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価値観の反転 [生活]

2022.3.14

こんにちは。

今日は初夏を思わせる暑さだった。特に外で活躍の方々は汗びっしょりの方もいたに違いない。老人にとっては適度な暑さ。芝の芽がまだ出ていないのを見計らって、昨冬切り詰めていなかった部分を切り詰めた。植物は切り詰めると切り詰めた分だけ分裂して芽を増やす。その論理から言えば、芝生も切っておかないとだんだんと衰弱化していく。以前、切らなかった芝生にマッチで火をつけたら、あっという間に屋根の軒ぐらいまで火の手が上がって焦ったことを思い出す。幸い、燃えるものは芝生しかなかったので、直ぐに火勢は弱くなり事なきを得たけれど、山火事は火の手が上がったら手がつけられなくなるのはよく分かる。

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家人が先日、ウクライナの映像を見ながらマスクしていないよねとトンチンカンのことを言ってきた。確かに平穏無事の部屋から画面を見ていれば、そういう想像はできにくいかもしれないが、生き死にのときにマスクある、ないなどと言っていられるはずもないわけで、戦争の悲惨さを経験していないととんでもない的外れなことを思うおそれがありそうだ。

少しまえまではコロナ、コロナで右往左往していたけれど、今度はウクライナとロシアの問題が起こってしまった。2つの事柄はともに地球規模の大惨事になりつつある。こうも短期間にいろいろな事が起こると、何か不吉な、暗い気持ちになってしまう。

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人間を長くやっていると度々価値観の反転を目撃・経験することがある。

例えば、新車を買ったとしよう。しかも、それは外車でお高い車。値段は優に1000万を超すものだ。洗車をし、ワックスをかけ、ピカピカし、溢れんばかりの愛情を注いだその車でドライブをしたとする。しかし、運悪く交通事故を起こす。車は大破し、全損。自分は車外に放り出され、腕を骨折。ワックスをかけ、傷一つないシルクのようななめらかな車体は無残にも九の字に折り曲がり、高級車は一瞬で鉄くずになった。心血を注いで購入し、自分以上に大切なものだと確信していたはずの車に対する価値観は、ものの見事に最下位に転落する。

価値観なんてそんなもの・・・なんて言うとちょっと厭世観が強すぎるけど、似たりよったりのことは世の中には多くある。それが強ければ強いほど反動は大きく働き、大きく揺らぐ。若い時は尚更だ。いい意味で斜に構え、その反動を素早くかわす。何事もないように平常心でかわす。

入社試験しかり、入学試験しかり、検定試験しかり、恋愛だって同じかもしれない。価値観なんて他人から見れば、大した価値であるはずがない。何事も思い入れ過ぎは危険過ぎる よ、というお話。

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