朝鮮半島の国民感情(2) [新聞記事]
2018.5.15
こんにちは。
昨日、この題目で打ち込んで送信した途端「エラーが発生しました」となり、すべてが水の泡と化した。たまにこういうことがあるとちょっと嫌になるね。皆さんはそんなことはないのだろうか。
昨日書いたことは朝鮮半島のことで、自分では結構考えて書いたつもりの文章だったので、流石に腐ってしまい、早々にシャットダウンをしてしまった。
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朝鮮半島の人間は、日本の植民地時代のこと、戦争のことで少なからず日本人に対してよい感情は持っていないことは明らかだ。
私自身、2回ほど、朝鮮半島の方がやっている中華料理店に行ったが、何か敵意に近い感情にぶち当たったことがあった。別に被害を受けたということではないが、異様な空気感がそこにはあった。
あるとき、街で困っている方がいたので、声をかけた。私は韓国語も中国語もできるわけはないので、当然、その方は日本の方だと思ったので声をかけた。
「あっ、しまった」と心の中で私は叫んでいた。
その方は韓国語か中国語を話す方であった。しかし、声をかけた以上はちゃんと答えなければ失礼になると思い、あっちも身振り手振り、こっちも身振り手振りでなんとか、彼女の質問には答えることができた。
彼女は、「アリガトウ」とたどたどしい日本語でお礼を言って去っていった。私も大役を果たした感もあり、「 やった!」という達成感が気持ちのあちこちに残った。
そこには大陸に対する憎悪など微塵にあるわけもなかった。
個人対個人では、そう対立する軸もなく、スムーズかもしれない。しかし、国対国、民族対民族となるとそうはいかないのかもしれないが、そればかりではないと思うこともある。
教育はその人の人格を形成する。
過去に起こした過ちは過ちとして、なくしてほしいなどとは露ほども思ってはいないが、彼らは反日本的な教育を徹底的に行う。それは、現代においても「日本敵視政策」は続けられていることは確かだ。
橋本さんではないが、ひとたび戦争が起これば、そこは無秩序な状態となり、女・子供は辱められることはいつの世も同じだ。特に「日本人が」というわけではない。今でも、中東では同じことが行われていることは明らかだ。
しかし、それをもって日本人が過去に行ったことを許してもらおうとは朝鮮半島の人々に失礼千万な話で、日本人の誰一人そんなことは思ってはいない。
問題は、遠い過去になりつつあることを今でも蒸し返し続け、それが自国にとって、対日本に対して何の利益になるのかということだ。
日本敵視政策を続ける限り、日本に憎悪を持ち続ける世代は事切れることはない。竹島は、尖閣は我が領土と声高々に叫び続ける人たちは永遠になくならず、それが彼らの国威発揚となっているという悲しい現実もあることを忘れてはいけない。