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本当に誰もいなくなった [生活]

2019.8.28

こんにちは。

今日は一日雨模様。風も少し強くなってきた。南のサッシは雨つぶて。だからシャッターを閉めた。当然、蒸し暑い。湿度は80%。でも、そんな贅沢は言っていられないほど、北九州は大雨だ。彼らは慣れてはいるとはいうものの、2か月分の雨を一日でかぶっても(亡くなられた方々には大変失礼かもしれないが・・・・)最小限度の罹災で留まっていることはある意味ではすごいと思う。やはり、過去の経験から押さえるべきポイントだわかっているのだろう。こんな大雨が東京・千葉・神奈川に降ってたらひとたまりもないだろう。災害の経験の少ないところはもろい。経験値を生かされないからもろい。


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昨日のランニング中。いつもとは違った情景に出会った。それはいつか来ることはわかってはいたものの、もう8年も経っていて、誰もその変化に気がついた人はいないかもしれない。そんな小さな変化ではあったが、私たち日本人にとっては、とても大きな忘れてはいけない出来事。あの出来事に関係している。

前に書いたが、それは多分、1週間ぐらい前ではなかったかと思う。当然のことながら、私がそこを通ったときには、それは終わってしまっていた。そこの入り口は鉄パイプで閉鎖され、黄色いリボンが非常線のように張られていた。鉄条網も張りめぐらされてあった。

駐車場には車はなく、自転車置き場にも自転車はなかった。例外なく、人がいなくなると途端に雑草の伸び具合が早くなるような気がする。ということは、住んでおられたときには手入れをされていたのかもしれない。

8年前には10世帯ぐらいの方々がそこにお住まいであったが、一世帯また一世帯と部屋の明かりは消えていった。当時、私はナイトランナーであったため、その明かりは暗い夜道を明るく照らしてくれいた。そして、今夏最後の方が引越をされていった。

そう、ここは東日本大震災で罹災をされた家族の一時避難場所になっていた。それぞれの事情、それぞれの人生を無理やりに押し戻されてしまったご家族が住んでおられたところだ。

首尾よく希望に満ちた再出発をされたご家族もあれば、隠忍侍従され、ふるさとに戻られた方々もいたであろう。一つ減り、二つ減り、最後二つの部屋明かりが残った。それは1年間続き、そして最後の一つとなった。

ご家族の内情は知る由もないが、心から、その再出発が希望に満ちるものであってほしいと願ってやまない。

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