休眠預金活用 [新聞記事]
2018.1.31
「休眠預金の活用検討」と新聞記事が載っていた。
たかだか知れていると思った額が年間700億もあると聞いては黙ってはいられまい。
私の父も最後の住所と元いた住所の2カ所に別れていた。これは当然、誰しもあること。
現役のころの両親の口座はわかりにくい。定期にしろ、普通預金にしろ、ちゃんと伝達されていればいいが、そうではない人々の多くいるということは、毎年700億ずつ増えていることからして、国民共通の忘却預金ということだ。もったいない限り。
我が家も、これは結構ありそうで、何度か問い合わせをしたが、結構ハードルは高い。亡くなってからは尚更ハードルは高い。大体回収はできたが、2~3口座は残ってしまったような気がしているが、もうわからないし、金融機関側もそう親切には教えてくれないのが現実だ。
新聞(読売)には、それは金融機関の利益になっているとも書いてあった。20年ぐらい移動のないものは金融機関のモノになってしまっているのが現実のようだ。
毎年700億円が繰り返し、繰り返し増えていく。お子さんのない家庭もあるだろうし、親子関係が険悪になったり、意思疎通のままならない家庭も多くあったかもしれない。せっかく子供に継承したいと思って貯めたお金もみすみす金融機関や国家に帰属する馬鹿げた話が「700億円」だ。
いろいろとシステムを考えて組織に使い方を委託するようだが、お金に関しては不正がつきものの世の中だ。世の中のためになる使い方をもっと考えなければいけないと思う。
これは公募して考える方法など、国民の総意をとりつける方法を考えてもいいのではないか。
国が考える組織・システムは往々にして、我田引水的思考しか働かない。甘い水にたかる公人が多いことは国民の皆さんはよくご存じ。しかし、それを変更させる力が我々にはない。
ここは目を見開いて経過観察をしていかなければいけないような気がする。
一喜一憂 [マネー]
2018.1.31
おはようございます。
いつものことだが「あっという間」の1月が終わりだ-----といつもは書くのだが、最近、そう短くは感じられないことが多くなった。どういうわけだろう。嫌なことが続いているから?仕事量が多いから?・・・・でも思い当たる節はない。
まあ、ご充実の日々を過ごしていると思えばいいのか。
先日も孫が4歳の誕生日だということで、「あっという間」じゃなく、「やっと4歳」というコメントを送った。親は「あっと・・」だろうけど、自分たちは「やっと」だ。この差は人生の時間軸にとってはかなり大きい感覚かもしれない。
ビットコインの被害者のコメントがテレビで流れた。
記者「どのぐらいの損失?」
被害者「支払った金額の半分になってしまった」
記者「でも、いいときもあったんでしょう?」
被害者「年末に4倍以上になったけど、それを持ち続けたから半分に減った」
彼の顔は笑っていた。懐事情は百人百様だからよくわからないが、株と同じ、FXと同じ感覚だ。
安値で買って高値で売る。これだけのことだ。FXよりも儲けやすいとも言っていた。
しかし、為替とか、株のように後ろ楯が見えないのはちょっと不安だ。
上がれば喜び、下がれば嘆く。
投資はこれでは失敗する。確実にカモにされる。
目的を持つ投資。これは必須なことだ。
人間、投資しようという気持ちへの誘惑は断ち切れない。ならば、その目的をはっきりと持つ。
崇高な目的を持つ。これしか、それに対応できるアイテムはない。
一喜一憂していては埒が明かない。