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家づくりは一回では成功しない(25) [我が家]

2019.6.28


こんにちは。

台風は思いの外私たちの回りには大きな爪痕は残さずに過ぎていった。

心配した電車も遅れることもなく、家人は仕事の現場に行った。


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昨日、家の不具合での修理が来た。近所の下請けの方だった。大方修理をお願いし、

不具合の部分も申し上げておいた。

ところが今日、今度は現場監督が「修理に来ました」とインターフォン越しに声が聞こえた。

私:「えっ?」「昨日来てくれたけど・・・」

監督:「えっ?そうですか。」

私:「いいよ、せっかくだから確認しておいて」

監督:「はい。」

相変わらず、横の連絡の悪さはピカイチ。現場を預かる人間たちは口数が少ない人が多いが、これでうまく成り立っているのかと思ってしまうのだが、それは私が心配することではなさそうだ。


ということで、昨日修理した個所と部品待ちということを再確認してもらった。また、引き戸の隙間に緩衝材(毛ブラシ状のもの)を入れてもらったものだから隙間は埋まったけれど、今度は最後まで締まらなくなったので、そこを微調整してもらった。あともう一カ所。玄関ドアがやはり最後に少し左右にぶれ締まりが悪いときがあるので、そこを点検してほしいと言っておいた。そんなことが少しずつ新築した場合は起こってくる。小さなことでクレーマーかと疑られるようなことが多いけれど、だんだんとその歪みが大きくなる場合がある。その時期が保証期間を過ぎてしまったりすると身銭を切ることになるので、やはり、こんなちっぽけなことと言われようが、そこはしっかりとちゃんと確認してもらっておくほうが、こちらの負担は少なくて済むし、嫌な思いもせずに済む。


今回、家の扉は1枚を除き、すべて引き戸にした。以前住んでいた家は逆にすべてが押し開くタイプ。建て売りの狭い家では、押し開きドアはいろいろと不都合があったので、今回は将来のことも考えて引き戸にした。

しかし、引き戸の場合は、完全な欠点が1つあることに今回気がついた。それは断熱の悪さだ。引き戸の場合、吊り戸が多く構造上致し方ないという職人さんの見解が多い---私は違うと思うけどね。

【押し開きドア】

ご存じのように、この場合、戸の回りすべてがしっかりと密閉されるため、全くといいほど隙間風は入ってこない。しかし、部屋が狭くなる。扉が当たるところには物が置けないというデメリットがある。

【引き戸・滑車戸】

この場合は、戸の動きをスムーズにするため、今の主流は吊り戸になっている。以前はレールに滑車をすべらせる横滑りのドアが主流だった。これはレールにゴミが溜まりやすいという欠点がある。それを放っておくと、滑車にそのゴミが巻き込まれる。巻き込まれたゴミは溜まり続けると段々と滑車が回らなくなってくる。そうすると、戸を外し、滑車のゴミをとったり、滑車そのものを交換する手間隙がかかる。大体、戸のレールのゴミなどに気がつかない人は、10年ぐらいで戸の不具合に直面する。今は天井を高くする傾向があるので、当然戸も高く、その分重い。しかし、そんなに隙間が開いていなかったので、すきま風が入ってくるようなことはなかった。

【引き戸・吊り戸】

吊り戸になってからは使い勝手はいいようになったが、戸の上と横に遊びができているので、どうしても隙間風が入ってくるようになってしまった。我が家の扉は5㎜は開いているので、冬の寒さはピカイチであったため、ドアの上は木枠を貼り付け、ドアと壁の隙間には隙間の緩衝材(毛ブラシ付)を付けた。

たかだかドアと言ってしまえば、それっきりだが、戸一つをとっても「押し開ける」か、はたまた「引き開ける」かでいろいろなメリット、デメリットが発生してくるということだ。生活は小さな一つ、一つの積み重ねで住みやすい、住みにくいが決まってくる。だから、安易な妥協はすべきではない。

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イクメンと専業主婦(夫) [新聞記事]

2019.6.27

 

 

こんにちは。

台風が近づいている。

明日の早朝、家人は仕事なので、今日東京に泊まるかどうか、迷っている。

自分が行かないと仕事にならない。ほかの代役が効かない仕事なものだから、

ホテルに泊まったりしては、稼いだお金は消えてしまうが、そんなことは言ってはいられない。

お客様あっての自分たちであるからして、信用を大事にする。これは誰でも同じこと。

そこにやり甲斐、生きがいが少しずつ醸成されてくる。仕事と社会と自分の人生。これは一直線につながっている。



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先日、新聞にイクメンのことが書いてあった。イクメン・・・男性が育児をすると捉えているが、それで間違いはない??

男性はとかく「やっておいた」「何々してあげる」と言って、恩きせがましいと女性には思われているようで、そんな言い方にカチンとくるらしい。

【共働きの場合】

男性も女性も外に働きにいく。子どもは保育園、幼稚園、小学校にいる。早く帰宅したほうが迎えにいく、食事をつくる、お風呂に入れる、洗濯ものをたたむ、やることは山のようで、エンドレスだ。

世の男性は大方家事は得意ではない。外では部下に慕われてテキパキ人間であっても、家事はカラッキシだめな人間が多い。それは仕方がない。家事という仕事に馴染んでいないからだ。しかもそれは超難関でエンドレスで達成感がない。男は達成感がないことに対しては全く興味を示さない人が多い。

しかし、現実は毎日続く。女性のイライラも募る。これの解決方法は、家事のスキルを上げるしかない。そして、時間を生み出す。会社での仕事でも同様で、仕事のできる人間は仕事が早く、正確だ。

家事も同じだ。時間をうまく使い切れば、時間は幾らでも生み出せる。誰も監視する目がない分、それに甘える御仁もいるが、それは自分を律することでいかようにも進歩できる。



【専業主婦(夫)】の場合は、どうなんだろう。

片方の人間は、1週間の5日を外で働き、家族の食い扶持を稼いでくる。残り2日を育児をしろと言われる。もう片方の人間は1週間の5日を育児に明け暮れ、残り2日をもう一人の人間に託す。

託された人間は仕方なく、育児に励む。やることの違いはあるにしろ、外で働いている人間が、それをやることに幾分の違和感がある。休日に育児を交代することで、その人の休みがなくなるということになる。

「冗談じゃないわよ。そんなことを言ったら、私の休みがなくなるわ」という声が遠くで聞こえている。

果たして、それは本当に平等なのだろうか。外で働くことは家の家計を生み出すわけで、それはある意味絶対の行為だ。それがないと家庭は成り立たなくなる。

それを男が担おうが女が担おうが問題ではない。主婦でも主夫でもいいのだ。

それが「専業」の場合は、しっかりと外で働き、生活の糧を生み出している人間に敬意を払い、週末は休ませ、翌週、また元気に働いてもらうべきだと思うのだが。



専業における平等は少し違う気がするけどね。

 


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