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俯瞰(ふかん)してみる人生 [新卒・転職]

2023.12.2

こんにちは。

今日、マイカーの屋根はうっすらと氷が張っていた。「氷が張っていた」という表現は正確ではないかもしれない--霜が降りていた--こっちの表現のほうが当たっているかな。

流石に寒い。洗面所は13℃。今年の冬は暖冬だと気象予報では言っていた気がするけど、極端化する気象に対しては人間のできることには限りがあることを思い知らされるばかり。

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昨日、幕張にある亀田クリニックに行ってきた。現役のころからずっと胃カメラ、大腸内視鏡をやってもらっているところで、今までのデータも残っているので話は早い。

最近、胃の具合が芳しくないので診てもらい、2週間後、胃カメラをやりましょうということになった。もちろん、自分自身、胃カメラを飲むことは好きではないが、触診、問診だけで「この薬出しておきますから、様子診てください」と言われてしまうような病院では、何となく心細い。「様子診て」とは「これ以上、何もしませんよ」ということだからね。今年の市の健康診断の胃カメラ検査は満杯のため断念。実費(三割負担)とはいえ、助かった

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職場内での事故、事件が相変わらず絶えない。社会人として企業に雇われた以上、そこそこ平均的な知識、常識、見識はあるわけで、それを企業として受け入れた以上、企業側としてはよりパワフルな社会人として成長させる義務があるはず。

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人間の特性として、いつも相手の劣っているところを見つけることで安堵する傾向があるのは、無意識の中の意識としてある。それは日々のニュースやゴシップ記事で「彼よりは自分はまだまだマシダ」と思って満足するのと同じかもしれない。逆に、自分より優れているとか、豊かであることに対しては斜に構えてしまったり、ひがんでしまうところが全くないと言えないことでも理解できる。

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人を育てるのは確かに難しい。

仕事で、組織で、そんな私的な感情を入れることなどあり得ないと思うかもしれないが、その組織の上司が、皆皆すべて聖人君子であるはずはないわけで、上司であろうと、その部下であろうと、人間性の一番底にあるそこの部分は、皆同じであるということだ。

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そんな上司の元、働かざるを得なくなった人にとっては苦痛の日々が続く。そして多くの軋轢の中で弾き出されるのは、ほとんどが部下ということになる。聖人君子でない上司は「職位」で仕事をする。「俺の言ったとおりにすればいい。俺は課長だ。俺の言うことが聞けないのか」と意気込む。言葉に出さないとしても、それは仕事で、態度で、処遇で現わしてくる。それがコンプライアンス--社会的に正しくないことも「俺の言うとおりやれ」と違法行為を「是」として部下に実行させる。

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こんな言葉がある。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。」

「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」 

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若いあなたが、もし迷っているのになら、この言葉に、その上司が合致しないのなら自分に責めを負わすことはない。「運悪く、力不足の上司に当たったんだ」と思い、俯瞰して見ることで、その組織にしがみつくほど、その組織に価値はないということに気がつくべきだろう。

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とかく組織の中に入り込むと、そこにしがみつきたくなるのが我々の性だ。しかし、しがみつくことが必ずしも「是」とは言えない。他人がどう見ようが、その仕事から撤退することが「悪」ではない。死をもって、それを補おうとするだけの価値がその仕事にあるのか、絶えず問いかけるべきだろう。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」と思わぬ上司は、それだけの人間だ。その上司のはけ口に自分がされてはたまったものではないと気がつくべきだろう。

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君にとっても、私にとっても、与えられた人生の時間は、そう長くはないのだから。

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