家づくりは一回では成功しない(第216回)外見と内側 [我が家]
2022.8.24
こんにちは。
昨日は久々暑かった・・・というよりは蒸し暑かったと言ったほうが正確かもしれない。
贅沢にも冷房を入れっ放しで寝てしまった。それでも夜中に何回か目が覚めた。それほど暑かったということだ。千葉でこのぐらいなら、都心では大変な暑さだったんだろうと優に想像できる。そして今日も蒸し暑さは続く。大阪では明日から学校が始まるそうだ。まだまだ暑い中、ちびっこも大変だ。
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家の外観の話を少し。家を建てるとき、周りとのバランスも考えなければならない気がしてきている。つまり、洋服にもコーディネートがあるように、家にもコーディネートがある。それはその家の中だけのコーディネートではなく、周りの家とのコーディネートということだ。「そんなの考える余裕なんかあるわけないだろうが・・・」と言われそうだが、そう邪険にするものでもない。つまり、向こう三軒両隣が煉瓦づくりの立派な家々だとすると、その中に波板スレートの外壁(極論だけど)の家はあんまり似つかわしくはないし、ちょっと気が引ける。逆に、波板スレートの外壁ばかりの住宅街に煉瓦づくりの立派なお大臣仕様の家は建てにくい。つまり、周りの仕様に合わせるというか、飛び抜けても、飛び凹んでもいけない。街並みに合わせるという気持ちがないと、既に住んでいる人にらお付き合いする前から敬遠されることは間違いない。
「そんな馬鹿な」と言われる方もおありだろうが、例えば、鎌倉あたりの旧造成地に家を建てようとした場合、高さ規制はもちろんのこと、アパート建築はダメだとかいろいろな規制がある。ヨーロッパみたいに屋根の色を指定するようなところはまだないが、立派な家並みのところにたまたま土地を所有してしまった場合は、それ相応に見合った家を建て、街並みを崩さない建て方は必要で、それが最終的には街並みのクレードを高め、自分の家の資産価値を十分に上げ得る手助けをしていることは間違いない。
よく「家は一生に一度の買い物」と言われて久しいが、私は余りそうは思っておらず、家はその家庭の時々のライフステージに合わせて変化させていくべきものであって、2人家族が3人・・4人と増え、そして4人から3人・・・2人と減っていく場合もあるだろうし、逆に4人が6人、7人と増える家庭もあるわけで、時々に合わせて家を変更する。新築⇒減築⇒増築と変化させていくべきものだと思っている。それが既存住宅に手を加える場合もあるだろうし、思い切って新築に挑むことも必要かもしれない。
それは手間隙とお金がかかって大変なことだけど、それに見合うだけの張りを人生に加えるものであることは間違いない。
おいしいものを食べる。見知らぬ街に旅行に出る。楽しい映画を見る。それぞれも大切なものだけれど、残念ながらそれらは皆一過性だ。食べれば終わり、見れば終わり、出かければ終わりだ。しかし、家はその家がある限り続く楽しみがある。自分で家をつくるということは、そこに楽しみが生まれ、新しい工夫が生まれる。自分で家を建てるということは、そういう楽しみと工夫と創造が伴う・・・・・と私は思う。