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挨拶 [生活]

2022.1.23

こんばんは。

今日も寒い。今夜から明日にかけてはまた雪かもしれないとヤフーニュースに載っていた。

確かに寒い。「The Day After Tomorrow」をアマゾンで見たいのだが、残念ながらレンタル料金がかかる。月々500円払っている身としては、それは許さぬと思ってしまうんで、じっと我慢。確かに人気のある映画は有料だからAmazonもしたたかだ。これを抜く日本の企業が速くできないものかと考えるけど、それは無理な注文か?

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昨日、突然愚息ファミリーが来ると電話がかかってきた。「代車」が「本車」になったからということで神社に交通安全の御祓いをした帰りだという。いつもどおり昼食、夕食、入浴を済ませ帰宅。しかしながら、孫は帰りたくない泊まりたいと言い出した。それはそれでうれしくもあるのだが、どうしても今夜中にやらなければならないことがあるので、それは泣く泣く断念させ、来月の連休に迎えに行くことで了解させた。

孫に対してはいつも「全力少年」に成りきってしまうので、結果、腰痛が絶えず発生する。家人もぐったりとするばかり。確実に身体の減退は静かに静かに押し寄せてくるのを感じる。

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挨拶・・・・社会人はいつもこれにつまずく。つまずかないとしても意識の中に植えつけて行動する。毎朝、最初にすることは、社長であれ、部長であれ、警備員さんであれ、掃除婦の叔母さんであろうとも、この「挨拶」から一日が始まる。うまく挨拶ができる人もいれば、うまくできず、それが原因で人間関係がおかしくなる人もいる。

「挨拶」をする。こんな単純な動作が結構難しい。特に自分に好意を持っている人、コミュニケーションがとれている人に対しては、それはえらくた易い行為だ。しかし、これが反対に位置する人間に対しては、かなり難しいことになる。好意を持ってくれている人に対しては自然な笑みがこぼれ「挨拶」ができる。しかし、明らかに自分に敵意を持っているであろう人間に対しては、自然な微笑みが浮かぶわけもなく、強張った笑顔、怒ったような顔での挨拶になってしまう。特に先輩と言われる、自分より社歴が長い人間に対しては、必ず、その先輩が気がつくような挨拶をしないと社会では通らない。特に仕事上での利害関係で結ばれている上司と部下においては、自然と上意下達の形式でことは動いていくわけで、大体部下は慣れないことばかりなので、ミスや失態をやらかすのは当然であり、それを鷹揚に構えてくれるような人間性豊かな上司なら問題ないだろうが、そんな悠長な上司はこの日本社会では余りいないから怒られる。怒鳴られる。社会に出てからの初めての失態。苦虫をかみつぶさないにしても、心中穏やかではないのが上司の通り相場だろう。

新人さんの心得としては、同期はもちろんとしても、先輩、上司に対しては、トイレに行くのも後追いするがごとく「挨拶」を強行するのがよい。そのほうが自分の中では排尿するがごとく、すっきりとするはず。特に多くの上司を抱える新人にとっては、相手はじっとこちらが挨拶に行くのを待っているはずもなく、動き回っているわけで、課長には挨拶をしたけど、1年先輩は今日は出張でいないし、3年先輩の苦手の彼は10時出社だから、来てから挨拶をしなきゃいけないとかと気遣いをし過ぎてもし過ぎ損ということはないだろう。

でも、考えたら今はリモート。そんな難しい「挨拶」という仕事はしないで済むのが、今の新人さんなのかもしれない。しかし、いずれリモートは減るかもしれない。「挨拶」の機会はますます減り続け、ますますそのハードルは上がっていく。

私の周りにも、その「挨拶」が妙に妙?な人間が多い。もっと平らに考えて、気楽に挨拶をし合いたいと思った昨日、今日であった。

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