功体験を書けると思っていたが、世の中そうは甘くはなく、今回も決定的に失敗したと言っておきたい。写真もたっぷり撮っているし、書き始めた手前、最後まで頑張って書かなければいけないという義務的な問題にいつの間にかなってしまっている。

次の家を建てるため、自分のためにとやせ我慢をしてしまうが、むろん、そんな「次」の予定があるはずもない。まあ、気持ちはその次に、と言っておこう。


建築もある意味ではサービス産業、クレーム産業と言われる。建築士は夜遅くまで図面を書き直しとか、お客様の空いている時間に自分を合わせていかなければいけないとか・・・。ニッカボッカは履かないが、ある意味では3Kと言われる職場だともいえるかもしれない。したがって設計士は休みがあるようでないし、ないようである。いくら待っても客が来なければ仕事にならず、来れば来たでキャパを過ぎれば即パンクしてしまう。それはお客商売と全く同じことが起こっている。また、図面を解析する力、これがあるかないかで設計士の技量がわかる。図面を解析するとは、どういうことなのかというと、例えば、6畳の台所と8畳のリビングをつくるとき、台形の土地、土地面積は40坪、南は一番広い面としたときに、何通りの台所・リビングの家が建てられるか、どれだけの図面が引けるかということが,その設計士の技量になる。2パターンは最低基準。斬新的なデザインも含め、5通りぐらいは書けなければ、消費者の要望に応えられはしないと思う。

私たち素人はせいぜい2パターンぐらいだろう。玄人は2パターンでは臨機応変対応ができないということになる。私たちのいろんな要望、調理台は見えるほうがいい、対面キッチンがいい、天窓の差し込み先はリビングテーブルの真上に来るように、電気調理台(IH)いい、予備室もほしいなどなど、施主の要望は多種多様であり、それに対応できる間取りができるか否かで、大いにその結果に違いで出てくる。これはキャリアはもちろんだが、センスも十二分に必要で、一級だから、二級だからはあまり関係がない。あくまでもその方のセンス、日夜新しい情報を入れているかにかかってくる。

問題はここからだ。消費者のニーズに合わせることも大切だが、そのニーズを合わせるとこういうメリット、デメリットがあるという指摘ができるか、できないか、これによってその善し悪しが決定的になる。

家を建てるとき、施工メーカーなり、展示会場を重視するように、建築士の容量(技量・知識・見識判断)も重視しなければいけない。ここは最終的に最小で最大のポイントとなる。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・(6) [生活]

2020.1.29

こんにちは。昨夜の嵐がうそのように、あっという間に快晴となった。国会は相変わらずの逃げ口上を続ける国のトップとそれを許してしまっている野党、まあ、そういう野党にしてしまったのは、私たちの責任でもある・・・・というのが今の民主主義の考え方。そんなことは言っている暇は、もうそんなにないと思う。やはり人間は愚かだね。

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・・・・続きです。

そんなわけで九死に一生を得た我々は、残りの学生生活を遅滞なく送ったが、なんのしこりもなく(正直、若干、私の中にはあったが大したシコリではない)卒業となったが、この件に関し、4人の中では一回も話題に登ることはなかった。それは無理にそれを避けているわけでもなく、ただ、何となく触れることはなかった。

今回の教訓として、私は下りの車は怖く、制御不能になるということを学んだ。それ以降、私は大きな事故をやったことはないが、そのときの教訓は今も生きていると思う。

しかし、彼には申し訳ないことをしたと思っている。彼とは、ミニカを運転していた彼のことだ。それ以降、彼はほとんど運転はしていない様子。車も持っていないようだった。それは彼の心の中に、多分大きな影を落としてしまったんだと思う。あのとき、冷たく断っていれば、そんな辛い経験をすることもなく過ごせていたのにと今も思っている。

あと警察官と車屋さんに言われたことがあった。我々は運転手を除き3人全員が外に弾き出されたわけだが、ほとんどの場合、弾き出された人間の上を車が追いかけ、ほとんどの場合、負傷または圧死する例が多いんだということだった。

本当にラッキーだったとしか言いようがない。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・・(5) [生活]

2020.1.28

こんばんは。今日はこれから千葉は集中豪雨が降るかもしれない。願わくは、排水の関係でまだまだ大雨は降ってほしくはないが、自然相手では無理は通らない。

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・・・・・続きです。

東京に戻ってきてからやることは事故の後処理だ。未成年である我々は何の力を示すことはできず、ただ、親の後をついて回ることしかできなかった。

事故の報告を親にしたが、親は一括も私にはしなかった。ただ、その後の処理をしていくだけと考えていたようだった。当時、私の父親はかなりの激務だったようで、朝7時過ぎには家を出て、帰ってくるのは深夜であった。それは私が幼稚園のころからだった。だから、私は父親と一緒に夕食を食べたことがないし、私が起きる時間には既に家を出ていた。また、週末はご近所さんとの付き合いとか冠婚葬祭があり、家を留守にすることが多かった。そんな父と私との交わりは、幼少期から青年期まで、今の父親と子供のような濃密さでは全くなかった。その結果、私は父親とは全く馴染めず、運悪く夕食を一緒にする機会があろうものなら、沈黙しかなかったし、バツが悪くなるとテレビをつけ、テレビを緩衝地帯として極力父親とは話をせずに時間を費やしていることが多かった。

そんな忙しい父親ではあったが、事故を起こしたときは、2日間ほど時間を割いて、自分たちのために事故後の処理をしてくれた。

・警察への挨拶。

・事故現場の立会い。

・事故車の引上げ交渉。

・廃車処理と関係者への挨拶などなど。

特に車の処分に関しては、ご近所さんに車関係の方がおり、その方と父親は懇意にしていたということもあり、当然の流れとして、その方に相談した。その方は、私の様子を見て、車は大して破損はしていないだろうと踏んだようで、トラックを引き連れ、車を引き上げようと言ってきた。私は、それはちょっと・・・・というのが精一杯。東京からトラックと乗用車を2台連ねて現場に向かった。現場に着いた途端、その方が言った。「よく生きていたね。車、半分にペッタンコだ」確かに、我が愛車を見ると縦の長さは半分に、横幅も半分になっていた。自分でも、愛車を見た途端、あの日の雪の寒さとともに、その恐ろしさにブルッと身震いが出てしまった。帰り道、ロングボディのトラックに、ものの見事に潰れた車が鎮座しており、沿道の方のいい見せ物になってしまった。

ご近所さんの善意の申し出は、私たちにとっては大変心強かったし、助かりもした。当然、そのお礼というか、その方が被った出費に対してお支払いをしたとは思うが、子供の私にはわかる術もなかった。多忙な中、父はそれらすべてのことを遅滞なく、漏れなくやり、そして何事もないように、朝また仕事に向かっていった。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・・(4) [生活]

2020.1.28

こんばんは。

新型コロナウィルスで世界は大変なことになっている。先程も武漢に行っていないバスの運転者が罹患したと速報が入った。決定的な悲報は、武漢からの中国人ツアー客を2回乗せたということだ。これでヒトからヒトへは決定的なこととなった。ネズミを食用とする国民性は差別とか、偏見ではなく、ヒトを守る観点から大いにいただけない。うまけりゃいいという話ではない。

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・・・・続き。

私たちは無言のまま坂道を歩いていった。雪は深々と降り続いていた。頭に積もった雪も、肩に積もった雪も、スニーカーの爪先に積もった雪も、ただ我々を黙って押しつぶしているかのように重く感じられてきたとき、誰かが「あっ」と叫んだ。振り向くと友人の一人が滑って仰向けに倒れていた。誰も彼に声をかける者はいなかった。みんな彼に目を向け、大丈夫なことを確認すると再び黙って歩き始めた。まだ、日中なのだろうけど空は真っ白、しかし何となくさっきより暗くなってきたような気がした。どこまで行っても民家一つなかった。聞こえる音は、我々の靴音とかすかな吐息のみだった。

気持ちが折れかかったとき、急に目の前に民家が現われた。思わず、私たちは民家に駆け寄りドアをたたいた。今思い出しても、どんな方だったのか全く記憶には残っていない。そして必死にお願いした。「すみません、電話をお借りできませんか?」多分、私は警察に電話をしたんだと思う。お礼を言って、100円を渡したような記憶がある。

そこが大体半分ぐらいであろうか。時間にして1~2時間経過しただろうか。そんな大事故を起こしたものだから、今何時だとか、何時間歩いたとか、お互いに確認する余裕すらなかった。アキレス腱の上から血が出ていたためか、流石にその近辺に痛みを感じ始めていたとき、やっと麓の駅近くにたどり着いた。そして派出所に転げ込んだ。正に転がり込んだと言うにふさわしく、衣服はびしょびしょ、疲れ切った様子から警察官はさっき110番をした人間だと理解していたようだった。

警官は2~3人いたようだった。それぞれ別室に呼ばれ、順次聞き取りが行われた。お互いの供述に違いがないかを調べているようだった。

そこからは何も覚えていない。どう帰ってきたのか。友人たちと何を話ながら青梅から東京までの長い時間を過ごしてきたのかは全く覚えていない。それは47年前という青春の甘酸っぱい思い出・・・・・・という話では片づけられない重い絶望的な時間の話だからかもしれない。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・(3) [生活]

2020.1.27

・・・・・続きです。

その光景は今でも脳裏に焼きついている。私は後ろ座席に座りながら、彼の運転に身を任せていた。次の瞬間、左手にある大岩が目の前に急に迫ってきた。そこまでの記憶はある。それが道を外れて落ちていくことだとは、直ぐには理解はできなかったが、自分たちが落ちていく先に茶色の大岩があった。林道にはガードレールもなかった。あったところで車がガードレールに引っかかるとも思えないが、車のスピードはかなり出てしまったんだと思う。雪、坂道、砂利道、初心者。この4条件が揃ったのが不幸な出来事の始まりであった。

私は岩から立ち上がり、体の具合を確かめた。左アキレス腱の上あたりに血がにじんでいたが、そのほかは別に痛みもなかった。ただ、精神的なダメージは大きかった。

右手の友人も、左手の友人も直ぐに立ち上がって、服に着いた雪を払いながら、体の安全を確かめているようだった。誰も声は上げなかった。いや、上げられなかったと言ったほうが当たっていたかもしれない。坂の一番下まで落ちいていったAを呼んでみた。「お~い、大丈夫か」「A、大丈夫か?」二人の友人も口々に叫んだ。

我々の落ちた場所と彼の落ちていった場所は、距離にして2~30mは離れており、我々は自分が地面に叩きつけられてから、下に落ちていくAをぼんやりと見ることができた。それほど時間的にも、距離的にも差があったということだ。翌日、現場検証があったのだけども、警察官が巻き尺で計ったところ、45mと叫んでいるのが聞こえた。大岩に落ちるまでが5m、それから坂の下までが40mということになる。落ち始めた地点から車の落ちたところまでをのぞき込むと、下までの距離は大いにあり、車が米粒のように見てとれた。

下まで落ちていったAと私と二人の友人の怪我は正にかすり傷だったことは奇跡としか言いようがないと大人は皆皆話していた。

雪は一向に止む気配はなかった。大雪で車から放り出されたため、かすり傷とはいえ、おでこを切ったり、打撲傷を負ったたり、私のように足を切った者もいた。しかし、皆黙って自分で自分の傷の処理をしていた。誰も運転している者を責めたりはしなかった。車は走り出して直ぐに落ちたものだから、徒歩で行く帰り道は偉く遠く感じられた。当然、傘なども持たず、痛んだ体と心を引きずりながら、日原鍾乳洞から麓の警察の派出所までみんなで歩き続けた。雪は靴にも入り込んで解けていった。帽子を被っているものもおらず、車の中に入っているシートやビニールの袋を頭に被り、ただ黙々と歩いていくのみであった。ぶざまな格好だったろうけど、そんなことに気を回している余裕は誰にもなかった。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・(2) [生活]

2020.1.27(続)

・・・・・ということで、日原鍾乳洞を目指し我々は黙々と進んでいった。

雪は少しだけ気になったが、鍾乳洞に着くとそんな不安はなくなった。少しだけ小降りになったということもあるが、鍾乳洞の中が見えるということに興味が集中していったと言ったほうが合っているかもしれない。若い我々は単純過ぎるといえば、単純過ぎた。

小一時間ほど探索をしただろうか。入場料もなく、人っ子一人いなかった。いるのは我々だけ。我々の声だけが鍾乳洞の中を響きわたった。日原鍾乳洞というぐらいであるからして、それはそれは立派な鍾乳洞であった。

鍾乳洞を出て、車のあるところに戻った。フロントグラスに張りついた雪を払い、車に乗った。来るときは道はすべて上りだった。当然、今度は下りになる。エンジンをかけた。暖房を切って一時間ほど経った車内は冷凍庫のようだった。暖房のスイッチを全開にした。車をスタートさせてしばらくするとAが言った。

A「おれに運転させてくれないか」

今回、出発したときにも、彼から運転させてくれと何度か言われていた。彼は免許をとって1週間。つまり、免許取り立てだった。市街地をいきなりはやめたほうがいいと皆が言った。彼も誰もいないところのほうが安心だと言う。「じゃ、山道になったらね」と言って断っていた。正直なところ、自分の車を他人に貸すということは、何となく釈然としないという気持ちと、親からは他人には貸すな。万が一のときに困るなどと言われていたことも断り続けた原因かもしれない。

しかし、ここに来て断り続けるのは忍びなかった。私も免許取り立てのころは、運転がしたくて、したくてしょうがなかった。だから、彼の気持ちは痛いほどよくわかった。

私「A君、いいよ。」と私は彼に運転を代わった。山道なら誰もいないし、人身事故にはならないだろうと、若者らしい、あさはかな考えがあった。

Aが運転席に座った。私は後部座席の彼が座っていたところに座った。

A「じゃ行くよ」

スターターが回った。エンストもなく、スムーズに車は走り出した。我が愛車はマニュアル車で、当時は、それが主流であった。だから「エンスト」(エンジンストップ)は初心者にとっては切っても切れないことであった。走り出して何分経ったであろうか。

気がつくと私は大岩の上で空を見ていた---一瞬、どうしたのかわからなかった。しばらくして、自分が車から放り投げられ、気を失って、岩の上に仰向けに倒れていたことに気がついた。

我に返った私は下を見た。つづら折りの坂を大きく左に外れ、坂を真っ逆さまに転げ落ちていく我が愛車のミニカ見えた。私の右側にはもう一人の学友が、左側にはもう一人の学友が、それぞれ木々の間に横たわっていた。運転していた彼はハンドルをしっかりと握ったまま、坂の最後まで車と一緒に転がっていった。

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生きているのがフ・シ・ギ・・・・・。 [生活]

2020.1.27

こんばんは。

既に外は真っ暗。明日は雪だろうか。どんよりと暗く重い雲が一日中覆っていた。少しだけウキウキしてしまう私は、現役世代からみれば大変無礼者だ。しかし、ウキウキしてしまうほど、歓喜・苦渋を含め雪の思い出は多い。

これも大分前に書いたことだが、そのときは関係者のことも一応気にしていたので、余り多くを書かなかったが、今日は書いてみようかと思う。

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それは春休みの4月1日。4月に入ったにもかかわらず、東京は結構寒さが厳しかった。

我々は春休みということもあり、みんなでドライブに行こうという話になった。あいにく車を持っているのは私だけであった。軽乗用車の三菱ミニカだ。大学生ということもあり、貧乏学生にとっては唯一の贅沢であった。今は性能がいいので、軽乗用車といっても侮れない。しかし、当時の軽自動車はクーラーはバッテリーの関係で付けられなかったし、窓もパワーウィンドウなるものは対象外であった。つまり、バッテリーに負荷がかかるものはすべて付けられなかった。それに馬力もたしか360㏄だったと思う。当時は本田N360とか、スバル360という車名があった。性能は今のものに比べたら大人と子供ぐらいの差があると思う。

そんなミニカで奥多摩に行こうという話になった。行きは今日のような曇天で少しだけ、雪がチラついていたと思う。しかし、若い私たちは、そんな雪を見ても、この先起ころうとしていることの重大さを予見できる者は一人としていないのも当然といえば当然かもしれない。それよりか、雪が降ってくることに妙に興奮しているような変な空気が漂っていることに誰一人気がついてはいなかった。

軽自動車に男4人が乗っていた。少しだけギュウギュウ詰め状態ではあったが、それなりにワイワイと楽しく時間を過ごしていた。出発したときはアラレと小雪が降っていたけれど、都心を抜けたあたりから雪の降り方は結構なものになっていった。東京には珍しくボタン雪となり、あっという間に舗装道路は白く変わり始めてきた。

山道に入った。カーナビなるものは当時はなかったので、地理に詳しい奴が地図を見ながらナビをして進んだ。

私「どこに行くんだっけ?」

A「日原鍾乳洞だ。結構寒いけど、鍾乳洞の中は温かいぜ」

私「そうか。それりゃいい。あとどれぐらいなんだ?」

A「林道に入ったから、あと五、六キロだと思うよ」

雪は益々激しくなってきた。ボタン雪は間断なく降り続け、目の前は真っ白にしか見えなくなったいった。しかし、誰一人として「もう戻らない?」と言う人間はいなかった。目の前の真っ白なる世界に引き込まれていくような、それが一番いいんだと思うような、そんな気持ちが我々の心を覆い尽くしてしまっていた。今から考えると車のチェーンも持っておらず、そのことを誰一人としてとがめる者もいなかったのは、そのことを十分に物語っていた。林道は段々と狭く、そして急勾配になって、ドンドンと登っていった。ギアはロウギアのみでセンコンドに入れるとエンストを起こしてしまうほど、坂の勾配は急峻になっていた。ふと気がつくと道は日光のイロハ坂のようにつづら折りにつながっていた。私は運転に必死となり、ただただ日原鍾乳洞を目指すしかなかった。

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以前と少し違う日々 [生活]

2020.1.27

こんばんは。

日付が変わって27日。やはりパソコンは安定しない。そんなに気にもしないで済む程度だけど、それで良しとするかどうかは個人の判断。でも、Windows10にすることで、よかったこともある。確かに早く反応するようになった。Chromに引けをとらないくらいヤフーであっても早い。以前と同様にCMが入るが、画面で出るまでの間のストレスはない。Windows8は、そうではない。ちょっと待つね。CMが出てから画面が出るまで長いと5秒ぐらいは待つのではないだろうか。まあ、昔と比べると雲泥の開きがあるけど、人間は欲張りだから、少しでも早く、軽く、安くを目指す。本当はグーグルのwordを使いたいんだけど、親指シフトは反応してくれない--正確に言うと、するけれども変換できない字もある。つまり、使い物にはならないということだ。

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正直なことを言うと、体調が戻らない。どういうことかというと腰痛が復活しそうだ。昨日、電車に乗って片道3時間、往復6時間。すべてを立っていたわけではない。その7割は座っていたのだが、腰に違和感が出ている。それは昨日からだ。しかもほんの少しの違和感が昨日まで、今日は腰掛けてから立つときとかに痛みがある。生まれてこの方、腰痛は2回ほどやった。まさにぎっくり腰なるものだ。しかし、2回とも養生をして直った。確実に直って、その後、再発したことはないし、その恐れを抱いたこともない。しかし、今回はちょっと違う。別に重いものを持ったわけではなく、電車で立っていただけなのに痛みが再び出てきてしまった。2カ月前ほどにやった腰痛の再発だが、その再発する原因がないことが気がかりだ。寄る年波という言葉で片づけられるのは老人としては辛いところで、そんなことで十把一絡げにはしてほしくないと妙に力む。脊椎狭窄症の大の親友は老人らしいが、そんな傾向は前回の検査ではなかった。

私の腰の痛みの原因は、老化から来ているのだろうか。

若い方には詰まらない話なのだが、私にとっては、次から次へと連鎖していくことに「少し違う日々」が自分の中に起こりつつあることに恐怖を感じてしまう。

でも、時は待ってくれないし、明日しなければならないもあり、着実にこなしていかなければならないことは多々ある。一つは音声認識をパソコンでやってみることだ。どれだけ使えるのか興味は前からあったが、今のところ生業として使えるのは皆無であった。あと我が家の建てた建築業者からも近々連絡が来るはず。また、おもしろい話ができるかもしれない。今は、どう転ぶかわからないので、とても言えない話だけれど・・・。

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家づくりは一回では成功しない(83) [我が家]

2020.1.26

こんにちは。

昨日、横浜のほうまで行ってきた。薄めのコートで行こうと思っていたが、家人から「それは寒いよ」とたしなめられた。それで2年ぶりぐらいの登場のトミーのダウンを着ることにした。確かに行き交う多くの人はダウンを羽織っていたが、ダウンとマフラーとニット帽とマスクで電車に乗っていると汗をうっすらとかいてしまった。風もなかったせいか、そんなには寒くは感じない。多分、レインコートぐらいでも十分にオッケイの気温だった。やはり、1月の気温ではないね。

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一昨年9月14日の現場です。

DSC_0695.JPG

外壁タイルを貼るところです。

コーナーを最初に貼る。




















DSC_0696.JPG

ちょっとバックして撮ってみました。





















DSC_0697.JPG






四隅全部を先に貼り付けておりました。
















DSC_0698.JPG

その後に平らな壁面を貼り付けていく。





















DSC_0700.JPG

タイルの材質はこんな感じです。

今はこの手の色が多い気がします。

風通し、日当たりの具合でゴミ、カビ

は発生しやすいかもしれない。

日陰の立地なら絶対選ばない素材です。

















DSC_0701.JPG

遠目で見るとこんな感じ。





















DSC_0702.JPG

昔は1枚1枚貼っていることがあったらしいが、今はそんなことはない。1メートル四方ぐらいの板になっていて、それをジグソーみたいなに貼り合わせていく感じ。


















DSC_0704.JPG

 

より平らな面を見るとこんな感じになる。





















DSC_0705.JPG




それのアップです。



















DSC_0706マデ.JPG


そしてまたまたアップのズームイン。












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らしく生きる [生活]

2020.12.25

こんばんは。

今日は親戚の方のお見舞いに行ってきた。病は突然目の前に現われる。それは予告もなく、台本もない未知の世界だ。水泳の池江さんのことも、ちょっと時間が経てば皆忘れる。あんなに涙した人もいたのに・・・・・・まあ、そんなもんです。苦しいのがわかるのは、本当に自分だけ。本人は別に同情してほしくはないし、見せ掛けだけの同情は本人に失礼というものだ。

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「らしく」生きることは難しい。

どんなときでも「らしく」生きる、それは格好の悪いことかもしれない。

若いときは「らしく」なんて生きられない。あの人のように、あのタレントのように、あの歌手のように・・・・・・みんなみんな、そう自分を化粧させて生きていく。自分が確立されていないし、自信がないから他人の着ぐるみを着てみたいと思う。それが青春、青春の特権だ。中年のおじさんが、それをやったら、ただの馬鹿丸出し。

でも、「らしく」生きるは大切なこと。それをいち早く見つけた人こそ、それだけ早く自分の生きる道を見つけられる。「らしさ」は自分を真正面から見ること、それは辛いことであり、怖いことであり、見たくないこと。

それを真っ正直に見る。自分を見つめる。それが人生においては大切なこと。

格好付けることは青春だけど、青春だけでは一生は終われない。

一日も早く「らしく」を見つける。それが人生であり、生きていくべき意味になる。

自分は「らしく」に気がつくのが遅過ぎた。

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家づくりは一回では成功しない(82) [我が家]

2020.1.24

こんばんは。

今日もいろいろあった。手紙を出した。ある人に出した。これで決まらなければ、私の負けとなる。

AIによる音声反訳が出たと2社から発表があった。20年前なら、これは私たちにとっては死活問題。天地がひっくり返るぐらい大変なことだが、運良く、人生の全盛期を過ぎていたので路頭に迷わずに済みそうだ。愚息二人は私立大学で下宿。バイトはするなと小遣いをわたし、一人の愚息はあろうことか1年留年。一瞬ではあったが、親二人でせっせと稼ぎ続け、年収はやっとのこと大台に乗った。そうでもしないと家を売り払わなければやり繰りができないところまで追い詰められていた。多分、近々に私たちがやっていた職業はなくなる。時代の流れは思いの外早い。

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一昨年9月14日の現場です。

DSC_0687.JPG

昨日同様、サッシ下縁のものはなんぞや。





















DSC_0688.JPG




ここも同様途中まで引いてある。


















DSC_0692.JPGやっとわかった。

外壁のボードを支える金具。

なるほど、それで合点がいった。




















DSC_0693.JPG外壁を入れたことで縁金具ともどもすっきり納まった。





















DSC_0694マデ.JPG


コーナーもすっきり。歪みもない。

しかし、こういう石材だと汚れは入り込み、早く汚れが目立ってしまう可能性もある。



































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家づくりは一回では成功しない(81) [我が家]

2020.1.23

こんばんは。

こんなことでストレスを溜めてはいられないね、と思うことが生きていく上では多い。


家を新築してから早1年を経過。家周り(水はけ)は進捗がないに等しい。台風・オリンピック・消費税の影響での人手不足は確かに理解できるが、それまでにメーカー側に寄り添い、斟酌しているほど、私はお人好しではない。

組織にいるときにもいろいろとストレスはあった。上司の言い方、求め方に、どういう意味なのかとか、どのような対処すればいいとか考えあぐねたこともあったが、今回のように眠れなくなるほど悩んだことはない。いや、今回は悩んだというよりは怒りが納まらなくなったといったほうがいい。しかし、このような怒り(ストレス)はからだには結構打撃となる。それが原因でガンを発症したり、うつになったり、情緒不安定になったりする方もいると聞く。

25年以上前になるが、私はリストラをされた。大分前にも書いたことだが、それまでは帰る店はあったが、あるときから「おまえの帰る店はない」と告げられた。それは理由もなく、噂が先行し、その後辞令での周知となった。「噂」から聞こえてくるリストラ宣言は、ボディブローのように鈍な私にも結構に効いたのを覚えている。1年間自分のいる席はなくなり、千葉県内の店を絶えず回され続けた。その存在は、どこに行っても空気のような存在であった。つまり、「いても」「いなくても」いい。そんな状態を微妙なバランスで続けさせられていた。当然、怒りは絶えず沸き続けるが、それを表には出さず、ただ淡々と仕事をこなすことだと自分は理解するに至っていた。

1年が経過した。社内における空気のような存在が解かれた。1週間後、「○×の店の所属になれ」と言われた。

自分は即断した。「辞めます。この会社を退社します」と偶然居合わせたその店の上司に告げた。上司は目を見開いた。自分の意志は固く決まっていた。

・・・・・・まあ、こんなことを書くつもりは全くなかったんだけど、人間はいろいろなストレスで知らず知らずに病に犯されていんだなと思ったので、ついね。あと、身内にもガンを宣告された人がいたんで、ついね。その点、私は鈍だからね。そんなことにも負けずに、腰痛とか、肩痛で今のところは納まっている。

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昨年じゃなかった、一昨年の9月14日の現場です。

DSC_0682.JPG










前回同様、サッシ下の金具を写してみました。












DSC_0683.JPG







これも同様です。下の縁に四角く出っ張りがついています。














DSC_0684.JPGこれはまだみたいです。






















DSC_0685.JPG












ここもまだ取り付けられていない。










DSC_0686.JPG





こんな感じで全部を取り付ける。


ちょっと見にくいけど、ここも同じ感じ。


 

奥の方からずっと付けてあって、途中で切れている。でも、何の縁付けなんだろう。





 

 

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追悼式中止の意味 [新聞記事]

2020.1.22

こんにちは。

今日こんな記事を皆さんも読んだと思う。

「東日本大震災追悼式中止」官房長官が言った言葉だ。

「えっ?」と思ってしまう方もいたのではないか。

それは・・・・・。

お金の問題ですか。

場所の問題ですか。

10年経ったからもういいんじゃないの・・ということですか。


人間の記憶はただですら時間とともに消えていくもの。心の傷は時間が一番の良薬であることは認めます。しかし、消し去ってはいけない記憶も多くあるはず。それは自分に不都合なことでも、体制に不都合なことでも決して消え去ってはいけない。消え去っては人間の進歩は露程もなくなってしまう。

やはり原子力行政が絡みますか。

原子力発電は国を挙げて行ってきた事業だからですか。

炉心溶融の恐怖は忘れてしまったのですか。

福島の核燃料棒はどうなっているんですか。

六ヶ所村の再稼働は断念なすったんではないですか。

燃料棒は地底深くに埋めておしまいになるつもりですか。

その場所はどこにあるのですか。

そうそう、汚染水の問題は? タンクはいつまでもつんですか。 

プールでおしっこをするみたいに汚染水を海に流して希釈ですか。

火力発電はCO2の発生が高いからですか。

あのとき、なぜ自然エネルギー発電に舵をお切りにならなったのですか。

追悼式をおやりにならないことは、そんな記憶を後世の若者に、これから生まれてくる若者に伝えないようにしようという姿勢にほかならないのではないですか。

臭いものに蓋ですか。

このとんでもない決定を国民は黙視、軽視、無視してはいけない。とんでもない決定を、官房長官の無表情の中から読み解き、できることなら撤回させなければいけない・・・・そう私は思います。

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これで安定? [生活]

2020.1.21

こんにちは。

まずいね・・・・天気が続いている。オーストラリアの火災は止まらない。日本は既に初春の気候だ。昨日、前に住んでいた家に行ってきた。移植のために昨冬にばっさりと枝を切った。枝の先は深い緑の葉っぱが既に繁っていた。もはや春だ。これはまずい。この夏は本当に覚悟をしたほうがよい。900ヘストパスカルを下回るような台風が来るのは、自然界では決定事項かもしれない。

パソコンは安定。internet explorerでしっかり入れた。これが続いてほしい。確かに何日かすると安定期に入ることはいつもことだが・・・。

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仕事で何度も顔を見ている政治家がいる。今回のIRで結構微妙な立場になっている。

その人とは立候補当初、立会い演説で同席することがあった。私は末席にいる身分なので、彼は私の名前も顔も知らないだろう。大きな部屋の片隅にいた私に、その人はわざわざ挨拶に来た。「へぇ~、珍しい。フランクな方だ、当選するといい」と心の中で思った。その人は当選した。次の会議のときにまた会った。顔を合わせた(目が合った)が、彼は挨拶には来なかった。別に何の意味もないだろうし、気にも止めなかったが、それ以降何回も同席したが、全く私には挨拶に来なくなった。「へぇ~、そんな人なんだ。」と思いを新たにした。人柄は、そんな些細なところに現われる。彼におごり、昂りがあったかどうかはわからないが、人間の行動は素直だ。人柄は確実に思わぬところに現われることは間違いない。

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若者よ今がチャンスだ。 [新卒・転職]

2020.1.20

こんばんは。体調もやっと元に戻った。家人には「いい加減にして」的なニュアンスで言われてしまったが、まあ、40年以上連れ添うと無意識に相手を否定し始める。これは誰でもあることで、若いときは愛と欲とが勝っているので、そんなことはないが、そうではないカップルが現代という社会では極めて多い。何かの弾みで結婚をしてしまったなんていうカップルがいると、早晩、結果は見えてしまう。喧嘩というものは、国同士であれ、ご近隣さんであれ、クラスの学友であろうとも大体似たりよったりというところがおもしろい。他人から見れば本当に些細なことだが、ご当人同士にとっては引くに引けない言い分がある。

そんなどうでもいい話ではないが、今日は頗る気分がいい。それはinternet explorerでもログインできたことだ。だから、これを打つのが気持ちよく、通常の打ち方で打てる。気持ちがいい。しつこいが気持ちがいい。右下に小さい窓が現われて、それに文字をいちいち入っては本文に入るのでは、目が霞んでしまうほど疲れる。でも、今日はどうしたわけが、直ぐにログインできた。これはどういうことなんだろう。明日はダメかもしれないが、気分のいいうちに大いに打っておきたい。

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就職氷河期の若者に対して、国が救済策と銘打って求人をした。その倍率が半端じゃない。内閣府はたしか若干名となっていたし、厚労省だって一桁だ。それに対して多くの方が応募をしたわけで、その倍率は異常値となった。土台「就職氷河期」という区分が曖昧だし、それ以外は十分に正社員で働らけているかというと、そんなことはないわけで、時給で黙々と働いている若者が多くいることをどんな気持ちで考えているのか。馬鹿にするなと思ってしまう。所詮は政治家を初めとする輩のアリバイづくりであって、ガス抜きとも言われる手法。「手法」という言い方をするとまたまた頭にくるが、大体、大きな体制側の人間は、そういう態度をとる。私業なら、それは致し方はない(百歩譲って)かもしれないが、公は、そうであっては絶対にいけない。それを今のトップは誰もができていない・・・・・というか、そういう意識が全くない。私は安倍さんが好きでも嫌いでもないし、枝野さんが好きでも嫌いでもない。正直なところ、彼らのことはよくわからないが、これだけは言える。体制側に入った途端、彼らは豹変する。その体制を、自分の家のように、我が領地のように守ろうとする。その体制は、国民の、我々のものであるはずなのに、それを一気に忘れ去るという暴挙に出る。「公人は清貧たれ」という思いの欠片も持ってはいない。しかしかながら、それはある、自分はそうだと口ではシャアシャアと言うから余計に腹が立つ。

「若者よ今がチャンスだ」と私は思う。そういうぐうたらの政治家が多いのは、今に始まったわけではない。それは若い方々でもおわかりのとおりだ。政治家が皆皆成人君主であったのなら、若者の出番は皆無だが、わざわざ今の政治家は隙を見せ、若者の登城を待っているかのごとく振る舞う。これを絶好のチャンスだと思わないほうがおかしい。そんな若者の登場を、今か今かと私は待っている。

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家づくりは一回では成功しない(80) [我が家]

2020.1.19

こんばんは。昨年9月12日の現場です。

全部で9枚写真が並びます。

DSC_0673.JPGこれはコーナーに金具が付けられています。





















DSC_0674.JPGこんな感じです。





















DSC_0675.JPG壁もついて、サッシを入って、部屋の状況がわかってきた。




















DSC_0676.JPGこれは外側。サッシの下側にまた別の金具が付けられている。




















DSC_0677.JPGこんな感じで、自分ではかなり気になったところだったんですが、今はチンプンカンプン。




















DSC_0678.JPGここも同様。2~3種類の金具が付けられているような。




















DSC_0679.JPGこれも同じもの。





















DSC_0680.JPGこっちは白じゃないね。





















DSC_0681MADE.JPGこんな感じで全部が覆われていく。


写真はあと600枚ほど撮ってある。ちょっと嫌になってきたけど、最後まで載せないとね。最初で最後の家づくりだから。今回、「家づくりは一回では成功しない」を地でいってしまった。最後でどんでん返しがあるから、私にとっては、かなりの試練だけど、家をこれからつくろうと思っている人にとっては参考になると思う。

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相変わらずお手上げです(3) [生活]

2020.1.19

こんにちは。

Windows10への移動作業は終わったものの、入力の細かな設定(動作環境)であれこれを思い悩んでいる。結局のところ、富士通の親指シフトはバージョンアップをしていないためか、ヤフー(internet explorer)では対応しているが、Chromは対応してくれていないとのこと。私は最近ヤフーよりもChromのほうが画面変換が早いものだから、Chromでずっとこのブログは打っているし、検索ももっぱらChromでやっていた。ところが、今回のWindows10の変更でChromだと検索が打てないということが判明――前に記載したと思うが、「検索」の窓に文字が入らず、左下に文字が出る――出るからいいという程度の頻度ならいいが、これがなかなか使いにくい。仕方なく、またヤフーに戻した。すると、今度はこのブログがログインできないことになってしまった。つまり、ヤフーだと検索はできるがログインができず、Chromだと検索はやりづらいがログインができるという、JISキーボードの方には全く理解不能な状態になっていることとなった。

これはまだ何か設定がされていないからと思いたいが、これは富士通さんでも対応は微妙で、十所十色(十人十色)という言葉があるかどうかはわからないが、人それぞれの設定で微妙に変わっているのが現実のようだ。5~6年前にもXPから7に変わったときに富士通さんにお聞きしたのだが、そのときの方と同じ女性の方?の声。一般にデルなどに問い合わせるとマニュアルに沿った対応をされ、話がかみ合わないことが多いが、この方は切れ者で,ピシピシと指摘をしてくれるので、頼りになる方だ。

実は昨日、ブログに入ろうとしたら、「技術的な問題で今ログインできません」という画面になったため、更新をせず寝た。そして今日、同じようにログインをしようとしたら昨日と同じコメントの画面が出てきたので、そうなんだinternet explorerだと入れないんだということがわかった次第。

いやいや困った困った。JISキーボードに変えればいいじゃんと簡単に第三者の方々は言うのだけれど、1時間に6000字ぐらいを打たないとオマンマを食べられない我が身にとっては、急にはそれができないのが現実。でも、そろそろそうしなければいけないのが現実なのかもしれない。富士通でも苦肉の策で、JISキーボードを親指シフトの配列にと変更シールなるものをつくっているようで、それを張って使えという策もあるようで、この方法しかないのかもしれない。

まあ、かなりレアな話でご興味をもたれる方も皆無でしょうが、富士通さんバージョンアップをお願いしま~~~~す。


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最悪のシナリオ [生活]

2020.1.18

こんばんは。今日はうれしい小雪。結構寒いけど、夏のことを考えるとこの気温は当然というか、必然のことと思っている。

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フィリピンのタール火山の爆発した。ふ~んと聞いていた鈍な私はそのことの重大さになかなか気がつかなかったけど、確かにそういうふうに見なければいけないんだなと思うに至ったことがある。


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相変わらずお手上げです(2) [生活]

2020.1.16

今日は一段と寒くなってきた。それはそれなりにうれしいがオーストラリアはやはり大変なことになってしまっているようだ。やっとのこと日本政府も自衛隊の派遣に踏み切ったようだけど遅すぎの感があり、それは少し残念。まあ、行かないよりはましだけれども。

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ウィンドウズ7の終了で、またまた大変な思いをしている。これは何とか10に変換したのだけど、キーボードは親指シフトのため、いろいろと設定が難しい。JISのように付けて、「はい、オッケイ」というわけにはいかない。毎度のことだけど、今回は前回のときよりは少しはましに、サポートセンターのお世話にもならず、一応は打てるようになっただけ、自分に進歩があったのかと思ってはいるものの、仕事として6時間もの会議の起こしとなると、こんなやりにくさでは到底間に合うはずもなく、この字もワード文書を開いて、何とか打っているものの、ブログには直接打つことができず、いちいちコピーをしながら、移しながら打っている。キーボードを打っている方にはご理解いただけるかと思うが、変換キーを1つ打つか打たないかで5字も10字も進み方が変わってしまうので、今のところ仕事が立て込んでいないのは幸いしている。今も設定をああでもない、こうでもないとやっているのだが、解決には至っていない。アウトプット、インプットも全くうまくいかず、困ったまま時間切れになり、一つ一つ移していく作業になりそうで、全くサポート終了という企業サイドの事情で消費者が右往左往しなければならないのは合点がいかない気がする。そんなことを打っていたら、既に日をまたいでしまった。

明日はやはりサポートセンターに電話が必要になりそうだ。そういう意味で今回もお手上げ状態が続く

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相変わらずお手上げです。 [生活]

2020.1.15

こんばんは。

今日は愚息宅へヘルプ。相変わらずのフォローをしてきたが、珍しく家人は愚痴っておりました。私はとうにあきらめていたが、家人から改めて言われると忘れ去ろうとしていた古傷に塩を塗られたような気持ちになり、ついついそのことを思い出すことになってしまった。所詮は他人さんが入ってきたのだから、そうそううまくいくわけはないのだが、プライドがないのか、意地がないのか、家事に対する向学心がないのか、ふがいなく「暖簾に腕押し」。私たちは確かに孫の顔を見たい気持ちももちろんあるけれども、正直、心底には愚息への負担を減らそうとの思いが強い。それが周り回って夫婦円満、家族円満となっていくわけで、昨今の夫婦離婚の原因の多くは「私ばかり家事仕事をさせて」、「俺は外で働いて疲れているんだ。休日ぐらいは休ませろ」という正直な気持ちを包み隠しながら、生活を続けていくことが原因の大根っこ。10年、20年の我慢が、夫婦間の齟齬、世に言う「性格の不一致」という言うに言われぬ言葉となっていくわけで、結局のところ、お互い余りに些細なことをあげつらうにはプライドが許さず、仕方なくそんな短いフレーズで鉾を納めることになる。

まあ、我が愚息家の場合、夫婦共働きではないのだから、根本的にイクメンという言葉は全く当てはまらないだろう。それを週末に夫に求める奥さんは、家の中における主婦力がないことをもろに露呈することになる。別に女性が家事をすべきだと言っているわけではなく、家事をする人間は主婦でも主夫でも構わないのだ。もっと端的に言うのなら、稼いできてくれる人間に対し、家はゆっくりと英気を養うところであるべきだと思っている。それがあることが前提で夫婦生活は何十年も続けていけるわけであり、その気持ちが、男であれ、女であれ、外で稼いで来てくれる人に対しておもんばかる気持ちがないと、それは永続できないと私は思うのだが・・・・・世のイクメンであるべきと言う方たちは、共働きを前提にして考えているのが当然であると私は思っているのだが、それは古い考えなのだろうか。

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家づくりは一回では成功しない(79) [我が家]

2020.1.12

こんばんは。

一昨年9月11日の現場です。

DSC_0666.JPGこれはキッチン。左側は仏壇が入る。






















DSC_0667.JPGここは多分、仏壇の裏側。冷蔵庫が入るところだと思う。





















DSC_0668.JPGこれはその頭上。ダクトの排気口が見える。






















DSC_0669.JPG左側の黒枠サッシは勝手口。

中央のくぼみは物入れになる。

左側の壁の向こう側に冷蔵庫が入る。



















DSC_0670.JPG上の写真を少しズームアウトし、離れたところから見た。正面左側、壁はまだできていないが仏壇が入る。中央正面の向こう側(分断の反対側)には冷蔵庫。その右は勝手口。手前の開いているところにシステムキッチンが入る。

















DSC_0671.JPGここはリビング入り口の物入れ。






















DSC_0672.JPG上の写真をアップしたもの。この壁の向こう側は横スライドの引き戸が入る。

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今を忘れない。  [新卒・転職]

2020.1.12

こんばんは。いい感じで寒い日が続く。

昨日も書いたがオーストラリアの問題はもはやオーストラリアだけの問題ではなく、地球全体の問題になりつつある。依然として、温暖化の影響がある「らしい」という表現しかできないマスコミ各社は「馬鹿じゃないの」と言っておきたい。間違いなく我々経済最優先の生活態度にあることは疑いのないところだ。災害の当事者になり、身内に犠牲者を出して初めてそれに気づく、地球上で最もあわれな生き物が人間ということになりつつあることは秒読みだ。ついつい言い方は過激になってしまうが、現実だから仕方がない。

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今日の本題は「今を忘れない」ということだ。日本に生まれ、日本に育ったこと。これはすばらしい財産でラッキーなことだ。もし私が、あなたが北朝鮮に生まれたらどうなっているんだろう。自由、金、食料もなく、毎日風呂に入ることもままならず、飲み水だって川の濁り切った水を飲まなければならない。言いたいことも言えず、こんなブログで言いたいを言ったが最後、監獄に送り込まれ、運が悪ければ政府転覆を企てたとばかりに銃殺されてしまう。周りの人間は政府に対する不穏分子がいないかを探し回り、少しでも政府に媚びる生活をし、密告・通報によって自分の生活の糧を得るなんていう世界が現実にある。中国だって同様だろう。イラン、イラクだって同様で、絶えず戦時下に置かれ、不自由な生活を強いられる。女・子どもは絶えず身の危険を感じ、男の目にさらされることを避け続ける生活をしなければならない。男女同権、働き方改革なんて露ほどもない。それは我々日本人からすれば想像を絶する世界だろう。その平和な自由な日本にあって、その体制を崩れないように、崩さないように生きることの重要性を考えなければならないのが現役世代の役目だろう。誰にでも今いる現状に不満はある。が、しかし、不完全ながらも民主主義を標榜し、それを目指している国にいることに目を向けなければならない。若い人ほど政治に無関心ではあるが、今ある自由は、その政治体制であるが故ということも現実であり、その「今を忘れてはいけない」。絶望も、俯瞰もしてはいけない。現実を見て、その現実に参画し、改善していく勇気を持たなければ若者である価値はない・・・・・と思う。

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若者は忘れてはいけない [新聞記事]

2020.1.11

こんばんは。

私のローテーションでいくと今日は体調がいいことになる。やはり、そうなった。今日は体調が頗るいい。パブロンの咳に特化した薬を家人が見つけてくれて、それを飲んだためか昨日は一、二度咳が目が覚めたような気がしたが、ほとんどは熟睡できた。
【指定第2類医薬品】パブロンSせき止め 24カプセル ※セルフメディケーション税制対象商品

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  • 出版社/メーカー: 大正製薬
  • メディア: ヘルスケア&ケア用品
これをしっかり飲んだ。粒は少々大きめだが1回2錠を飲んだ。
【指定第2類医薬品】パブロンゴールドA<微粒> 44包

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  • 出版社/メーカー: 大正製薬
  • メディア: ヘルスケア&ケア用品
その前までは母が持っていた風邪薬が飲んでいたが、それをすべて飲み干してしまったが治らなかった。さすがに44包あったわけではないが、20包ぐらいは飲んでしまったと思う。
腰の状態もいい感じ。昼食後、すかさずランニングをしてきた。帰ったら庭仕事--バラの春への準備を何もしていなかったので、そろそろと思っていた---をしなければ思っていたが、冬の夕暮れは早い。午後3時半を回るとあっという間に寒くなり、暗くなる。仕方なく、そうそうに家に入った。
家人がお団子状態に丸くした揚げパンをつくっていてくれたので、コーヒーを飲みながら5~6個摘んだ。以前は中にアンコを入れてくれたが、健康診断の血糖値も上限ギリギリだったので、甘いものはすべてカット。揚げてある油もオリーブ油と相成った。
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今日の本題。我々ジジイが犬の遠吠えをしても始まらないのは今に始まったことではないが、南半球の乾燥は異常だと思う。遠くの国のことだから、ついつい他人事視してしまっていたが、オーストラリアでは森林火災がたびたび発生している。毎年といってもいいくらいだ。原因は何かといったら、それはユーカリの木だ。ユーカリの葉っぱをもむとあの香りがたつが、油も出てくる。それが太陽光によって自然発火するということだ。それは自然の摂理の焼き畑的なことで本来はベストなことだったらしいが、だんだんとその火災がエスカレートして人々に被害を与えているとのこと。それで合点がいった。なぜ毎年毎年ニュースになるんだろうと思っていた。
しかし、この温暖化が進む中での森林火災は自然の摂理として黙視していくわけにはいくまい。多くの動植物が消滅してしまっていくことを思うと、それは他人事として見ていてはいけないのだと思う。それに地球はどう見ても一つだ。南だ、北だと言っている場合ではもはやない。一つの知識として、一つの思いとして心に留めおき、今は災害のない冬の日本ではあるけれど、今後まますます起こるであろう温暖化による自然災害を防ぐ手立てを考えることも大切なのではないかと思った次第。

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右に転んでも左に転んでも、いい方向で考える [生活]

2020.1.11

こんばんは。

時は0時を過ぎたから12日の土曜日。しかし、気持ちはまだ金曜日。NHKで「72時間」というドキュメント番組は欠かさず見たところだ。相変わらず、テーマソングはいい味を出しているなと思う。今年の「クリスマスの約束」には彼女(松崎ナオさん)が出演した。そのテーマソングを小田さんとデュエットをした。お聞きになった方も多いのではないかと思うが、その独特のメロディーはいつ聞いてもいい。よくこんな歌がつくれるものだと彼女が将来が楽しみだ。


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少し我が家の話をしなければいけなくなった。

以前住んでいた家は平成7年に建てたものだ。かれこれ23年住み続け2人の愚息を世に送り出し、彼らはそれぞれ家庭を持った。その一人は大阪に出張中であったが、この春、子どもの入学に合わせて帰ってきたいという希望を会社に出していた。それが通るかどうかは人事案件なので私どもにはわからないが、愚息であるが故に、そんなに優秀ではないことは身内である私たちが一番わかっていた。そんなキーマンであるはずもなので、希望を出せば直ぐに帰ってくるものと家族は皆思っていた。彼自身もこっちに戻ってくるのはいいが帰る家がない。困ったなと言っていた。ちょうどそのとき、私の母は存命で、寝たきりになるのは時間の問題であった。しかしながら、私は仕事の関係上、母に一人暮らしを強いていた。もちろん、朝夕にヘルパーさん、昼には私が食事の面倒を見ていたが、夜は母一人の状態が続いていた。そこに愚息が帰ってくるという話が出てきたものだから、そうか、ちょうどよかった、私たちは母の隣に住もう。そして、今まで住んでいた家を愚息に明け渡そうという算段になったのは、当然の流れであった。

年が明け、家族みんなが集まって年末年始を過ごしたときのこと。彼が突然、こんなことを言い出した。「こっちに戻ってくる件だけど、社長から後釜を育て上げたら、その人と変わって君は戻ってくればいい。それまでは大阪支社に残ってほしい」と言われたと言ってきた。前々から人を育てないと大阪は抜けられないと言っていたが、愚息のできるポジションなんて、変わりは幾らでも・・」と思っていたものだから、内心「えっ!」思った。困った、今更引越しをし直すわけもいかず、今までの家はどうしようということになった。この1年間月一程度で行くだけだったが、やはり痛みは出てきているようで、オートロックのドアも不調が出始めていた。これ以上空き家にしておくわけにはいかない。

彼らが春に来ないとなると、私の体調不良も手伝って、ますます家のクリーンアップが遅くなりそうだし、その後の算段を決めなければいけない。いずれ愚息は帰ってくることを考えると売り払うということもままならず、貸した場合、こちらの都合で明け渡していただくというわてにもいかず、本当はすごく困ったことになっているわけだが、そこはそれだけ選択肢ができたんだと考えれば、それはそれでまたいろいろと工夫ができていいのではないかと、老人の私にしては前向きに考えられていることに妙に満足してしている。しかし、何かいい知恵はないものだろうか。

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年をとると後ろ向きな発言が多くなる [生活]

2020.1.10

こんばんは。

本当はかなり辛い日々。健康的には最悪は脱したものの、いま一つ完治しない。昨夜は咳がひどく寝入り前に1時間はグズグズと眠れなかった。深夜2時ごろだろうか、咳で目が覚め、うがい薬でうがいをし、ホールズをナメナメ寝た。朝方4時半過ぎに再び咳で目が覚めた。家人を起こしては申し訳ないという気持ちもあり、洗面所に行ってうがい薬を喉にダイレクトに掛け、台所で緑茶を飲み、テレビを付け5時のニュースを見て時間を潰した。それでも案配はよろしくない。困ったもんだ。パブロンも切れてしまったし・・・・。

今日も一日養生しかない。家人に風邪薬を買ってきてもらった。昨夜は以前病院でもらっていた咳止めの薬があったので、それを飲んだが余り効いた感じがない。2度ほど飲んだが効果なし。いつもはこれで熱も出てくるのだが、今回は早めに対処したせいか熱は微熱で治まっているのは幸い。昨日のランニングできたのがうそのようだ。

やらなければいけないことは山ほどあるので、床になどついてはいられないのが、ご覧のとおり、パソコンを打つことぐらいしかできないでいるのは何とも悲しい限り。

たかが風邪ぐらい、腰痛ぐらいと若い方たちはお思いだろうが、年を重ねてくると、少し長引くことで、これから先が自分と寿命との勝負になるのではないかという恐怖心が出てくるのが不思議だ。若いころは、そんなことは露程も思ったことはないのにね。

「やりたい」という気持ちと「やれる」という気持ち、「したい」という気持ちと「できる」という気持ちは違う。若いから、時間があるからと思ってはいけない。やらなければと思っても体が付いてこなくなれば、それで終わりだ。思いついたら、それを逃してはいけない。時間はあっという間に過ぎていく。時を忘れず、時を恐れず、時を追い越し、時に待つ。そんな気持ちを持ち続けないと決して人生には勝てない。

今日は、そんな老人の愚痴を書いてしまった。

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家づくりは一回では成功しない(78) [我が家]

2020.1.9

こんばんは。そういえば、今日走っているときに雲を見たら、こんな雲が見えた。

DSC_2127.JPGこれはどう見ても冬の雲ではないね。

でも、今は1月で冬真っ盛りのはず。夏が怖いね。













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昨年9月11日の現場です。


DSC_0661.JPG

ここは玄関からキッチン方向を見ている。キッチンに入るドアは横引きのドア。これが難問を私に突きつけた。



















DSC_0662.JPG上の写真を左に振ったところ。

玄関の入り口です。

これも横引きのドア。

家人のたっての希望です。


















DSC_0663.JPG壁板を取り付けたが、まだまだやることは多くあるのか、資材が床一面に残っている。

一日一日様相は変わっているのだが、素人の私にはよほどの変化がない限り、日々の変化はわからなくなってきた。

















DSC_0664.JPG上の写真を左に振ったもの。ここはキッチンの正面。横スライド窓が正面に見えるが,これは右側にノブ(取っ手)があってグルグル回して開けられるが、左の小窓は、はめ殺しの窓。


正面のボード(少し手前)にシステムキッチンが入る。















DSC_0665.JPG上の写真をまたまた左に振ったところ。左の枠取りは仏壇が入る。

扉を付けたが、もう少し大工さんに技術があれば(頼めばやってくれたんだろうけど)、スライドのドアを付けてほしかった。それに少しばかり狭いね。


ここまでで大体半分が経過。まだまだ大工さんの工事は続きます。


















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風が強い [ランニング]

2020.1.9

こんばんは。

強風の中ランニングをしてきた。少し体が楽になったこともあるけど、湿布を腰に張りながら走ってみた。正直なところ、昨日は体じゅうが気分が優れないというか、気持ちが悪く、何もしたくない。そんな感じ。まあ、老人だから仕方がないけどね。しかし、今日は気分転換も兼ね、あと健康診断の結果を見て、少々ショックだったこともあり、せっせと走ってきた。8キロぐらい。気持ちは爽快。以前、飲み込みが悪くなったとき、これはまずいと思い、何の根拠もなく夜走り続けた。走ることで食道が刺激されて、飲み込んだときの違和感は飛んでしまうんじゃないかと他人が聞いたら「馬鹿じゃないの」と言われそうなことだけど、そんなことを2年間ぐらい毎日続けた。いい加減な私としては、人生初めてまめまめしくやったことかもしれないランニング。ナイトランとか言ってよく走ったもんだ。ランニングが功を奏したかどうかはわからないが、飲み込む違和感は消えた。あんなにはっきり意識していた違和感が消えた。まあ、それはそれで良しとして、今回は健康診断の数値が異常だ。これも人間--ましては私の嫌いな医者連中が決めたことなので無視をしてもいいのだが、それを振り払う勇気もないものだから、その数値をクリアしようとあがいている。

詳細はこうだ・・・

HDLコレステロールとLDLコレステロールの値が異常値となった。善玉菌と悪玉菌だ。悪玉菌÷善玉菌=2.0以下が正常値。これが私は3.9もある。これは毎年健康診断をやっていて、だんだんと上昇しつつあって、今回は前回の健康診断より3か月経過したので、市の健康診断を再度やった結果だから、時系列的にも誤値ではない。3か月前より0.3ポイント値は悪い方向に上昇している。それが絶対ではないと思いたいが、やはりどこからともなく拘束される無形の圧力があることは確か。食事療法はかなり前からやっていて、肉食もやめる方向に、野菜・魚中心の食事へと移行したが上昇はとまらない。卵とヨーグルトは毎朝摂っているが、それは最低限の栄養源と思っていたが、これもやめる対象になり、野菜と魚の食事で生きていくことになりそう。今回思いつく原因は、その卵とヨーグルトと牛乳。これをカットしてどれだけ数値が下がるのか。また、3か月後に検査をしてみたい。

本当にこのコレステロールの数値は正しいのかい???と聞いてみたくなった。

ちなみに中性脂肪は4割減って50台となった。口から入れた結果はなかなか馬鹿にはできない。

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春が近いね [生活]

2020.1.9

こんにちは。

不遇なことが起きようと幸せなことが起きようと時はとまらずに動いていく。

私にとっては体調不良が続くが、ふと桜を枝を見上げたら既につぼみが固く閉じながらも息づいているのがわかる。時は誰にでも公平で裏切らない。きっと君の周りでも同じだ。

DSC_2130.JPG                                                                                                                                                                                                                               



















              こんな感じ⇧で蕾はまだまだ硬そう。

世の中は激しく動いている。世界も新春早々に激しいニュースで持ちきり。だけど、まずは日本だ。日本人である自分たちが日本をよくしていくんだと思い続けることが最も大事なことだ。それは年寄りとか、若者とかは関係なく、みんなが思い続けること。思い続けることできっといい知恵が出てくる。外国人労働者を受け入れることになったけれど、問題はこれから起き始める。今もって大きな問題にならないことのほうがちょっと不思議だけど、遅かれ早かれ問題は山積し、国民を悩ませることになる。ただ、「受け入れるんじゃなかった」的な物言いにはしたくない。やると決めた政治はその責任を見極めなければいけない。そんな覚悟が政治家には見受けられないのは残念なことだ。依然として私利私欲にしか動かない日本の政治家は愚か者だけど、それは外国であろうと日本であろうと同じこと。トランプさんもひどいもんだ。「外国人だからすごい」的な発想は私たちの時代で終わらせるべきだろう。ホルムズ海峡で隣接国を黙らせるだけの働きはできないのは当然で、ロウハニ大統領が日本と韓国の仲裁者になれないことと同様で、日本人に力・知力がないということではない。そこで萎縮することもサラサラない。もっと日本を考えよう、もっと日本を、世界を知っておこうと桜を見て・・・・ふと思った・・・・・とはちょっと無理くりがあるかな。


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相続税(2) [生活]

2020.1.8

こんにちは。集中豪雨というほどでばないものの雨が一気に降った千葉界隈。

・・・・・と思ってトイレに行き、出てきたら既に青空???今まで雨か降って、庭は水たまりがあちこちできたはずなのに・・・・・・そう言えば午後から天気になり、気温上昇と天気予報で言っていたが当たったね・・・・と思い、家人は洗濯物を出した途端、それを見越したように今度は雲行きが怪しくなってきた。なんという天気だ。

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相変わらず、体調は頗る悪い。風邪を引いたこともあるが別の原因もある。しかし、ここではパスし後日記載としたい。

昨日は高齢の愚息宅へ行った。風邪気味であったが、視野欠損の家人の一人運転で行かせるわけもいかず、9割方治りつつあることもあり、私も同伴し、2人が帰宅したのは昨夜の22時過ぎ。あっという間に一日が過ぎてしまった。

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そろそろ今日の本題に・・・・。

昨日の相続税の話の続きです。納税するのは国民の務めであり、それは当然の行為。利益を生んだことにことに対して納税という行為が発生する。相続も利益かというとちょっと違和感はあり。消費税のように購買行為と同時に納税行為が発生すれば、滞納(納税漏れ)ということにはならず、その負担感もそう感じるものではない。120円のコッペパンを買ったときに9円の税金を払ったところて、その重税感はない。

しかし、私たちがそろばんを弾いて計算し、納税をしなければならないとき、つまり申告しなければならないときは、そもそも素人がやるわけだからミスが生じる。それは払い漏れもあれば、払い過ぎもある。じゃ、専門家に任せればいいじゃんという人は、それでいい。それでおしまい。何も言うことはない。しかし、我々庶民(貧民)は少しでも出費を抑えたい。それゆえに自分でやることになる。これはもって生まれた性癖だから仕方がないと言えば仕方がない。車検を通さなければいけないときであっても、車屋に任せるのはもったいない。今の車は性能もいいから先車検・後整備で十分とばかりに自分が車検場に持ち込んだほどのどケチの私としては、スタンスはいつも同じで、どうしたらお金がかからないかだ。そんな理由で自分ででき得るものは極力自分でやる。

申告のときにいつも思うことだが、税務署のスタンスとしては・・・・そこは税務署の職員の方から直接お聞きしたわけではないので、それは心外だと言われても仕方がないが、何回か申告をするにつけ、どうもそうそう傾向があるのではないかと思うことがしばしば。

それはどういうことかというと、計算間違いをして少なく納税をすると確実に修正申告をしろと言ってくる。間違いなく言ってくる。しかし、同じ計算間違いで多く納税するとどうなるか。当然、「もしもし、多くお支払いですよ。ですから、これは返却します」と言うはずだし、言うべきだと思う。しかし、現実は言わない。言われたことは私の場合は皆無。それ故、結構払い過ぎたことが度々。それをまた修正申告すると痛くもない腹を探られるのも嫌だから行かないことになる。第一税務署に行くこと自体、足が遠のくは誰しも同じこと。

税務署はしっかり取り立てることしか考えない。我々国民もしっかり納税をするが、一文も多くはしないように万全を尽くすべし。

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相続税 [生活]

2020.1.6

こんばんは。

昨日は微熱、だるさが続き、午後はじっくりと寝て過ごした。私は元来眠りは浅いので、夜以外は余り熟睡するほうではないが、昨日ばかりは熟睡をした。そのせいか今日は体調もよくと言いたいところが、今日も若干の微熱が続いている。パブロンを飲み続けていてもう少しで治るであろうと思いつつ、いつものことながらなかなか風邪の勢力から離れられないでいる。

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そういえば、母で亡くなって11か月が過ぎた去年の9月ごろであったであろうか。税務署からお尋ねと称して相続税の支払対象かどうかの問い合わせが来た。内容は母所有の土地の路線価、預金、証券、骨董品、生命保険に至るまで、こと細かに埋めるように指示する用紙が入っていた。幸いなことに内容をすべて埋めることができ、相続対象額にはならなかったので胸をなで下ろしたが、記入しなければならない項目はすべて埋めなければならず、簡単に通帳を写せば済むものはよいが、路線価なるものは素人である私には全くわからず、専門家の門をたたくのは簡単だが、費用はそれなりにかかるので、インターネットを駆使し、調べられるものは調べ尽くし、遺漏なきようにすべてを埋めた。路線価に関しては結構難しい。悪意なくても間違って申告すると再調査されるので、ここは慎重にやらなければいけないことになる。

(3000万+600万円×法定相続人)が基礎控除になるが、それを超えると相続税を支払わなければならないことはご承知のとおり。税務署側としては、それがギリギリの方には注意を払っているようで、ギリギリになりそうな方は前もって対策を打つなど十分に注意が必要だ。

税務署としては、皆保険、皆年金と同様に「皆相続」を目指しているわけで、現役勤労世代が減り続け、税収も激減している中、「皆相続」でしっかりと税収を上げたいと思っている。我々一般の国民としては、なけなしの財産、こつこつ貯めた財産を不注意から国へお支払いをしなければならなくなることは十分に避けたいところ。各々方、ご注意なされよ。

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