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墓参り [生活]

2020.9.28

こんばんは。

今月の25日で彼岸明けとなってしまったが、8月のお盆以来の墓参りに行ってきた。

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午前中に引き続き空はどこまでも青く、あのときと全く同じ空をしていた。



地球を取り巻く水と空気。これって永遠なんだろうか?

よくよく考えると海水は蒸発して雲になり、霧になり、雨にもなり、雪にも、みぞれにもなる。そして山に落ち、道に落ち、川を伝い、海に出る。そして太陽のもと再び空に登り雲となり、雨になる。その繰り返し・・・ということは地球の水分量って減りも増えもしないということ?

空を見ているとついついそんなことを考えてしまう。地球の周りにある水の量は一定量か否かは、多分学校では教わったことはない?? いい加減は私は先生の言葉などには耳を傾けず、記憶にないだけかもしれないが、多分、この考えは合っている?んじゃないかと思っている。

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でも、午後からは雲が多い。明日はこれで晴れるんだろうか?


家人はせっかくの晴天の日なのに病院通いで潰れたと嘆いていた。確かに・・・洗濯物は十分乾きそうな天気だ。





墓参りをするとあの日を思い出す。

今日は親父の命日。もう14年も経ってしまった。あの日はジメジメした残暑だった。深夜1時ごろだろうか。私は親父のベッドサイドに座っていた。傍にいたのは私だけ。家人は胸騒ぎがしていたのか、しきりに家の片づけをしていた。少しずつガク呼吸が始まって、だんだんと呼吸の感覚が長くなっていく。私はじっと彼の胸を横から見ていた。いつもならゆっくりと同じ間隔で上げ下げしている胸。それがだんだんと間隔が長くなっていく。その間隔が2秒だったものが3秒になり、そして4秒になる。じっと目を凝らす。下がった胸が7秒経っても上がっていかない・・・・・・と思ったらゆっくりと上がった。そしてまた胸は下がる・・・5秒・・・8秒・・・10秒・・・上がらなくなった。

私は親父に言った「ちょっと待ってて」。

私は階下に降りていき、家人に言った「親父、逝っちゃったかも」

家人は黙ってうなづいた。

二人で二階の親父のもとへ。

私は親父の頭のほうに周り、そっと胸に手を当てた。彼の心臓く確かに止まっていた。しかし、まだ暖かい。片方の胸も暖かかった。そして肩、頬を手を当てた。まだ生きているみたいに温かい。でも、当然ながら脈はとれるはずもない。

私「先生のところに電話して」

家人「そうだね」

正直なところ、こんな時間に電話をすることに少しためらいがあった。でも、女医先生は、「そろそろだから、その時が来たら遠慮なく電話をください」と優しく言ってくれたことを思い出した。

30分も経っただろうか。先生が来た「お亡くなりになりました。死亡時間は〇時×分」

15年間の長い闘病生活が終わった。私は不思議なほど冷静であった。泣くことも、取り乱すこともなく、先生に今までのお礼を言った。

人間は誰しも次の世界に行く。「俺は絶対に行かない」と言い放っている御仁も絶対に行く。これは究極の平等ということかもしれない。

時は残酷で容赦はない。

墓を掃除しながら、親父のそんな情景を14年ぶりに思い出した。

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